運命の人

悠花

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再会

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 グラスの横に置かれた名刺には、HIKARI通商の社名と、役職名のない鬼塚優人の名前。そして本社の所在地と、いったいどこに繋がるのかわかならい直通と書かれた電話番号。
 一流企業の名刺は、紙質からして違うのか、やけにしっかりしていた。

 冗談だろ。何の嫌がらせだ。
 相手は、大手貿易会社の御曹司。海外出張など日常茶飯時で、旅行代理店など通さずとも独自のルートでじゅうぶん間に合うはずだ。それなのに、純に旅のプランをもってこさせるなんて嫌がらせにしか思えない。
 そんなことを考えながらサッサと行ってしまった鬼塚の名刺をぼんやり見ていると、ふいに肩に手を置かれて驚いた。

「悪いな、遅くなった」

 すぐに純の肩から手を離した元樹が、ネクタイを緩めながら隣の席に座る。

「どうした、難しい顔して」

 バーテンに、純が飲んでいるカクテルと同じものをと手ぶりだけで注文した元樹が、手元の名刺を覗き込んだ。

「ん? 鬼塚さんの名刺か」
「ああ……」
「来てるのか?」

 ホールの方に顔を向け頷くと、元樹が座ったばかりの席から立ち上がる。

「挨拶してくる。あの子も一緒か?」
「そうなんじゃねえの」

 二つのカクテルを持って行ったことを思うと、咲久もいるはずだ。大音響の中、鬱陶しく照明が点滅するホールのボックス席でおとなしく、鬼塚が持ってくる酒を待っていたのだろう。
 そんな咲久の姿を想像すると、妙に白けた気分になった。

 ああいうタイプは、本物の女でも滅多に出会えない。元樹とは違い、色々な意味で熱いところのなさそうな純に寄ってくる人間は、どちらかというと肉食系が多かったりする。実は男の恋人がいるとは言えない純にすると、女に言い寄られたとしてもはぐらかすしかないので、どうしても相手がガツガツ来ることになるのだ。
 人間、日頃から関わりのないタイプは、どことなく得体の知れないところがある。

「おまえも行くか?」

 遠慮するというように純が首を振ると、そうかと頷いた元樹が小さく深呼吸した。注意していないとわからない些細な動きではあるけれど、純は見逃さなかった。長年の付き合いで、相手の考えていることはだいたいわかる。

「嫌なら行くなよ」
「依頼の件もあるし、無視は出来ねえよ」
「仕事やりにくいのか?」

 打ち合わせと称して、元樹がふたりのマンションまで出向いているのは純も知っている。どうだったかなど興味もなく、聞きもしていなかったけれど上手く進んでいないのかもしれない。

「いや、仕事は別にいいんだけどな」

 それなら、何が問題なのかわからないでいると、少し困ったように元樹が笑い。

「あの子がやりにくいんだよな」

 元樹が誰かのことをそんなふうに言うのは珍しい。基本的に誰とでも合わせられるはずだし、何より元樹には咲久を苦手に思う要素がないはずだ。

「綺麗な子だって、言ってなかったか?」
「言ってたな。綺麗なだけじゃなく、やけに可愛いんだよな」
「だったら、いいじゃねえか。むさくるしい男と仕事するよりいいだろ」
「それはそうなんだけど……なんつーのか、あの子には、へんに気を使うんだよな。言っていいこととそうじゃねえことがありそうで、それ考えてしゃべんのが疲れんだよな」
「まあ、繊細そうではあるけどな」

 そういうことだろうと思う純の言葉に、うーんと声を出した元樹がそうじゃないというように首を振り。

「繊細ってより、いちいちわかりやすい反応が返ってくんだよ。感情を上手く隠せねえってだけなんだろうけど、あんなので、世の中渡って行けんのか心配になってくるんだよな」
「なんだよそれ。親心かよ」

 おっさんみたいなことを言い出す元樹に呆れる。基本的に誰にたいしても面倒見のいい元樹なので、そう思うのもわからなくもないけれど。

「それに、あんま幸せそうにも見えねえし、実は色々あんのかもな」
「そうか? 金持ちの男捕まえて、その上、隠すことなくオープンに付き合ってんだ。どこでも連れて歩いてるってことは、浮気の心配もねえだろうし。どう考えても、勝ち組だろ」

 多少色々あったとしても、幸せじゃないとまでは言えないはずだ。

「そうだな」

 納得しているのかそうでもないのかわからない元樹が、ここで言っていても仕方ないと思ったのかバーテンが出したカクテルを手に、ホールの方へと歩いて行った。

 その背中を見送る純は、手の中にある名刺の角の鋭さを無意識に確かめていた。

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