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行動と妄想
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しおりを挟む「えー皆様、宴もたけなわですが、夜も更けてまいりましたので、この辺りで進行は終了とさせていただきます。オールナイトに参加されない方は、この時間を持ちまして下船してください。30分後にはクルーズが再開されますので、お早めにお願い致します。後は、心行くまで各自お楽しみください!」
きっと、プロの司会者なのだろう。ビンゴゲームに始まり、どのイベントもグダグダになることなくスムーズに、かつ盛り上げながら上手くこなしていた。一見、進行の妨げになるようなゲストからの突発的な要求にも対処しつつ、ほぼ時間通りに終わらせる。間違っても咲久には出来ない芸当だ。
フロアを出てデッキから見る対岸の夜景は、沢山の蛍光色が散りばめられているようだった。時間にして3時間。咲久が出席したことのある、今までのどのパーティーよりも苦痛な3時間だった。
本当はもっと早く帰りたかった。だけど、次々にゲームが始まり言い出すタイミングがなかったし、何より、優人が残り咲久は帰るという状況は初めてだったから。優人が行くから行く。優人が帰るから帰る。従っていればいいだけの状況は、主体性のない咲久にとってはラクなのだ。それを取り上げられると、途端にどうしていいのかわからなくなる。
結局は、同じく帰る日向に便乗してパーティーを後にするしかなかった。
小型船を行き来させているのだろう。4人か5人ほどが限界の乗船手配をしていた松田が日向の姿を見つけると、順番を無視で声を掛けた。
「あ、日向くん帰る? じゃあさ、彼女たちと一緒にこの船乗ってってくれない。たいした距離じゃないけど、女性だけってのも心配だしさ。最悪、転覆しそうになったら、レディーファーストで人命救助よろしく」
「わかりました。今日はありがとうございます。楽しかったです」
「楽しんでくれたなら、本望だよ。また誘うよ。咲久くんもまたね」
きっと咲久だけなら、女性を任さなかっただろう松田が気を付けてねと手を振った。出来ることなら、二度と来たくないと心の中で思いながら頭を下げた。
ボートに移る際、足元が不安定になるのか、キャー怖い、と黄色い声を出す女性ふたりに、先にボートへと降りた日向が手を貸す。本当に怖いならキャーキャー言いながらも、笑っているのはおかしい。
女性ふたりを無事に乗せた日向が、当然のように咲久に手を出した。その手を掴むことなく、ボートの柵を掴み乗り移った。
これくらいのことは、咲久にだって出来る。操縦士だろう男が振り返った。
「すみませんが、女性と男性、交互に座って貰えますか。その方がバランス取れるので」
言われた通り、向かいに座ろうとしていた女性と咲久が入れ替わった。船が音を立てて動き出す。真っ黒にしか見えない水面が、ザアとうねりを上げる。もし吸い込まれたらと思うと、少し怖かった。
「それ、ビンゴの景品ですよね」
面識がないとは言え、同じパーティーに参加していたのだ。岸にたどり着くまで、無言というのもおかしい。咲久の隣に座る紫のドレスを着た女性に話しかけられた日向が、ポケットから出ている細長い箱を見下ろした。
それは純がビンゴで当てた景品だった。
「ああ、友達が当てたんだよ。そいつ残るから持って帰ってくれって」
「えーいいなぁ。私なにも当たらなかったのよね」
ジュエリーブランドの社長が提供した、ネックレスは、ちょっとやそっとの価格じゃない。それなのに、何を思ったのか日向が箱を差し出した。
「よかったら、あげるよ」
「えー、うそっ、いいの? 待って、でもそれホントに高いよ?」
「いいよ。どうせ女物だし、使い道ないから」
日向がそう言うと、隣に座っている黒のドレスの女がでも、と言う。
「彼女にあげればいいんじゃないの。絶対喜ぶよ。それに、それって友達のじゃないの?」
「女いねえし。どうせあいつもいらねえって思ってるから、いいよ」
どれだけ高価な物でも、男が貰って嬉しいものではない。当てた純も、これどうするんだと興味がなさそうだったのは確かだ。だからって何も、見ず知らずの相手にあげることはないのではないだろうか。
ネックレスを見ず知らずの女性にアッサリと渡した日向は、岸に着くまでいつもの笑顔で談笑に応えていた。三人の会話を黙って聞くだけの苦痛な時間は、まるでひとりだけ別の船に乗っているかのような気分にさせられた。
同じ船に乗り合わせた男に彼女がいないと知り、女たちの声のトーンが急に変わったことに、日向は気付いているのだろうか。
その人、男の僕にキスしたよ。
友達が当てたとか言ってるけど、本当はその友達と付き合ってるから。
言っとくけど、その人誰にでも優しいってだけで、自分だけが特別とか思わない方がいいよ。
それにその人の元カノ、あんたらより遥かに綺麗だから。ゴージャスさも、スタイルも、胸の大きさだって断然向こうが上だよ。
今にも口を吐いて出そうになるそれらの言葉を、咲久は何とか飲み込んだ。
一刻も早く帰りたいと思った。どんどん自分が嫌な人間になっていくのが手に取るようにわかる。アート展に行ったときには、一度は持ち直したと思ったのに。それも呆気なく終わりを告げていた。
結局こうなるのだ。咲久の人生は、いつだって負の渦の中にある。
3時間という短い間に起こった数々の出来事は、咲久を見事に打ちのめしてくれた。色々思うことはあっても、最終わかったことは、日向はノンケだということだった。
咲久に言わせると日向は、ゲイでもなくバイでもないただのストレートだ。前に純が言っていた、咲久は日向が付き合っていた女たちに似ているというのはあり得ない話だ。カナと咲久が似ているなんて、どこをどう見れば言えるのか。
人目を引く綺麗な顔、臆することなどひとつもない、自信に満ち溢れた立ち振る舞い。どう考えてもカナは純に似ていた。
本来ストレートなはずの日向にとって、純との付き合いは異例なのだ。本当なら恋愛対象にならないはずの同性ということに目を瞑れるほど、純が魅力的だったってだけだ。
カナの登場で居たたまれなくなった咲久が、行きたくもないトイレに向かっている時、純と言葉を交わした優人が笑ったのを見た。あんなふうに笑う優人を咲久は一度も見たことがなかった。四年も付き合っているのに、一度もだ。それほど純は、一緒にいて楽しい男なのだ。
あり得ないけれど、万が一、純と日向が別れることがあったとしても、日向は女に戻るのがオチだろう。男で、たいした魅力のない咲久には、一ミリも可能性などない。
もう嫌だ。
日向と顔を合わせるのは、咲久にとって苦痛でしかない。こんなに胸が痛くなるような想いなどいらないし、捨てられるものなら本気で捨てたい。黒々とした波飛沫と共に流れて行けばいいのだ。そうなれば、少しはラクになれるのに。
港に着くと、先に地上に降りた日向が女たちに手を貸す。純といる姿も見たくないけれど、女に優しくする姿はもっと見たくなかった。
違う、本当はどっちも見たくない。アート展でのキス以来、何をしていても頭の中は日向でいっぱいだった。
あの日、家に帰った咲久は、いけないとわかっていながらも我慢できず自慰に耽った。自身のモノを擦りあげながら、日向の名前を何度も口にした。もはや、壊れたおもちゃのように、仕事から帰ると自慰に耽る毎日は、吐き出しても吐き出しても、劣情は溜まるばかりでどうしようもなくなっている。
時間あるなら少し飲みに行かないか、という女の誘いを、朝が早いからと断った日向がハイヤー待ちの列に並ぶ。ピストン式に何台ものハイヤーが稼働しているけれど、帰る人間も何だかんだで多いのか、追いついていない。自前の運転手付きの車を待たせてあるような人は、誰でもいいからと声を掛け、ハイヤー代りを買って出ている。
こういうところは、松田の信頼のなせるわざだ。
松田、という男だけで繋がる人脈だけど、けして変な人間はいないという安心があるのだろう。
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