運命の人

悠花

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再会

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 純と元樹の生きている環境は、世間でいうところの一般的な社会だ。
 高給取りでもなければ、入社六年目の極普通のサラリーマン。となると、タダ飯が食えるとか、タダ酒が飲めるという誘惑に弱いのは仕方のないことなのかもしれない。

 豪華なパーティーの日から約一ヶ月。
 次に松田が誘って来たのは、クラブを貸し切ってのラフな集まりだった。特別乗り気なわけではない純からすると、本来なら断ってもいいところだったが、元樹と自分の関係を打ち明けている相手というのは意外とラクなのか、気が付くと行くと返事をしていた。
 チカチカとライトが点滅する中、大音量の音楽が鳴り響く。これをうるさいと感じるか、気にならないのかは好みの問題だろう。ちなみに純は後者だ。

「あれ、純くん。ひとり?」

 カウンターの端っこで、バーテンが出してくれる好みのカクテルを飲んでいると、松田が声をかけて来た。時々、近況報告がてらの電話をかけて来る松田は、最近純のことを名前で呼ぶようになっている。いたって普通の純と元樹を、何故か面白いと思っているらしい。
 気に入られているのだから、嫌な気がするわけでもないので、それはそれでありがたい。

「いえ、後で元樹も来ると思います。よくわかんねーけど、仕事が押してるとかで」

 先に行っててくれと連絡があったので、こうして仕事帰りにひとりで来ることになった。

「へえ、日向くんも忙しいんだね。まあ、いいことだな。人間働かないとね」

 詳しくはわからないけど、広い交友関係の中で金を生みだしているらしい松田が、後でゆっくり飲もうよと言って純のそばを離れた。松田は得体が知れないとはいえ、悪い人間ってわけでもないので、純も元樹もこうして誘いに乗っている。
 だいたい、社会的立場が明確なHIKARIの御曹司と知り合いなのだ、さすがにおかしな人間ではないだろう。
 バーテンが忙しくしている動きをぼんやりと見ながら、三杯目のカクテルを飲んでいると、カウンターに酒を取りに来た男が声をかけて来た。

「今日はひとりなのか」

 ふと横を見ると、正面上に掛けられたメニューボードを見ている鬼塚が立っていた。

「……はあ」

 元樹が後で来ると丁寧に説明するほどの間柄ではない気がしたので、適当な返事になった。
 会うのは一カ月ぶりで、個人的な接点もない。こっちは嫌でも覚えているけれど、純の名前を正確に覚えているのかどうかもあやしい知り合いとも呼べない相手だ。グダグダと長話されても迷惑だろう。

 バーテンに2種類のカクテルを注文する鬼塚が、立ったまま後ろを振り返りカウンターに凭れた。飲み物が出来る間、そうして待つ気なのだろう。
 鬼塚と純の距離は1メートルあるかないか。たとえうるさい音楽がホールで流れていても、ここのカウンター席では話声が聞こえない距離じゃない。だとしても、話すこともない。
 そう判断した咲久がバーテンに視線を戻すと、鬼塚がまた口を開いた。

「愛想がないな」

 その言い方は咎めている、というより呆れているといったところか。まあ、立場も収入も生まれも育ちも何もかもが鬼塚の方が上なのだ。適当な返事をした相手に愛想がないと感じるのは、当然なのかもしれない。

「すみません。気を付けます」

 珍しく純がアッサリと謝ったのは、単純に話を広げたくなかったからだった。それこそ、生きる世界が違う男なのだ。今ここでどれだけの会話をしようと、今後接点がないことには変わりない。ということは、どれだけの会話を繰り広げても、意味がなく無駄なだけ。
 鬼塚の顔が純の方へと向けられる。

「謝れとは言ってない」
「でも確かに、愛想がないってのはいいことじゃないですし」

 純がしおらしい言葉を返すと、笑ったのか小さく身体を揺らす鬼塚が、バーテンの方へと向き直った。

「小鳥遊純だったよな」

 意外にも覚えていたらしい。
 まあ、どのタカナシか聞いていたくらいなので、覚えていても不思議はない。そう思っていると、鬼塚がカウンターに片手を付いて身体ごと純の方を向いた。

「俺は、鬼塚優人だ。優しい人って書いて、優人。ピッタリだろ?」

 嫌味たっぷりに言われて、根に持っていたのかと思った。

「まあ、そうですね。甘やかされる可愛い恋人にとっては、ピッタリの名前なんじゃないですか」

 マンションを買い与えてやり、インテリアにも金をかける。きっとベッドでは、震えるほどトロトロに蕩けさせてやるのだろう。素直に羨ましい話だ。

 純が咲久のように女を感じさせる男だったら、そうなれたのだろうかと最近考えることがある。自身が理想とするセクシャル傾向と、他人が受ける印象は必ずしも一致しないのかもしれない。男くさいとまでは言わないけれど、可愛いというにはやはり無理がある。

「ずいぶんトゲのある言い方だな」
「すみませんね。以後気を付けます」
「謝れとは言ってない」
「だったら、どう言えば?」

 だんだん面倒になって来た純が、それを隠すことない態度で鬼塚の方を見ると、何が面白いのか笑っている。

「おまえたち、本当に付き合ってんのか?」

 急に話が飛んだ。
 なぜそんなことを聞かれるのかわからなくて、首を傾げる。長年一緒にいると言ったはずだ。

「カミングアウトしていないのは、あいつがゲイじゃないからか?」

 あいつというのは、元樹のことだろうか。元樹がゲイじゃないかどうかなど、いままで深く考えたことがなかった。というより、男である純と一緒にいる以上、一般的なゲイという括りでないとしても同じことだ。

「ゲイかどうかなんて知りませんけど、別に、他人に言わなくてもいいでしょう。どっちにしても男同士一緒にいるってことはノーマルじゃないし」

 そのことに関しては、素直にそう思っている。
 だいたい、職場の同僚などに知られたりしたら面倒でしかない。知れたら最後、好奇の目で見られ仕事どころではなくなるはずだ。最悪、出世にも影響しかねない。現実にそうなるのかどうかは問題ではない。可能性があるくらいなら、黙っておいて可能性をゼロにしておきたいだけの話だ。
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