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出会い
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しおりを挟む「あれって、やっぱ抱かれてんだろうな」
家に帰るなり元樹が下世話なことを言い出したので、緩めたネクタイを外していた純は思わず笑ってしまった。
まったく同じことを考えていたからだ。抱かれてるにきまってる。あえて確認するまでもなく、あれでは顔に書いてあったも同然だ。
先ほどまでパーティーで一緒だった鬼塚と咲久に興味があるのか、リビングのソファに座った元樹がスーツを脱ぐ純に話しかける。
「典型的なゲイのカップルってあんな感じなんだな」
典型的もなにも、自分たち以外の男同士のカップルってやつをまともに見たのは初めてなので、あれが普通なのかどうか純にわかるわけがない。
ただ、男同士という部分を省けば、典型的と言えなくもないだろう。
『HIKARIの御曹司が庇護する、従順で可愛い年下の恋人』だと思えばある意味普通だ。
そんなことより純が気になったのは、鬼塚がカミングアウトしていることだった。HIKARI通商と言えば社会人なら誰もが聞いたことのある大企業だ。そこの御曹司がゲイをカミングアウトしているなんて、世の中は純が知らない間にずいぶん寛容になっているらしい。
いや、そうじゃないなと思った。
きっと、そんなことくらいで鬼塚の立場は揺らがないという自信の表れなのだろう。この世は力があるほど自由に発言出来て、自由に生きられる社会なのだ。
「綺麗な子だったよな、あの咲久って子。あれで俺らと二つしか違わねえって、ビックリだぞ」
確かに咲久は、純から見ても若く見えた。大学生、もしかすると着る服によっては高校生でも通りそうな雰囲気だった。見た目が華奢で性格がおとなしそうってだけで、あれほど若く見えるとは驚きだ。
「それよりどうすんだよ。マジで引き受けるのか?」
純が聞くと、元樹がうーんと唸るような声を出した。
先ほどのパーティーで自己紹介をして、お互いの関係性を打ち明けたところで、場所を移動して一緒に飲んでいると、話題が鬼塚と咲久の引っ越しの話になったのだ。
鬼塚が咲久と住むためのマンションを買ったのだとか。金持ちはアッサリ買えていいよなと羨ましく思っていると、どうせなら元樹にインテリアを任せてはどうかと松田が言い出した。
初めは断っていた元樹も、松田の勢いに押されたのか、断り切れないまま帰って来てしまっている。
「正直、あんま乗り気じゃねえんだけど、改めて言って来るようなら仕方ねえしやるわ。強く断る理由もないからな」
確かに知り合いになった以上、理由なく断るというのは難しいだろう。
「それに金があるってことは、好きにやれて面白そうだろ?」
インテリアデザイナーの仕事がどんなものなのか純は詳しく知らないので、面白そうかどうかもわからない。そもそもがあまり干渉し合わない関係なので、仕事に限らず何に関してもそんな感じなのだ。
失敗だったかなと純は思った。
純たちが松田という男に出会ったのは本当に偶然だった。珍しくふたりで飲みに行ったバーに松田はいた。日頃から面白いことを探しているのか、バーの客に見境なく声を掛けていた松田は、当然のごとく純と元樹にも声を掛けて来た。
いつもなら絶対に言うことのない純と元樹の関係を松田に話したのは、今思えば単純に酔っていたせいだろう。ふたりは独身なのか彼女はいるのかと聞かれ、少し面倒だと思っていたとき、何を思ったのかふいに松田が友人に男同士のカップルがいるんだけどと言い出したのだ。
ふーんと流せばそれで終わった話だったのに、どちらともなく俺たちもそうなんだと告白していた。女がいないことを詮索されるのが面倒だったのか、しょせん知らない人間という安心感からか、初めて行くバーだったこともあり二度と来なければいいだけという安全性からか。どれかはわからないけれど気付けば松田に打ち明けていた。
それがよかったのか悪かったのかはわからない。
ただ、そんな純たちを何故か気に入った松田が、遊びにおいでよと軽いノリで誘ってきたのが、今日のパーティーだったのだ。
あのとき打ち明けなければ出会うことのなかった、典型的なゲイカップル。純と元樹の関係とは明らかに違うふたり。抱く側と抱かれる側がハッキリしていて、そこが揺らぐことはないだろう。
ふと元樹を見ると、スーツのポケットからスマホを出し最近ハマッているらしいアプリゲームをしだす。
「なあ」
「ん?」
「おまえ、あの子を抱きたいとか思うか?」
純が聞くと、元樹が画面から視線を外すことなく笑う。
「もしかして、浮気のススメか?」
そうじゃない。そういうことではないけれど、でもそういうことなのかもしれない。よくわからない気分のままシャワーを浴びようと歩き出すと、元樹が腕を掴んで引き止めた。
「純がそうしたいって話なのか?」
そうじゃない。それも違う。
「なんだよ、また難しいこと考えてんのかよ」
物事に関して楽観的な元樹が、掴んだ腕を引き寄せる。純がソファへと倒れ込むと、その上に馬乗りになった元樹が視線を合わせた。
「言っとくけど、おまえとこうなってから、浮気とかしたことねえからな」
「わかってる」
「だったら、なんだよ」
「別に聞いただけだろ」
「純」
「退けよ、重いんだよ」
馬乗りの重みから逃れるように身体を捩ると、笑いながらアッサリと退く。
「珍しく誘われてんのかと思ったのに」
軽くそう言って、スーツを脱いだ裸の身体から離れる元樹はわかっていない。
安定した穏やかな日々は、裏を返せば退屈と無感動を生みだし、根本的なことを見つめ直すきっかけになるということを。
そうだよ。誘ったんだよ。もっと食い付けよ。
ソファから立ち上がり、バスルームへ向かう純は、従順で当たり障りのない笑顔を浮かべていた咲久の男にしては小さな身体を思い出していた。
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