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すれ違い
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しおりを挟む純が帰った後、リボンを解き箱を開けてみると、同じ形のシルク地のパジャマが2着並んでいた。
これを咲久にどうしろと?
目的も、理由もわからないプレゼントは素直に喜べない。
「何の用だったんですか? 誰なんですかあの人。店長の友達?」
休憩から戻ってきた沙織が、興味があるのかやけに聞いてくる。
「知り合いってだけ。友達じゃないよ」
「てか、すごくかっこよかったんですけど!」
やはりタイプだったらしい。そうだねと適当に相槌をうつ。
「何歳なんですか?」
「さあ、僕よりふたつ上って聞いたような……」
「じゃあ、26? 7? え、独身ですよね」
独身だけどゲイだよ、と言いかけてやめる。
さすがに純が隠したいプライバシーを、咲久が勝手に話すわけにはいかない。そのかわりに、ふと思い出したことを聞いてみる。
「沙織ちゃんさ、最悪で愛しい気持ちってどんなのかわかる?」
話を逸らすための質問だったので、たいした答えは期待していなかった。
「最悪で愛しい、ですか?」
「うん」
「最悪なのに、愛おしいってことですよね」
よくわからないけど、まあそういうことだろうと思っていると、しばらく考え込むように黙っていた沙織がたぶんですけど、と前置きし。
「それって、恋したときの気持ちなんじゃないですか」
「恋?」
「はい。私の恋はいつもそんな感じですよ。上手くやれなくて最悪なんだけど、それも悪くないって思えるほど愛しい気持ちなんですよね」
あくまでも沙織の見解だ。日向がそう言ったわけではない。
万が一、そういうことだったとしても、懐かしい気持ちを思い出すってだけで、今そう思っていると言われたわけじゃない。だから、意識するのは間違っている。
そもそも、日向には純がいるのだ。共に暮らし、同じベッドで眠り、隠しごとなどひとつもない関係。いいと思ったモノや考えを共有し合い、それでいて自立することのできる信頼。咲久との会話や印象を、日向が隠すことなく純に伝えているのは、そこに後ろめたい気持ちがないからだ。
やっぱり思った通りだ。日向の言動は、性格に基づいているだけで、深い意味などないのだ。気を持たせるつもりなど本人にはない。咲久に、知り合いでもなくビジネスでもなく、友達になろうと言ったのも、たんに微妙な距離感をいい方向へ持って行きたかっただけの話。
だとしても、触れられた場所が、咲久の意思とは関係なく熱を持つから……。
どうして、純のように産まれてこなかったのだろう。思春期に、男が好きな自分を責め思い悩んだ咲久と、早くに理想的なパートナーを見つけ愛されて生きてきた純。
神様はきっと、独りぼっちで愛を知らないのだろう。そうでなければ、こんな意地悪をするはずがないのだから。
その日咲久は、優人のマンションへ行った。
いくら咲久に持ってきたプレゼントだとしても、お揃いでと言われているのだから優人に報告しないわけにはいかない。
シャワーをすませ、しばらく待っていても帰ってこないので先にベッドに入る。気付くと寝ていたのか、部屋のドアが開く音で目が覚めた。
「あ、おかえり」
そう言ってベッドから身体を起こすと、シャワーから出て来たところなのか、髪をタオルで拭く優人がベッドの端に腰を下ろした。
「寝てていい」
背中を向けた優人の声は、いつもと同じで感情が見えて来ない。優しさで言っているのか、鬱陶しさなのか咲久にはわからなかった。
髪を拭き終わったタオルを、椅子の背もたれに掛けるため立ちあがる。タオルを掛け再びベッドへ腰掛ける間、一度も咲久の方を見ない。それも、いつものことと言えばいつものことだ。
「遅かったね」
「ああ」
「忙しいの?」
「そうだな」
会話とも言えない会話。
「今日、小鳥遊さんが店に来たよ」
咲久に背中を向けたまま、肌蹴ていたパジャマのボタンを留めていた優人が振り返った。
いつもと違う出来ごとでもないかぎり、咲久の話はまともに聞いてもらえないのだ。
「小鳥遊が?」
「うん。僕にプレゼントを持ってきてくれた」
咲久の方を見ていた視線が離れていく。
「貰う理由もなかったけど、いらないって突き返すのも変だし、とりあえず受け取ったんだけど……やっぱり受け取らない方がよかったかな」
「別に、いいんじゃないか」
気のない返事に、話を終わらされる気がした。ここで終わるのは困る。
「そこに置いてあるんだけど、見て。優人にもよろしくって小鳥遊さん言ってた」
ベッドから立ち上がった優人が箱を見つけ、蓋を開ける。
「こういう場合って、何か返したりした方がいいの?」
「そうだな、こっちでやっておく」
中を確認する優人がそう言ってくれてホッとした。
また咲久に任せると言わるんじゃないかと思っていたから。どれくらいの金額で、どれくらいの物を返せばいいのかサッパリわからない。
中を見たわりに、感想を言わない優人が蓋を閉めた。ベッドへと戻って来て、枕に頭を下ろす。
「お揃いのパジャマなんだって」
「そうみたいだな」
「サイズ合ってなかったらすみませんって、小鳥遊さん言ってた」
「そうか」
「小鳥遊さんって、かっこいいよね」
「そうかもな」
「沙織ちゃんが、いつになくテンション上げて……」
「悪いけど疲れてる。寝かせてくれ」
時間は深夜一時……。疲れていて、当然だ。
早く寝ようとすることを謝っているのだし、理解すべきだ。
そう言い聞かせるのも、もう限界だった。何が問題なのか、原因は何なのか。解決する術はどこにあるのか。
すべてがわからないまま、ただただ、すれ違って行くことを止められない。
すぐそばにいる優人が、遥か遠くにいる気がする咲久は、神様はやっぱり愛を知らないと思っていた。
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