運命の人

悠花

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すれ違い

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 店に入り、テーブル席に座るとメニューを見ずに注文する鬼塚が、純の方を見て軽く言う。

「好きな物食え。どうせ今日は、割り勘だしな」

 まさかの割り勘宣言に、少し拍子抜けした気分になる。ただ、嫌な方の気分ではなく、反対の悪くない方の気分だった。
 意外にも鬼塚は、プレゼントの貸しを返しにきたわけではないらしい。
 純が注文を終えると、立ち上がった鬼塚が奥にある薄汚いカラーボックスから、漫画雑誌を取り戻ってくる。そしてそれをパラパラと捲り読み始めた。

 上質なスーツに、超高級腕時計。靴は傷一つなく光っているというのに、それほど違和感を感じないのは不思議でありながら、ある意味当たり前の光景でもあった。
 誰だって、色々な場所に行く。旅行なんてまさにそれだ。普段はこうしたラーメン屋にジャージで行くことが普通の人間でも、旅行などでちょっとしたホテルに泊まれば、ジャージでウロウロは出来なくなる。いつもなら使うことのない、ナイフとフォークで食事をしたりもするのだ。
 そう考えると、反対があってもいい。
 普段はナイフとフォークの人間が、ラーメン屋で麺を啜ってもなんらおかしくはない。純が思わず笑うと、鬼塚が雑誌から視線を上げた。

「いや、そりゃそうだなと思って。あんただって、ラーメンくらい食うよな」
「昔から疲れると、ガッツリしたものが食べたくなる。ここ最近、本気で忙しかったからな」

 それで、一週間後だったのかと思った。HIKARI通商の御曹司がどれほど忙しいのか、純には想像も出来ないけれど、暇でもないだろうことは嫌でもわかる。
 何より、今日は単純に飯を食うために純を誘ったのだ。貸しも借りもなく、ただラーメンを一緒に食べようとしているだけの話だ。
 そこに他意はない。

「あんたって、見た目に反して普通の人間だよな」
「そうか?」
「ああ、俺と変わらねえって思うと親近感が湧く。それに、嫌味っぽいところと、ガチのゲイってのを差し引けば、最高にいい男なんじゃねえか」

 視線を雑誌に戻した鬼塚が、呆れたように笑う。

「それで、褒めてるつもりか?」
「いや、褒めてんだろ。俺、あんたのこと嫌いじゃねえよ。つーか、結構気に入ったかも」

 疲れていると、運転手付きの送迎車であってもラーメン屋に行きたくなり、そういうときは黙って雑誌を読みたいから、割り勘の方が気がラクにいられる。かと思えば、仕事面ではそれなりの対応をしなければ、文句を言いに来る厳しさもあり、なあなあの慣れ合いだけではない関係を好む。
 総合すると、思っていたより悪くない男だ。

「俺も、おまえのこと嫌いじゃねえ」

 そう言った鬼塚は視線を上げることがないまま、小さく溜め息を吐き出した。

「世間が思うほど、取りたてた能力がないことも、HIKARIの肩書を外した俺が、単純で普通の人間だと見抜いてるのも、今のところおまえくらいだからな」

 その言葉を聞いた純は、鬼塚には鬼塚なりの、抱えきれない重圧があるのだと思った。

 選択肢が他になく道はすでに決まっていた鬼塚の自主性は、生まれた時から否定され、結婚が出来ず、周りのことを考えゲイをカミングアウトしたときから、プライバシーにおいても鬼塚の自由はなくなったのだ。
 誰だって自分の性癖を、知り合いに赤裸々に告白なんてしたくない。だけど、鬼塚はそうしなければいけない世界で生きている。
 可哀想だと思うのは簡単だ。だけど、それを受け入れ自分の足でそこに立っている人間に、可哀想だと思うのは失礼でしかない。可哀想だったと思っていいのは、最後までやりきれなかったときだけだ。
 何もかも理解した上で、やりきろうとしている相手に同情は必要ない。

「運転手がいるってことは、あんた飲んでもいいんだよな」
「まあ、そうだな」

 純が生ビールを2つ注文しても、鬼塚がそれを止めることはなく、ラーメンを食べ餃子をつつきながら飲んだビールは、いつもより深い味がした。
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