運命の人

悠花

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再会

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 日向の朗らかな雰囲気と、優しい口調は、それがたとえどんな言葉だとしてもストレートに入ってくる。嘘っぽくなく、他意があるようにも感じられないのだ。
 やっぱり苦手だと思った。こういうタイプは、きっと自分では自覚していない。自分の言動で相手が意識することになっても、本人は驚くだけでそんなつもりはなかったと平然と言うのだろう。

「買い与えてるつもりはないと思いますよ」

 だいたい、優人だって住むのだ。咲久に与えてるわけじゃない。咲久がそう思っていると、日向がシマッタというような顔を見せた。

「すみません。立ち入った話でしたね」
「え……」
「もうしません。何かご要望とかありますか。基調となる色とか、そちらのご指定の家具などです。あれば仰ってください」

 アッサリと謝り仕事を進めようとする日向に、誤解があったかと思い慌てて首を振った。

「あの、違います。謝られることはなにも……」

 今の会話の流れで、どこに謝られる理由があったのかわからない。自分が何か変なことを言ったのだろうかと咲久が思っていると、日向が肩の力を抜くように深く息を吐いてから微笑んだ。

「いや、ホントのこと言うと、実は今日俺、すげー緊張してて。椿さんとの距離感が正直わからないんです。プライベートの知り合いとして接するべきなのか、仕事モードで接するべきなのか、よくわかんないままここ来たんですよね」

 苦笑いで困った顔を見せながら本音を語る姿は、嫌味なほど感じがいい。

「それに、俺が男と付き合ってることを知ってる相手とこうして一対一で話すのも、実は椿さんが初めてなんですよね。まあカミングアウトしてないので、そこはこっちの事情なんですけど。でも現実に椿さんも俺たちと同じで男と付き合ってるしで、つい、そういうこと気楽に言っていいのかなって。でもあまり言われたくない感じだったから謝ったほうがいいのかと」

 謝られたのは、そういう意味だったのだ。

「僕、言われたくない感じでした?」

 そんな感じを出したつもりがなかった咲久が聞くと、困ったように笑う日向が頷く。

「そうですね」
「そんなつもりはなかったんですけど」
「なら、俺の勘違いです。気にしないでください」
「あの……誰も知らないんですか? 日向さんと小鳥遊さんが付き合っていること。僕たち以外は、本当に誰も?」
「あー、まあそうですね。たぶん知らないと思います」

 何でもないことのように日向は言うけれど、そんなことをずっと周りに隠せるものなのだろうか。

「隠してる……ってことですよね」
「ですね」
「どうして隠すんですか?」

 咲久にすると、素朴な疑問を口にしたつもりだったのに、聞かれた方の日向が不思議そうに首を傾げた。

「どうして公表しなければいけないんですか?」

 それは咲久と同じで、日向にすると素朴な疑問なのかもしれない。

「確かに俺は、純と付き合ってますけど、そういった関係が世間では特殊なことも理解してます。だから言わない。ただそれだけです。それに、誰かに知ってもらうために純と付き合っているわけじゃないですしね」

 誰かに知ってもらうために付き合っているわけじゃない……。
 ビックリするほどストレートだけど、ある意味当然のことだった。誰だって、人に知ってもらうために付き合うわけじゃない。
 なんていい言葉なのだろうと思った。そういうことを当たり前に言える日向は、どれだけゲイだとしてもやはり教室の真ん中にふさわしい。後ろめたいから隠しているわけではなく、聞かされた相手が理解しにくいだろうから単純に黙っておくだけのことなのだ。

「愛しあってるんですね」
「はい?」
「あ、いえ……おふたりが愛しあってるっていうのが、よくわかります」

 信頼して大切に想っているからこそ、何年も隠せてきたのだろう。咲久の言葉に、日向がいやいやと首を振った。

「それを言うなら、椿さんたちの方がよほど愛があるんじゃないですか? 世間の目など気にせず、堂々と恋人だと宣言して連れて歩くなんて、俺には絶対真似できませんよ」

 そうなのだろうか。そもそも優人は、咲久と出会う前からカミングアウトしていたのだ。咲久だからそうしているわけではない。

「僕、本当に愛されてるんでしょうか」

 愛っていったいなんだろう。目に見えない感情を推し量るのはとても難しい。そんなことを考えていて、会話が止まっていることに気付き慌てる。

「あ……いえ、なんでもありません」

 何を言っているんだ。こんなことを言われても、日向にすると知ったことではないだろう。

「愛されていないんですか? 俺にはそうは見えませんけど」

 本当にそう思っているのか、どうでもいいから話を合わせているだけなのか。きっと後者だろう。日向は、他人に嫌なことを言わないタイプだ。

「椿さんって、椿が久しく咲く、って名前なんですね」

 突然そんなことを言い出した日向を見ると、安定の明るい笑顔を見せている。話題を変えたのだ。重い話はごめんだぞと、けん制されているのかもしれない。

「ええ……まあ」
「綺麗な顔に、綺麗な名前で、自分のことを『僕』って言う。ちょっと出来すぎなくらい可愛いじゃないですか。そういう人は愛されるにふさわしいんじゃないですか?」

 ふさわしいとかふさわしくないの問題ではないだろう。どう考えてもそれは関係ない。だけど、日向の穏やかな口調で言われると、少しだけそんな気にさせられる。大丈夫だよ、と背中を支えられているような感覚。
 こういう男はきっと、大きな愛で相手を包むのだろう。愛しみ、惜しむことなく優しい言葉をかけ、ストレートに想いを伝えるのだ。

「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「いいですよ」

 日向がアッサリと頷くので、咲久は気になっていたことを口にした。

「お父さんが亡くなられたとき、葬儀に出なかったって。あれ、どうしてですか?」
「あー、あれね。風邪ひいてたんですよ」
「風邪?」
「風邪って言っても、ウイルス性の胃腸にくるやつだったら、上からも下からもで大変だったんです。感染力もあるしで、家族や親せきが頼むから来るなって。親父の葬式に来るなって頼まれるなんてことあります?」

 それは気の毒だとは思うものの、そういう場合、周りがそうなるのも仕方がないと思うと少し笑える。

「あのときはマジで悲惨でした。家族はもちろんのこと、純も葬式に行くしで、ひとりで死にかけてましたよ。親父が俺を道連れにしようとしてんじゃないかって、本気で思ったくらいです」

 悲惨だったというわりに笑っている日向。そんな気さくな態度に、ふと別のことも聞いてみたくなった。

「そうだったんですね。あの、もうひとつ聞いても?」
「え、ああ。どうぞ」
「日向さんと小鳥遊さんは、その、何て言うか……そういうことをするとき……」
「そういうこと?」
「はい。そういうこと……です」
「はあ」
「あ、ですから、そういうこととは……あのときのことですけど」
「あのときとは?」

 まったく伝わっていないのか、日向がよくわからないという顔を見せるので、いったい何を聞いているのだろうと恥ずかしくなった。いくらなんでも、立ち入った質問過ぎる。

「いえ、いいです。なんでもありません。忘れてください」

 具体的な言葉で聞くわけにもいかず、やはりそんなプライベートなことは聞くべきではないと反省する。とにかく忘れてくれというように首を振ると、そんな咲久をジッと見ていた日向がふいに声を出して笑った。まるで何かのCMでも見せられているかのような、爽やかな笑顔にドキリとする。

「冗談です、わかりますよ。そんな真っ赤にならなくても。耳まで赤くなってますよ」

 指摘されて、さらに恥ずかしくなった。我ながら何てバカなことを聞いたんだろう。
 慌てて、赤くなっているらしい耳を手で隠す。最悪だ……。

「椿さんって、普段着よりスーツの方がいいですね」

 そんなことを言われたのは初めてで、どう反応していいのかわからない。

「どっちだと思います? 俺と純の、どっちがどっちを抱いているのか聞きたかったんでしょ?」

 聞きたかった。さっきまでは、そう思っていた。だけど、今は聞かなくてもいいと思った。そんなこと、咲久が知る必要はない。

「想像に任せますよ」

 答えをはぐらかした日向が、苦笑いを見せる。

「いや、ホント可愛いですね。もし椿さんが俺の恋人なら、家から一歩も出さないでしょうね」

 また社交辞令を本音かのように口にする日向が、耳の熱が引かない咲久に優しく笑いかけた。

「俺の相手が純でよかったです。椿さんみたいな人だったら、なんていうか……心広くいられない気がします」

 それって、心が狭くなるほど余裕がなくなる、ということだろうか。他の何も見えなくなるほどに。社会との接点など必要なく、ふたりだけの世界で生きていればそれでいい、ということだろうか。強く束縛されて、自由にもさせてもらえなくなる。
 まるで籠の中の鳥のように。
 そういう自分を想像して、身体まで熱くなった。どうかしてる。そんなわけない。こういうタイプは苦手だったんじゃないのか。どうせ適当なことを言ってるだけだ。ただの社交辞令であって、本心じゃない。明日になれば、自分が何を言ったかも忘れている。
 
 よくわからない戸惑いと、よくわからない胸の高鳴りに、その日一日、咲久は落ち着かない気分を強いられることになった。
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