運命の人

悠花

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互いの距離

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 あー、あーとマイクの調子を確認する、進行役だろう男がステージに立つ。

「えー、ゲストの皆様、本日はお集まり頂き、ありがとうございます」

 すべてのゲストがそこに集められたため人が多く、薄暗さも手伝って、軽く見渡しただけではカナと一緒にいるだろう元樹は見当たらなかった。

「今日は面白い企画をいくつかご用意しておりまして、まずはこの後、ビンゴ大会を予定しております。ゲストの方々から豪華な景品を提供して頂いておりますので、お楽しみに」

 進行役がステージ脇にある、景品が置かれているテーブルを身振りで紹介する。それからと続け、タレントのミニライブ、船内のどこかに隠されているお宝争奪戦、などの企画が次々に発表された。
 面白いことを考えている、というのはこういうことだったらしい。会費も取らず、こんなことをして何の得が松田にあるのか、純にはまったくわからなかった。
 もはや、その辺りは考えない方がいいのだろう。本来なら、純や日向は招待されるステイタスに達していない。ただ、松田の純粋な好意だけでここにいるのだ。セレブの世界を理解しようとしたところで、どうせ純にはわかりもしないだろう。
 場を盛り上げながら、色々な企画を発表した進行役が、注目を促すように一呼吸置いた。

「そして、本日最後のシークレット企画は、オールナイトクルーズです!」

 まだあるのかと呆れながらも、オールナイトという言葉に無意識に首を傾げた。

「ゲストの皆様には、お時間が許す限りお楽しみ頂くため、今夜はオールナイトパーティーとなっております。それぞれ客室も用意していますので、お好きにお使いください」

 マジかよ。オールナイトだとは聞いていない。同じことを誰もが思ったのだろう、会場がざわつく。

「はいはい、お静かに。流れといたしましては、夜の間に船を走らせ、明日の朝には、漁港での新鮮な海の幸による朝食を提供する予定となっております。あ、もちろん、お仕事の都合や、今夜中に帰らなければいけない方には、申し出て頂ければボートをご用意しておりますので、ご心配なく」

 全員参加というわけではなさそうだとわかり、ざわついていた会場が少し落ち着いた。
 すでに船は海の上。このまま、強引に参加させられることもありえたのだ。
 ボートが用意されているなら、帰れるということだ。さすがの純も、そこまでは付き合いきれない。松田と違い、根っからのパーティー好きなわけでない。そんな純の思いを、進行役が見事に裏切ってくれた。

「えー、ただし、ブラックパスをお持ちの方に限っては、主催者が予定を確認しているはずですので、強制的に参加となり、下船は出来なくなっております」
「はあ?」

 思わず声が出た。隣に立つ鬼塚に視線を向ける。鬼塚の胸ポケットの黒のゲストパスと、同じく黒の自分のゲストパスを交互に見た。
 嘘だろ。だから、それぞれ色が違ったのか。そして思い当たるのは、松田に誘われた時、次の日は仕事なのかどうか聞かれたことだった。確かに明日は休みだ。だからといって、強制参加されられるとは思いもしていなかった。

「これマジのやつ?」

 思わず聞くと、呆れた顔を見せる鬼塚が頷いた。

「だろうな。松田のやりそうなことだ」

 面白いこと、というのはこのことだったらしい。

「確認出来ていないホワイトパスの方も、正当な理由がない場合、参加して頂きますからそのつもりで」

 どのつもりなんだ。あまりにも手が込んでいることに、感心を通り越し本気で呆れる。

「では、本日は無礼講となっておりますので、存分にお楽しみください!」

 笑顔で声を張り上げた進行役が、因みにと付け足した。

「無礼講と言いましても、大人の節度をお忘れなく。ドラッグ類や、同意のない性行為等、犯罪まがいの行為があった場合は、すぐに警察へと通報させて頂きますので、そのつもりでお願いします」

 ということは、同意がある場合はいいということだ。これではまるで、大掛かりな乱交パーティーとも言える。ただ、金の掛け方がケタ違いなので、下品な印象にはなっていない。何より、ゲストの身分もそれぞれに高いのだ。あくまでも、紳士的かつ、大人の遊びの範囲内でということなのだろう。
 わざわざ、いったん船を出し、帰る人間にはさらにボートを用意するなんて、どうかしてるとしか言いようがない。

「松田さんって、金有り余ってんのか」

 思わず呟くと、鬼塚がまあなと笑い。

「俺の持ってる資産程度じゃ、あいつの足元にも及ばないだろうな」

 人は見かけによらないとは、まさにこのことだ。
 人生のすべてが道楽で成り立っているなんて、羨ましいを通り越して、逆に心配になってくる。そうは言っても、根っからのセレブに、そんな心配は杞憂でしかないのだろう。現に、松田はこうして人生を楽しんでいる。有り余る金の使い方を知っているからこそ、他人をも楽しませることが出来るのだろう。

「いいんじゃないか。気軽に参加しろ。たまには違う環境も大事だ」

 人ごとのように言う鬼塚が、いまだ驚いている純を見た。

「ちょっとした船旅だとでも思えば、おまえたちも、少しは恋人らしい雰囲気になれるんじゃないのか」

 恋人らしい雰囲気ってなんだ。そんなものが必要なのか?
 いい大人相手に、子供扱いで甘やかせとでも言いたいのか。マンションのひとつでも買ってもらえということなのか。

「だったら、あんたは必要ねえな。普段から、恋人らしい雰囲気ってのが、嫌ってほど出てるからな」

 自分でも驚くほど、嫌味な言い方になった。どう考えても、嫌味になる必要はないはずだ。
 鬼塚が咲久を大事にしていようとどうしようと、純には関係ない。鬼塚と咲久はカミングアウトしているのだ。そのふたりが、恋人として仲良く見えるというのは、いいことなんじゃないのか。
 どうして嫌味な言い方をしたのか自分でもわからない。鬼塚がそうだなと曖昧に笑い。

「どうせ、俺はパスだ。明日も仕事だからな」

 どうやら、鬼塚のブラックパスは手違いだったらしい。だいたい、元樹も明日は仕事だ。どこかの漁港で、呑気に朝食を食べている時間などないだろう。となると、船上に残されるのは純だけだ。さすがにそれはどうかと思う。
 まあ、適当な理由を付けて、帰ればいい。
 進行役がステージを降りると、フロア全体の明かりが点いた。カナにまたねというように手を振られる元樹が戻ってくる。同じく、鬼塚の姿を見つけた咲久も戻ってきた。

「カナが、純によろしくってよ」

 元樹がそう言ったとき、松田が近くを通りかかった。呼びとめると、ニコニコして立ち止った。

「どお? 面白いだろ。日向くんも、咲久くんも、ぜひ、参加してね」

 そう言われても、それぞれ仕事があるのか、咲久は店があるからと断る。

「一日くらい、臨時休業にしてもいいんじゃない?」
「いえ……明日は、本社からの納入があるし、そういうわけには」
「あー、咲久くんひとりだしね。誰かに任せるってのも出来ないか。そうかぁ、それなら仕方ないね」

 本当に仕方ないという顔を見せる松田に、元樹が俺もと、仕事があることを告げる。

「朝いちで打ち合わせが入ってるので、帰ります」
「えー、残念だな。日向くんと一度ゆっくり飲みたかったのに」

 松田がガッカリ感を隠さず言うと、今度また機会があればと元樹が応えた。

「俺も帰ります」

 純の言葉に、松田がダメダメと首を振り。

「純くんは明日休みだろ? 純くんは帰さないよ」
「いや、でもひとりで残っても……」
「頼むよ、参加出来る人はしてもらわないと、企画倒れになるよ。いいじゃない、朝まで飲むのもよし、夜は寝て美味しい朝ご飯食べるのもよしで、好きにやってくれたらいいんだからさ」

 企画倒れになると言われると、何が何でも帰るとは言いにくくなる。

「ね、日向くんも純くんが残ってもいいよね。一日だけなんだし。純くんがどこかの女としけ込まないよう、俺が見張ってるからさ」

 どうして女としけ込むんだよ。あり得ないけれど、もし何かあるとするなら、純の場合は女ではなく男のはずだ。突っ込む気にもなれないでいると、松田が隣の鬼塚を見て。

「それにほら、鬼塚もいるし。誰も知らない中ひとりってわけじゃ……」
「俺も仕事だ。だいたい、おまえ、俺には確認してないだろ」

 それなのにブラックパスを持たされているのだとしたら、冷たく言われても仕方がない。松田が何の問題もないという顔を見せた。

「いやいや、重役が何言ってんだよ。鬼塚は、仕事の都合くらいつくだろ。明日一日ってわけじゃなく、昼には帰れるんだし、それから出社しても誰も責めないだろ」

 それもそうだと、妙に納得する。鬼塚は、純たちのような雇われの身とは違うのだ。

「それに、いちおうは確認してるぞ。明日の午前中は、鬼塚なしで回らない会議もアポもないって滝本さん言ってたからな」

 その名前に覚えのある純は、不本意ながらも帰ることを諦めた。
 松田のパーティーに掛ける情熱は半端じゃない。あれこれ言ったところで、簡単には帰してもらえないだろう。秘書に確認済みだとは、鬼塚も予想していなかったはずだ。

「どうしても帰りたいっていうなら、自分で船チャーターしろよ。そこまでしてでも帰りたいってことなら、止めないよ」

 そこまでしてでも帰らなければいけない事情はないのか、さすがの鬼塚も諦めていた。
 まあ、考えようによっては、楽しめばいいだけの話だ。好きなだけ飲んで、寝て、美味い飯を食べて帰るのだと思えば何も悪い話ではない。

「じゃあ、日向くんと咲久くんは、帰るときまた声掛けて。ボートと、後、岸にはハイヤーも用意してあるからさ」

 至れり尽くせりの松田の接待術は、ある意味勉強になると思った。
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