運命の人

悠花

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すれ違い

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「大丈夫ですか? ホント変ですよ……あ、いらっしゃいませ!」

 沙織が接客用の声を出すので咲久が無意識に顔を上げると、男性がひとり店へと入ってきた。雑貨店という性質上、男性客はそう多くない。
 珍しいなと思っただけでやり過ごそうとした咲久はハッと気づき、入ってきた男にもう一度顔を向けた。

「どうも。いいですか?」

 他に客がいるわけでもないので、まったく問題ない。ただ、どうしてという思いが強く驚いていると、私服姿の純が沙織に軽く頭を下げた。

「ごめん、客じゃないんだよ。椿さんに用があって」
「あ、そうですか。どうぞ、どうぞ」

 いつもしっかりしている沙織の接客用スマイルに、恥じらいが浮かぶ。タイプなのかもしれない。

「つーか、カオスだな」

 店内をサラッと見回した純が呟く。雑貨が所狭しと置かれていることを、そう表現したのだろう。
 大きな紙袋を持つ純が、咲久が立っているレジ前まで来る。

「え、あの……どうしてここが?」

 思いもしていなかった来客に、単純な疑問をぶつけると「あー」と声を出した。

「元樹に聞いて。ちょっと迷いましたけど、何とか見付けられました」

 その答えに、どうしてここがわかったのかなんて聞いたことが恥ずかしく思えた。日向が知っていることを、純が知っていても何も不思議はない。
 純が小さな動きで振り返ると、それまでこちらをジッと見ていた沙織が慌てて棚に視線を戻した。

「おひとりだと思っていたので……」

 声を落としてそう言った純は、沙織に聞こえないようにしたつもりなのだろう。
 ただ、狭い店なので聞こえないように話すのは無理がある。何となくそういうことなんじゃないかと思う咲久が沙織に視線を向けると、わかりましたというように頷いた。

「私、お昼にでも行ってきます」

 女性は、みなまで言わなくても察してくれる。こういうところは本当にありがたい。
 沙織が店を出て行くと純が軽く頭を下げた。

「すみません。誰かいると話しずらくて。普段は気にならないんですけど、この手の話には気を使うんですよね。上手く隠しながら話すってのに慣れてないので」

 カミングアウトしていない純にすると、何よりも気になるところがそこなのだろう。今まで隠し通せてきたのは、こういう些細なことにでも気を使ってきたからだろうと思った。

「いえ、いいんです。気にしないでください。それより、僕になにか?」

 咲久が聞くと、純がふいに笑った。
 もし沙織がここにいたら、恋に発展するんじゃないかと思うほどの魅力的な笑顔。けして、穏やかだとか明るいというイメージではないのだけれど、純には人を惹きつける独特の雰囲気がある。
 きっと、少しくらい嫌なことを言っても憎まれることなく、例え親切じゃなくても嫌われないのだろう。それは純がどこまでも自然体だから。

「これ、椿さんにプレゼントしようと思って」

 わけのわからないことを言う純が、持っていた紙袋をカウンターの上に置く。
 結構な大きさがあるわりに重いわけではないのか、片手で紙袋の中に入っていた白い箱を取り出した。

「僕に、ですか?」
「ホントに僕って言うんだな。元樹に聞いた時は、マジかよって思ってたんですけど」

 さっき笑ったのはそれでだったのかと思うと同時に、覚えのない不安のようなものが胸に広がるのを咲久は感じていた。

「とにかく、受け取ってください。気に入らなければ最悪、放置で構いませんので」
「あの、意味が……どうして小鳥遊さんが僕にプレゼントなんか」

 純が出してきた箱には、ご丁寧にリボンまで掛かっていた。

「まあ、そうなるでしょうけど、そこは深く考えずに貰っておいてください。プレゼントなんて、何年も買ったことないので、すげー迷いました」

 笑顔で言われても、咲久にはさっぱり意味がわからない。

「あの、何ですかこれ……中には何が」
「ああ、部屋着、ってかパジャマです。色々考えたんですけど、あんま高価なものになると、今度は貸し作るみたいになって意味ねえし、でこれに。サイズ合ってなかったらすみません。まあ、合ってなくても寝る時なら多少はいいかなって。鬼塚さんとお揃いで着てください」

 どうして純が咲久にプレゼントを持って来たのかはこのさい置いておくとしても、お揃いのパジャマなんていらないと思った。というより、優人は絶対に着ないだろう。

「着ないと思いますよ」
「え?」
「優人はそういうの嫌がりますから」

 そもそも、純にパジャマをプレゼントされる理由がない。

「へえ、意外だな。毎日お揃いのパジャマ着て寝てそうなのに」

 純にはどう見えているのか知らないけれど、咲久と優人はそんなことを一度もしたことがない。

「そんなことしませんよ。だいたい、男同士で変でしょ」

 トゲのある言い方になった。フォローするつもりで、慌てて言葉を続ける。

「だって、小鳥遊さんもそうでしょ? 日向さんとお揃いのパジャマなんて着ないんじゃ……」
「着るけどな」

 アッサリと言う純が、折りたたんだ紙袋を箱の上に置く。

「部屋着は、結構同じの多いんじゃないかな。つーか、気が付くと増えてんですよね。同じもの使ってるってことが。あ、財布とかも一緒だし」

 いったいこの人は何をしに来たのだろうと思った。誰からも好かれる雰囲気を持ち、男として女性にもモテ、その上で日向に温かく愛されている人。
 咲久にないものすべてを持っている男。

「意外……ですね」

 本当に意外だと思ったから。純の顔を見ていられなくなり視線を落とした。日向と純の関係は意外なことだらけだ。

「そうですか? 男同士だと、気に入った物があれば、相手の分もついでに買っておこうってなるのが普通なのかと思ってました。女と違って、同じ物でいいわけだし」

 純の言う普通は、咲久にとって普通じゃない。
 違う人間だしそんなの当たり前なんだけど、純の基準となるベースには日向がいる。ということは、純と日向は違う人間なのに、同じ普通の中で生きているのだ。

「まあ、お揃いなんて甘い感じじゃなくて、使い勝手がいいから同じってだけで……」

 そこで言葉を切った純が、ふっと笑った気配がしたので顔を上げると、何かに納得したような顔を見せていた。

「あ、すみません。笑ったのは別に変な意味じゃなく、元樹が可愛いって言うのわかるなと思って」
「え……」
「椿さんって、元樹が、昔付き合ってた女たちに似てるかも」

 何でもないことのようにそう言った純は、優人によろしくお伝えくださいと言い残し帰って行った。
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