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互いの距離
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しおりを挟む色々とイレギュラーな婚姻ではあったが、アルバートとイーディスはそれなりに平穏といえる日々を送っていた。
王都にあるタウンハウスでの生活で生活することになり、オルコット侯爵家夫妻とは敷地内別居という形で新築の可愛い屋敷に二人で住んだ。
そもそもオルコット侯爵であるイーディスの父親も、オルコット伯爵夫人である母親も仕事優先の絵にかいたような王族の家臣だ。
滅多に屋敷に帰ってこない上に、育児にも子育てにも興味がない。そんなわけで娘が誰と結婚しようとも、おめでとうと言って後は仕事に戻っていった。
彼らが仕えているのはダレルの前の国王夫妻だ。今はダレルを陰から支え世代交代に力を入れており実質上は王権を渡しすでに権力を失っている。
若くして王位を継いだダレルは、とても苦労人でありそれを支えてきたイーディスだったが、結婚によるごたごたで現在は無職……ではなく屋敷を管理する女主人だ。
自分の屋敷を管理するついでに実家の方も管理業務をしていると、いつの間にか魔法学園へと通っているはずの妹が帰ってきて、しばらく帰省することにしたと実家に住みついた。
現在、どういうわけかその妹と、アルバートが向かい合っていた。イーディスの部屋で。
イーディスは、そのうち打ち解けるだろうと思っていたので、ルチアの止まり木と、そこに止まった彼に給仕が出来るように置かれている一人用のソファーに座ってルチア用のリンゴをつまんでは与えていた。
「それでお姉さまとは、どこで出会ったの?」
「……まだ寒い時期の舞踏会で」
「どうやってお姉さまを口説いたの?」
「どちらかというと、イーディスから積極的に来てくれたというか……」
妹のダイアナはこうして先ほどから、アルバートに根掘り葉掘りなれそめについて聞き続けていた。それをアルバートはぎこちなくなりながらも答える。
ダイアナは魔法学園に入学してからは、それほど接点もなくあまり距離が近いわけではないが、仲のいい姉妹だ。
妙なことは言わないと思うが、出会って間もなくの質問責めにアルバートは参っている様子だ。
……どうしようかしら。
考えていると部屋着のナイトドレスの裾をくちばしで引かれて「あら、ごめんなさいね」と声をかけて、ルチアにリンゴを運ぶ。
それを機嫌よくルチアはくちばしで加える。
それからぴょんぴょんと止まり木を移動して、一番高い場所で、足を使って器用にリンゴを齧る。
可愛らしい姿に、後でたっぷり魔力をあげようと思いつつ、視線を戻すとアルバートがイーディスに横目で必死に視線を送ってきていた。
……救援要請ね。
立ち上がって、イーディスは彼らの方へと行く。どちらの側に座ろうか迷ったけれども、あまり距離を詰めてもよくないのでダイアナの隣に座って、彼女に話しかけた。
「ダイアナ、会って日も浅いのに、質問責めにされたらアルバートだって困るわ」
「……それは、分かってるわよ」
たしなめるように言うと彼女は、納得いかないという様子で、じとっとアルバートの事を見る。そんなダイアナにアルバートは視線をそらして顔を青くさせる。
そんな彼の様子を見ていると、先日の毅然とした態度は幻だったのだろうかと思うが今はそんな事を考えている場合ではない。
アルバートの事よりも、目のまえにいる彼女の事だ。
「じゃあどうして、そんな風にするの? 自分の結婚相手が見つかるか不安なら、私が話を聞くわ」
可能性として身近で結婚したイーディスたちから学びを得て、男性がどんな女性を好きになるのかと考えた結果、そうしてアルバートの意見を求めているのかと思った。
しかし、ダイアナはイーディスとおそろいのチョコレート色の髪を靡かせてフルフルと頭を振る。
それから観念したように、イーディスを見据えて言うのだった。
「……だた……魔法学園に通っているうちに急にお姉さまが結婚してしまって……王族の方ではないし、変な人にお姉さまが捕まっていたら大変、と思ってしまって」
「変な人?」
「そうよ。例えばお姉さまが従者職だからと言って、常日頃から、付き従うように言ったり」
イーディスが聞くとダイアナは人差し指を立てて、例え話を言う。その言葉に、イーディスの頭には一人の男性が思い浮かんだ。
「後は、暴力をふるうような、気の短いところがある人だったり、そういう変というか危ない人につかまっていないか心配で……急な結婚だしお姉さまは、お母さま達みたいに仕事が好きだから、男性の良し悪しがわからないのではないかと思ったのよ」
……たしかに、男性の良し悪しは私一人では気がつかなかったわね。
さすが妹、よくイーディスのことを見ている。
あの時、気がつかなかったら一生、気にしてなかっただろう。そしてその危ない人とは一応縁が切れているので安心してほしい。
そう思いながら何と言えばいいのか考えていると、くすくすと笑う声が聞こえてきて、イーディスは視線を向かいの彼にやった。
「あたし、何もおかしなことを言ってないと思うんだけれど! アルバート様!」
「あ、ごめんね。馬鹿にしているわけではないんです。ただ、姉思いの良い妹だと思って、そうだよね、イーディス」
彼が笑っている理由はイーディスにもわかった。
イーディスと同じでウォーレスの事を思い浮かべているのだろう。あれほど身分が保証されていて、ダイアナはまったく気がついていない様子だが、あの人こそ危ない人だ。
そんな彼から離れるきっかけになってくれたアルバートがそんな風に疑われているのも確かに可笑しい。
しかしそれを言うにはダイアナに契約結婚のことまで説明しなければならないだろう。それでは、大変だ。
イーディスは「そうね」と彼に同意して同じく少し笑った。それにダイアナは顔を赤くしてプンスカという表現がちょうどいいぐらい怒るのだった。
「何よ。ただ心配なだけなのに!とにかく、私は、アルバート様の事、きちんと良い人だってわかるまで学園には戻らないから!」
言いつつも彼女は羞恥心もあるのかそのまま立ち上がって、部屋を出ていこうとする。それにイーディスは声をかけた。
「夜も遅いわ、敷地の外には出ないで自室に戻るのよ」
「わかってます」
「……ダイアナさん、気を付けて帰ってくださいね」
「わかってます!」
イーディスとアルバートの声に投げやりに答えて、ダイアナは出ていき、これから隣にある実家の自室に戻るのだった。
部屋に彼女がいなくなると、アルバートはほっと息をついて、いつもよりもさらにしょぼくれる。それにイーディスは気になって、彼に聞く。
「……妹がごめんなさい。でも一つ気になっていたんだけれど、あんなに偉そうというか……怖い雰囲気のあるウォーレスにはあまり気後れしていなかったのに、どうして私やダイアナに……その、困った様子というか……」
聞きつつも、どちらともなくルチアの元へと戻る。
夕食が終わったこの時間は、アルバートたっての希望で、ルチアの給仕を二人でしている。彼は魔獣が好きらしく、ルチアを見ていて安心するらしい。
アルバートはリンゴを一つ手に取ってから「カァ」と鳴いている、ルチアに差し出した。
「……不甲斐なくて、本当に申し訳ないとは、思ってる」
「違うわ。謝ってほしいんじゃなくてアルバートの事を知りたいの」
並んで立つとこんなに背も違って力ある男性なのに、すぐに謝罪をして申し訳なさそうにイーディスに言う。
それにイーディスは持ち前の気さくな笑みで返して、元気を出してほしくて「不甲斐ないなんて思ってません」と続けた。
すると彼は気合いを入れるようにふうっと息を吐いて、それからすっと背筋を伸ばして眉をきりりとさせる。
「実は、若い女性に対して少し、恐怖心があるんです。男性には普通に接することが出来るんだけどね」
しかし話し終わるときにはしょぼんとした顔に戻っていて、相変わらずくるくると変わる表情が少しだけ面白い。
……女性に対してというと……元婚約者との関係がすごく悪かったようだし、そういう部分があって苦手なのね。それなら、あまり無理はしないで欲しいわ。
「……そうだったの。ダイアナにはもう少しきつく言っておくわ」
「あ、それは、気にしないで。貴方の家族なんだから俺は仲良くしたいです」
「私の……家族だからですか」
つい、そう口にして、それからそれは契約結婚をちゃんと遂行するために必要なことだからという意味か、それとも少しはイーディスの事を好意的に思ってくれていて、そうしたいと言ってくれているのか、なんておこがましい事を考えた。
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