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接近
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しおりを挟む「ずいぶんと意外な組み合わせだな」
この人からすると、意外っていうのもわからなくもないなと思いながらも純が頭を下げた。
「松田さん……どうも」
「どうも、じゃないよ純くん。いつの間に、鬼塚と仲良くなってたんだ?」
確か、鬼塚と松田は大学の同級生だったはずだ。ということは、30か。
見ようによっては同じ歳にも見えるし、どちらかが年上で、どちらかが年下だと言われても変じゃない。
鬱陶しいやつが来たと顔に書いてある鬼塚は、質問に応えることなく置かれたグラスを空のグラスと交換している。仕方がないので純が口を開いた。
「別に仲良くなったわけじゃないですよ。今日は偶然で」
「偶然、2人で飲みに?」
興味津々といった様子で聞いてくる松田が、滑るようにして鬼塚の隣に座った。
「その偶然、詳しく聞かせてくれよ」
詳しくと言われても、どう説明すればいいのかわからないし、説明すること自体が面倒だ。
「俺と鬼塚さんが飲んでると、そんなにおかしいですか?」
「おかしくはないよ。ただ、意外ではあるけどね」
「だったら、その意外なことが起こってるだけのことですよ」
突き放すように純が言っても、松田には通じないのかニヤニヤと笑ったまま。
「まさか浮気の現場、ってわけじゃないだろうな」
何をどうしたら、そう見えるんだ。
「どうして、面白そうなんですか」
「俺、面白そう?」
わざとらしく惚けた顔を見せる松田が、軽く手を上げてフロアスタッフを呼びよせる。
純の飲むカクテルと、自分のためのカクテルを注文してから鬼塚を見た。
「まあ、面白くないわけじゃあないな。鬼塚が個人的に誰かと親しくするのは珍しいし。そうだろ?」
松田が確認するように言うと、鬼塚がそうかもなと曖昧に頷いた。
「お、アッサリ認めるのか? てことは、やっぱ浮気?」
どうしてもそっちへ話を持って行きたいらしい。
「浮気なんかするわけないでしょ。つーか、んなこと言い出したら、元樹と椿さんの方がよほど親しくしてますよ。何回か椿さんの店も訪ねてるみたいだし、この前も、2人で昼飯食ったって言ってましたよ」
たしか、そんなことを言ってたはずだ。正直、どうでもいいと思っていたので、適当にしか聞いていなかったのだけど。
「日向くんは仕事のこともあるし、それは別でしょ」
ないないと首を振る松田の、判断基準がわからない。
「元樹は信用出来て、俺は出来ないってことですか」
「まあ、そうかもね」
ずいぶんな言われようだ。松田にどう見えていようと、純が浮気をしたことは今まで一度もない。というよりも、元樹以外の誰かと本気でそうなりたいと思うなら、まずは元樹と別れることを純は選ぶ。それが人の道ってものだ。
「いやだってさ、日向くんと咲久くんは、そういうこととは無縁そうじゃない。健全な日向くんと、あのおとなしい咲久くんなら、ある意味お似合いだし。逆にあり得ないよ」
お似合いなのにあり得ないってなんだ?
よくわからないことを言う松田が、純と鬼塚を交互に見る。
「でも、こっちはね……腹黒い鬼塚と、自由な純くんだろ? ほら、不健全な2人であり得そうだよ。まったく合ってなさそうだし」
「合ってないのに、あり得るんですか?」
意味不明だと思った純が聞くと、変なことを言ったつもりなど微塵もない顔を見せる松田が大きく頷き。
「現実って、そういうものだろ。俺なんか、年に何回かは本気で別れたいと思う女と、いよいよ結婚を考え出してる。我ながら自虐的だと思うよ。でも、それがリアルな恋愛ってものだろ? ドラマや映画じゃないんだし、綺麗事だけ切り取ったような関係では、本当の愛も恋も生まれないと俺は思うな」
綺麗事だけ……か。
そういうことだと思った。きっと、純と元樹の関係はそこなのだ。
気が合う友人の延長でしかない関係は、常に心地がいい状態にある。思い返してみても、お互い嫌だと思うことは無理強いしてこなかったし、だからこそ本気で喧嘩もしたことがない。
「それはそうかも」
思わず純が呟くと、同意を得た松田が身を乗り出し。
「だろ? だいたい鬼塚がいい例だよ。仕事の面倒を見てやって、公の場には必ず同伴させて、そろそろって頃に家を買ってやる。まるで、絵に描いたようなお付き合いだ」
確かに絵に描いたような話しではあるけれど、それでいいのではないかと思っていると、松田が呆れたように首を振り。
「咲久くんはお飾りじゃないってのにさ」
ただのパーティー好きのおっさんなのかと思っていたけれど、どうやらそれだけではないらしい松田の言うことは、真理を突いていると思った。それこそ、綺麗事だけを切り取ったような付き合いだ。
人間の感情には矛盾や、抑えきれない衝動もあるはずだ。それなのに流れだけ聞くと、順序通りで矛盾などどこにもない。絵に描いたようなお付き合いだと言われるのも、仕方がないんじゃないか。
もしかすると、咲久があまり幸せそうに見えないのは、そういうことなのかもしれない。
ふと鬼塚を見ると、その視線はグラスに向けられていた。反論しないということは、少なからず思い当たる節があるのだろう。
「まあ、でも人それぞれだし、いいんじゃないですか。普通は絵に描けるほどの財力もないわけだし」
別に金の問題だと思っているわけではない。ただ、話しを纏めようとしただけの純の適当な発言に、何故か松田が食いついて来た。
「だったら、純くんならいいの?」
「はい?」
「もし、純くんが咲久くんの立場だったら、幸せだと思う?」
そう聞かれて、考えるまでもなく首を振った。
「俺は遠慮しますよ」
「どうして? 鬼塚なら絵に描ける財力あるよ」
だからそういう問題じゃないし、そもそも絵に描けなくていい。
「俺は今の仕事あるし、カミングアウトする気ないので公の場とか絶対無理ですし。まあ、マンション買ってやるって言われたらありがたく貰いますけど、見返り求められるならいらねえな。てことで、椿さんになっても俺は幸せにはなれませんね」
勝ち組だとは思うし、羨ましくないわけではないけれど、あくまでも一般的に考えるとって話しであって、自分に置き換えると本音はそうなる。自分の何かを犠牲にしてまで、誰かと一緒にいたいとは思わない。そこは純の譲れない部分なのだろう。
「やっぱ、純くんは面白いな」
面白いことなど何一つ言っていないのに、面白がる松田が立ち上がる。
「浮気現場じゃないなら、興味ないし俺は行くよ。あ、今度また面白いことやるから純くんも来てね。次はちょっと盛大にって考えてるから」
いつも十分過ぎるほど盛大だと思っている純にすると、それ以上となると想像も付かなかった。
松田が席を離れ、スタッフが新しいグラスをテーブルに置く。二杯めのカクテルに口を付けたところで、純がふと思ったことを口にした。
「つーか、あんたの幸せは無視なんだな」
鬼塚の視線が純に向けられるので、言いたい事が伝わっていないのだと思い説明する。
「だってそうだろ? 今の話しで行くと、あくまでもあんたは与える側ってことで、誰かを幸せにするのが当たり前みたいな前提だよな」
正直なことを言うと、純もそう考えていた。だけど、それって何か違うんじゃないのか。
「あんたが幸せにしてもらうって発想はないのかよ」
確かに鬼塚は、立場上与える側に立つことが多いだろう。でも、鬼塚も同じ人間だ。完璧を期待されて困ることもあれば、逆に不満だってあるのかもしれない。
「ただでさえ、過剰に期待される人生なわけだろ? 例え何かしらの結果出しても、それが当然だと思われる中であんたは生きてんだ。さすがにプライベートくらい、自分の幸せを貪欲に求めたっていいはずだよな」
別に鬼塚が不幸だと言っているわけでもないので、そういうことなのかどうかはわからない。ただ、与える側でしかないと、周りが決め付けているのがどうなんだって話だ。
「それに、あんた腹黒くねえよ」
最初は純もそう思っていた。だけど、今はそうは思わない。
鬼塚は腹の中で嫌なことを考えているような男ではないからだ。少し無愛想だけど、極普通のまともな人間だ。
純を見ていた視線が逸れる。しばらくの沈黙の後、軽く笑う鬼塚が口を開いた。
「おまえは、自由だけどな」
「それって褒められてんのか?」
「さあな。でも、俺にとっては悪くない。おまえといると、俺は俺でいられる気がするからな」
そんなのは当たり前だ。そうでないと困る。
鬼塚が鬼塚でなければ、純はいったい誰に心を開いているのかわからなくなると思った。
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