運命の人

悠花

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すれ違い

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 咲久が任されている雑貨屋は、住宅街の中にあるため基本的に常連客が多い。
 あまり見かけないデザインのモノや一点モノも多いため、気に入ってくれた主婦の客たちが平日の昼間に新しい商品が入っていないか時々覗いてくれるのだ。
 ただ、休日に限っては近所の主婦は顔を出すことなく、フラッと入ってくる一見の客が多くなる。前から気になっていて一度入ってみたかっただとか、約束のランチまでのちょっとした時間潰しだとか、平日は働いていて来られないという人も週末の客となる。

「……長? 店……店長!」

 突然大きな声が耳に入って来て、ハッと顔を上げた。週末限定でアルバイトに来ている沙織が、咲久の顔を見つめながらゆっくりと首を傾けた。
 近くの女子大に通っている沙織は、今時の普通の子だ。特別美人ではないけれど、笑うとほんわかした雰囲気になり咲久は気に入っていた。

「ちょっと、大丈夫ですか?」

 心配顔の沙織が聞いてくるので、今度は咲久が首を傾げた。大丈夫とは?

「何回も呼んでるのに。どうしたんですか、何か変ですよ今日の店長」

 そう言ってから、入口付近の棚を指し。

「ここのレイアウト、変えてもいいですか? ゴチャゴチャしてて、商品が見にくいと思うんですよね」
「あ……うん。お願い」

 しっかりしている沙織は、店にとってありがたい存在だった。週末の間に、商品の陳列を変えたりアイデアを出してくれるのでとても助かっていた。
 ふと咲久が自分の手元を見ると、本社から送られて来た商品リストを確認しながら、原価計算をしていたはずの電卓が止まっている。どこまで計算したのかわからず、一からになった。

「ホントどうしたんですか。今日、やけにぼんやりしてません?」

 商品を移動させている沙織に不思議そうに聞いてくる。
 実は、今日だけじゃない。最近、ずっとこんな感じなのを咲久は自覚していた。気付けば作業が止まっているということが、多々あるからだ。

「もしかして、鬼塚さんと喧嘩でもしたとか?」

 ニヤニヤとする沙織は、咲久と優人の関係を知っている。

 最初の頃、咲久は沙織のことを無口な子だと思っていた。仕事はテキパキとこなしてくれるのでそのことについて不満はなかったけれど、会話をあまりしようとしない彼女とどうコミュケーションを取ればいいのかわからなかった。
 それが一転したのは、咲久と優人が付き合っていることを知ってからだった。優人にも会ったことのある沙織は、ふたりが付き合っていると知ると妙にテンションが上がり、気が付くと雑談好きのアルバイト店員になっていた。
 どれだけ雑談していても、仕事はこなしてくれるので問題はない。

「喧嘩なんかしないよ」

 もう一度始めから計算をやり直す咲久が言うと、まあそうですよねぇと頷く。

「だったら、どうしたんですか?」
「僕、そんなに変?」
「はい。ずっとぼんやりしてて、心ここにあらずって感じです」

 心ここにあらずか。思い当たる節があるので反論出来ないでいると、置き変えた商品を少し離れた位置から確認するように見ながらうーんと声を出した。

「喧嘩じゃないとすると……あ、まさか鬼塚さんに浮気されたとか?」

 見当違いな言葉に何も返さないでいると、沙織が首を振る。

「それはないか。もうすぐ新居に引っ越すラブラブなときに、そんなことするはずありませんよね。じゃあ何なんですか?」

 そんなのこっちが聞きたいと思った。そもそも、原因は優人ではない。逆に優人と何もないから、こんなことになっているんじゃないかと思っているくらいなのに。

 優人が咲久に触れて来なくなってからの更新記録は、すでに100日を大きく超えている。同じベッドに入っても、優人は先に寝てしまう。忙しいだろうし、疲れているだろうし、もうすぐ一緒に暮らせるからと自分に言い聞かせて来たけれどいよいよそれも限界になりつつある。
 きっと欲求不満なのだ。それだけのことだ。そうでないとおかしい。だって、そうだとでも思わなければ、日向に触れられた肩や頭に、優しくて温かった手の感触が残っている理由がないからだ。

「店長、また止まってますよ」

 その声にハッとする咲久は、大きく溜め息を吐いた。
 また最初からだ。電卓すらまともに扱えなくなっている自分に呆れる。咲久には優人がいて、日向には純という恋人がいるというのに。
 優人との関係が少し上手く行っていないからといって、他の男のことばかり考えるなんておかしいし、考えたところでどうなるわけでもない。

 ただ、あの日から、日向の存在が咲久の中で大きくなりつつあるのを止められないのも事実だった。
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