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出会い
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しおりを挟む女にモテそうなタイプだ。
「あ、松田さんか。どうも」
「おー! なんだ、マジで来てくれたんだ」
「そりゃ来ますよ。タダで美味い飯食えるって言われて、来ないわけないじゃないですか」
松田の知り合いだとしても咲久は知らない相手だ。邪魔するのも悪いと思い、その場を離れようと優人を見ると、その視線は皿を持って笑っている男に向けられていた。
「あれ、日向くんは一緒じゃないの?」
「いますよ。あっちで何か頼んでんじゃないですかね」
松田の問いに答えた男がバーカウンターの方に視線を向ける。視線の先にいたのは、また別の男だった。
バーテンダーから笑顔でグラスを受け取った男が、こちらへと歩いて来る。その姿に、咲久の口から小さな溜め息が零れた。
スッキリとした短髪が爽やかな、こちらも男前な男だった。
何も話していないし今初めて見た相手なのに、明るく朗らかな性格だとわかるくらいにその男は清々しいオーラを発していた。
こういうタイプは苦手だと思った。女に不自由していませんと、まるで顔に書いてあるようなタイプの男。だから人の多い場所は嫌いなのだ。
思春期の頃、咲久が自分の性癖と必死で折り合いをつけているとき、教室の真ん中で健全に笑っていられた男たち。寄ってくる女たちと臆することなく渡り合い、時に甘い時間を共有する。当然のように女を抱き、次々と乗り換えることも彼らにとっては当たり前。そのことを有難がるわけでもなく、たいした罪悪感も持たず、自信に満ち溢れていられただろう人種。
大人になっても、どこへ行っても自信を失うことなく生きているこういう男たちに、マイノリティであることを自覚している咲久は逆立ちしても敵わないと思い知らされる。線が細く華奢な身体で、男なのに可愛いと評される咲久と、魅力的な男らしい男たち。
スーツをかっこよく着こなし、選ぶネクタイもセンスがよく、曖昧なんかじゃない心からの笑顔を見せることの出来る人間こそ馬鹿げたパーティーにも映えるってものだ。
松田の話からすると、グラスを両手に持つこの男が日向(ひゅうが)というのだろう。グラスの一つを皿を持つ男に渡し、笑顔で松田に話しかけた。
「お言葉に甘えて、ホントに来ちゃいましたよ」
「来てくれて嬉しいよ。大歓迎だ」
「てか、マジのパーティーだったんですね。あやうく純なんか、ノータイで来るとこでしたよ」
「別にそれでもよかったのに」
松田がニコニコと笑いながら言うと、純(じゅん)と呼ばれた男が鬱陶しそうな顔を隠しもせず渡されたグラスを日向に突き返した。
「ほらみろよ。今時、ネクタイ着用のドレスコードなんて流行んねえんだよ」
「流行る、流行らねえの問題じゃねえ。大人として、当然の礼儀だろ」
「おまえに礼儀がどうのとか言われたくねえぞ。親父の葬式に出なかったやつが、大人としてとか偉そうに言うな」
「あれは、出なかったんじゃなくて、出たくても出られなかったんだよ。おまえもそれ知ってるだろ」
ふたりが並ぶと身長や体格にそれほど差がないことがわかる。見た目や性格の違いはあるだろうけど、どちらもイケてることに変わりはない。
個々の雰囲気はまったく違うけれど、類は友を呼ぶ、の類であるのは一目瞭然だ。
イケてる男同士、友人として気が合うのだろう。
言い合いがヒートアップしそうだと思ったのか、松田が慌てて割って入った。
「まあまあ、もうそのへんで。あ、そうだ。いい人、紹介するよ」
話題を変える松田が、優人の方を向いた。
「彼は、俺の大学の同級だった鬼塚。鬼塚はなんと、かの有名なHIKARI通商の御曹司なんだよ」
松田のその紹介に、ふたりの言葉がピタリと止まった。驚いた顔で優人に目を向ける。
嘘だろ、という顔で言葉もないのか黙ったままのふたりにたいし、紹介されたからには嫌でも無視出来なくなった優人。
面倒だけど仕方がないと諦めたのか、ビジネスモード全開で一歩前に出てスマートに手を出した。
「初めまして、鬼塚です」
「どうも、初めまして……タカナシです」
条件反射のように、差し出された手を純が握り返した。お互い社会人としての礼儀をそれなりに重んじているだけで、無意識にでも出来ることなのだろう。
「どのタカナシ?」
言葉少なに優人がふいに聞いた。その質問の意味が、咲久には瞬時にわからなかった。
どのタカナシって?
咲久はわからなかったけれど、純にはわかったのかすぐに答えが返ってきた。
「小鳥が遊ぶで、小鳥遊です」
ふっと笑った優人が純の手を離す。
「イメージと合ってないな」
例え思ったとしても、優人がそんなことをわざわざ口にするのは珍しい。咲久がそう思っていると、純が握手を離した手で皿の上のローストビーフを一枚摘み上げた。
「そっちはピッタリですけどね」
嫌味たっぷりと言ったとこだろう。摘んだビーフを口に放り込む。普段の咲久なら手づかみなんて行儀が悪いと思ったはずだ。だけど、そんなことを考えるのはバカらしい気がした。
そう思わせる空気が純にはあった。行儀が悪いなんて百も承知で、わざとやっているのだから。
「おい、何言ってんだよ。すみません。こいつ、ほんと空気読まないってか、礼儀がないっていうか。とにかくそんなやつなんです。あ、俺、日向元樹(もとき)です。まさかHIKARIの次期社長と出会えるとは思ってませんでした。お会いできて光栄です」
光栄ですと言うわりに媚びている様子もなく、爽やかに言った日向が純の脇を肘で小突いた。
「純、いい加減にしろよ」
日向が小声でたしなめると、松田が声を出して笑う。
「彼ら、面白いだろ? この前、バーで知り合ったんだよ。やっぱ誘って正解だったな。小鳥遊くんは、旅行代理店に勤めてて、日向くんはこう見えてインテリアデザイナーなんだってさ。あ、ちなみにこちらの彼は、雑貨屋で働いている椿君」
咲久だけがまだ自己紹介をしていないことに気付き、慌てて頭を下げた。
「椿咲久です。輸入雑貨店にいます」
山ほどあるHIKARIの関連事業の一つである、輸入雑貨店を任されているとはいえ、優人がいてこその待遇だとわかっているので店長だなんて大口は叩けない。
「一緒にどうだ。あっちでゆっくり座って話さないか?」
松田の軽い誘いに、優人が明らかに嫌そうな顔を見せた。どうして知りもしないこいつらと、と思っているのだろう。
そんな優人の心の声を無視する松田が、純と日向に向かって意味深な笑みを浮かべ耳打ちする。
「もう気付いてるかもだけど、鬼塚と咲久くんは付き合ってんだよ」
「松田」
優人が、咎めるような声を出した。
基本的に優人は家族を含め友人や近しい仕事関係者にはカミングアウトしているので、隠さなければいけないわけじゃない。だいたい、こうしたパーティーに咲久を堂々と連れて来るくらいなのだから、こちらから言わなくても気付く人もいる。
だからといって、そういうことと無縁のストレート相手に、わざわざ言わなくてもいいと思っているのだろう。聞かれもしないことを、わざわざこちらから言う必要があるのかという話だ。
「へえ、やっぱそうなんだ。こんな堂々としたガチのゲイカップルって、俺初めて見たかも」
案の定、最悪の形で純が食いついた。嫌な空気になるだろうと咲久が気をもんでいると、何が面白いのか松田が笑いながら優人と咲久に近づき小さな声で囁いた。
「実は彼らもそうなんだよ。日向くんと小鳥遊くんは、高校時代からの付き合いなんだってさ」
高校時代からのなんの付き合いなのか一瞬わからなかった。完全に予想外だったから。
付き合いって、まさか……。
あからさまに戸惑っていると、日向が悪戯っ子のように微笑んだ。
「つっても、俺たちはカミングアウトしていないので、内密にお願いします」
マイノリティの世界は思っていた以上に層が広いらしい。どこからどう見てもゲイには見えないカップルを前にした咲久は、純粋に驚いていた。
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