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互いの距離
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しおりを挟む確か『次はちょっと盛大に』と聞いたはずだ。
ちょっと、という言葉は使う人間によって大きく差があるらしい。
もはやここまで来ると何だってありだ。漆黒の海に浮かぶ、煌びやかなクルーズ船を見上げる純は感嘆の溜め息を零した。
「マジかよ……」
今まで同様、気軽に来いと言われて来てみたものの、さすがの純も気軽に来てしまったことを後悔した。船を貸切っての船上パーティーというのが、いったいいくら掛かるのか見当もつかない。金持ちのやることは本気で謎だ。
「松田さん、ガチのパリピってやつだな」
純がそう言っても返事がないので、隣を歩く元樹を肘で突いた。
「おい、聞いてんのか?」
「え、ああ、そうだな」
最近、調子でも悪いのか、どこか上の空の元樹が慌てて頷いた。
大丈夫かよ。仕事もそれなりに忙しそうなので、少し疲れているのかもしれない。
今日も本当は乗り気じゃなかった。ただ、パーティーにひとりで行く、という選択が純にはなく、少々強引に連れて来た感はいなめない。
とはいっても、本当に具合が悪いならそう言うだろうし、あまり気にしていなかった。
長年一緒に暮らしていると、こういうことがないわけじゃない。元樹と純の間には基本的に喧嘩や、揉め事はない。だからといって、常に100%ベストな関係かと言えばそうでもない。
就職したてのころは慣れない仕事のストレスで相手を思いやる余裕がなく、お互い口を利かない時期もあったし、体調が悪いときなどもあまり話しかけて欲しくなかったりするからだ。きっとその辺りを上手くかわしてきたから、衝突することなくここまでやって来たのだろう。
いつまでも驚いていても仕方がないので乗船口へ向かうと、招待客リストに名前があるかチェックされシャンパンを手渡された。さすがに船上だけあって、いつものようにフリーパスとは行かないらしい。乗船人数に、限りがあるのだろう。シャンパンと共に渡されたゲストパスは、純が黒で、元樹が白だった。
船内は、眩しいほどの煌めきと、明るさに満ちていた。色とりどりの風船が、あちこちに漂い、アレンジメントされた花が随所に飾られている。普段、こういったことに興味のない純ですら感心させられた。
メイン会場となっているフロアに足を踏み入れると、両サイドからクラッカーがパンパンと音を立て、驚かされた。スタッフが笑顔で、ようこそと迎え入れる。
「やり過ぎだろ」
呆れる純が言うと、服に纏わり付くクラッカーのテープを払い落している元樹が、だなと頷いた。
「おー純くん、日向くん! 来てくれて嬉しいよ」
本当に嬉しそうな顔で声を掛けてくる松田が、スタンドブッフェ形式になっている会場の奥に目を向ける。
「鬼塚たちも来てるよ」
松田の視線を追った先には、鬼塚と咲久が立っていた。ふたり一緒にいるところを見るのは、久しぶりな気がした。もしかすると、最初に会った日以来なんじゃないか。
相変わらずの無表情の鬼塚は置いておくとして、その隣で所在なさげに俯いている咲久。前も思ったけど、どうしてあんな顔をするのかわからない。どうせなら、もっと楽しめばいいだろ。
「つーか、やり過ぎじゃないですかこれ」
思ったことを松田に言うと、意味ありげに笑い。
「言っとくけど、面白くなるのはこれからだから。しばらくは料理でも楽しんでおいて」
そういえば、面白いことを考えている、と言っていたのを思い出す。
他のゲストに声を掛けるため去って行く松田は、ある意味、接待のエキスパートだと言える。ゲストを集め、楽しませることに関しては天才的だ。
驚くことに、ゲストの中には、テレビで見かけるタレントの姿もあり、松田の交友関係の広さに改めて感心する。
「行くか?」
純が鬼塚たちの方を見て聞くと、一瞬間を空けた元樹がそうだなと頷いた。
「なんだ、嫌なのか?」
「いや、別に」
歯切れの悪い返事だ。
「嫌ならいい。俺はとりあえず、挨拶してくる」
知らん顔するわけにもいかないので歩き出すと、嫌というわけでもないのか元樹も付いて来た。ふたりに近づくと、先に咲久が気付き何かを鬼塚に言った。
鬼塚の視線がこちらを向く。胸ポケットに引っ掛けられたゲストパスは、純と同じ黒だった。
「どうも」
純がそう声を掛けると、空になっていたシャンパングラスを近くのテーブルに置いた鬼塚が、ああと声を出した。そういえば、咲久に会うのは店に行った日以来だと思っていると、同じことを思ったのか白のゲストパスを付けた咲久が頭を下げた。
「この前は、ありがとうございました」
「いえ、くだらない物押し付けて、すみませんでした」
「くだらない物だなんて、ありがとうございました……」
いつも以上に、不安げな表情を見せる咲久が、当たり障りない言葉を返して来る。隣の元樹が、純の顔を見たのが視界の端に入った。何の話かわからないのだろう。
「この前、椿さんにちょっとしたプレゼントしたんだよ」
「おまえが?」
「まあ、たいしたものじゃねえんだけどな」
ここで何故なのか理由を聞かれるのは、少し困る。鬼塚とのやり取りがあってからの、咲久へのプレゼントだったのだ。そのことを、咲久の前で話すのはどうかと思ったから。
「聞いてねえぞ」
そう言った元樹の口調は、珍しく苛立っているようにも聞こえた。調子が悪いからって当たるなよ。
「言おうとしたのに、おまえが聞かなかったんだろ。つーかさっきから何だよ。俺の話聞いてねえの、おまえだろ」
本気で怒っているわけじゃない。これくらいの言い合いは、いつものことだ。気を使わない相手との会話は、どうしてもこんな感じになる。当然、元樹も何か言い返してくるはずだと思った純の思惑は意外にも外れた。
「そうだな。悪い」
純から視線を逸らし謝った元樹。
ここで謝られると、微妙な空気に逆に区切りがつかなくなる。どうするべきか考えていると、鬼塚が純の持っていたシャンパングラスを取り上げた。そして、それを一気に飲み干し返してきた。
「バーボンのロック」
「は?」
「取って来てくれ」
いいから行けという目をされ、鬼塚なりの気の使い方だとわかったので、黙って取りに行く。鬼塚が飲むところは何度か見ているけれど、バーボンを飲んでいるのは見たことがなかった。
バーボンロックとか、どれだけ酒好きなんだよ。ドリンクを配っているブースで、鬼塚の分と、自分のカクテルを受け取ったところで、ふと思い立ちソフトドリンクも注文した。
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