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ビジネス
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しおりを挟む咲久が店を出る用意をしている間、日向はやはり雑貨を興味深そうに見ていた。見た目はスッキリとしていて、明るい雰囲気を纏っているけれど彼はデザイナーなのだ。仕事に関しては独特なセンスを持っているのかもしれない。
ふたりで入った店は、雑貨店からすぐのカフェだった。ランチの看板を見た日向は、迷うことなくそこへと入った。そういった決断力があるのは、素直に羨ましい。いつだって、自分に自信がなく優柔不断な咲久にはないものだから。
昼少し前ということもあり、店内はまだ空いていて、ボックスの席へと案内しようとした店員に、日向はカウンターでいいと告げそちらへと座った。反対する理由もないので咲久が隣に座ると、ビジネスバッグを足元に置き優しく笑う。
「向かい合うより、この方がいいでしょ?」
その通りだった。真正面で向き合うより、隣の方が気がラクだ。気を使ってくれているのがわかる。
店員が水を運んで来ると、日向が表の看板に書いてあったハンバーグランチを注文する。同じ物をと言いかけてやめた咲久は、パスタランチにしておいた。
ただでさえ、変な空気になった後なのだ。これ以上、主体性がないと思われたくない。
「ここはよく?」
「はい……時々」
「近いですしね」
どうでもいい会話をする日向が、もう注文は済んだというのに立て掛けてあるメニューを手に取る。
「焼き肉とかあったのか、それにすればよかった」
そう言ったかと思うと、メニューを戻して今度は水を少し飲んだ。
「ま、次でいいか」
次なんてないはずなのに何事もなかったように振る舞うため、ひとり言を呟く日向の気遣いに、いよいよ申し訳なく思えて来た咲久は、カウンターのテーブルをジッと見つめたまま声を出した。
「ごめんなさい……僕、ホントこういうことが上手く出来なくて」
こんなことを言っても、日向にすると知ったことではないのはわかっている。だけど気を使ってくれている以上、何か言い訳めいたことを言わなくてはいけない気がしたから。
「日向さんに謝らせてしまって、本当は僕が悪いのに……だったら引き受けるなって話でしょうけど、優人は忙しいし、僕に任せるって言われると、どうしようもなくて……」
本当は、いったい何を自分が決めて、何を日向に任せるのかすらわかっていないのだ。そう思っていると、隣に座る日向がカウンターに肘を付いた。
「もう、仕事の話しはやめましょう。俺もやめますから。後、知り合いもやめにしましょう」
知り合いもやめる?
言われた意味がわからないでいると、優しい顔をする日向が咲久の方を見た。
「この前の話です。知り合いかビジネスモード、どちらで接するべきかってやつです」
ということは、知り合いでもなくビジネスでもないということになる。だとしたら、赤の他人ということだろうか。
「俺たちは、ちょっとした知り合いではないし、これは仕事でもない。椿さんの友人として、家のインテリアを考えてあげますよ」
「友人……ですか?」
「そうです。だからもう、椿さんに気は使いません。だって椿さんは、友人ですから。椿さんも俺に気を使わないでください。わからないことは聞いて、こうして欲しいと思う部分は遠慮なく言って下さい」
知り合いでもなく仕事でもなく、友人のひとりとして日向に頼むということが言いたいらしい。
なんでも遠慮なく言えばいいのだと。
「もしそれが出来ないなら、この話はなかったことにしてください。事務所経由の仕事でもないし、断っても俺は困りませんから。だいたい、遠慮ばかりする友人に、わざわざ貴重な休みや空いた時間使ってまでしてやる理由なんてありませんしね」
本当にそう思っているのかどうかはわからない。
違う、きっと本気だ。そもそも、日向は一度断っているのだから。最初から、乗り気じゃなかった。たんに、断り切れなかったってだけの話だった。
そう考えると、今ここで断られて困るのは咲久なのだ。
「どうします?」
「断られるのは困ります」
思わずそう言うと、はあと溜め息を吐いた日向が、ふいに咲久の肩を掴んだ。そして、自分の方に向くように掴んだ肩を押す。
「違います。断る断らないじゃなく、椿さんが俺と友達になれるのかって話です」
教室の真ん中にいた男と、友達になれるとは到底思えない。だけど、こんな自分に根気よく歩み寄ろうとしてくれている相手を無視するわけにはいかず。
「なります……」
友人になれる自信などまったくないけれど、掴まれた肩が熱く日向の気遣いが痛いほどわかったから。
そうですかと頷いた日向が優しい顔を見せる。肩に溜まった熱が一気に全身に広がった気がした。と思うと手が離れ、急に置いて行かれた気分になる。
「だったら、さっきの沈黙の意味は?」
少しだけくだけた口調になった声は、変わらず温かい。
「意味が、わからなかったんです。部屋は僕に任せるって……だって、日向さんに頼んでるのに……」
「ああ、俺の言い方が悪かったのか」
咲久の拙い説明を汲み取ってくれて、それはと説明してくれる。
「全体の話じゃなく、椿さんの寝室のことですよ。鬼塚さんには事前に聞いていて、寝室も俺に任せるって言われてんですよね。でも、椿さんは店やってて、自分なりのこだわりもあるだろうしで、そこは俺なんか出る幕ないだろうって」
「あ……」
「つーか、鬼塚さんと椿さんって、今一緒に暮らしてないって。それ、聞いて驚きましたよ。別々で暮らしてるってことですよね?」
そう聞かれて、疑問を口にするより質問に先に答えた。
「はい……僕は、大学時代から借りてる部屋に住んでいて、時々優人のところに行くって感じです」
それも最近は、週に1度か2度で本当に時々になっている。だからこそ不安になっているのだ。パーティーなどには出掛けるけれど、日常はそれほど一緒に過ごしているわけではない。その上、優人は海外出張も多いので長い期間会わないときもある。
「それで、マンション買うことになったわけか」
納得するように頷く。それでかどうかは咲久にはわからない。優人の考えていることなど、いつだって咲久にはよくわからないのだから。
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