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十三鍋目。エピローグ
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エシャロッテさんと出会ってから、一週間と三日が経った頃のこと。
いつもの日常に戻り、私は朝食の下ごしらえをするために起き上がった。
未明。
外はまだ薄暗い。
そんな私は、再びとあることに気付いてしまった。
――ラーユがいない。
――マヨがいない。
「……またぁ??」
若干の焦りはあるものの、なんとなく犯人も予想がついてしまった。
もし本当の誘拐犯だったら困るけれど、今回はきっと違う。だって……。
「これは――」
ラーユの枕の上に置かれた、一枚の手紙。
可愛らしいクレヨンの字で、こう書かれていた。
【アン姉へ。ラーユとかくれんぼしよ。まずは、『ぎるどるうむ』にいってね!!!】
そんな言葉に、思わずふふっと笑みをこぼしてしまった。
だって取り消し線で、思いっきり「エシャロッテ」と書きかけているんだもの。
「はいはい、ギルドね」
あそこに、あまりいい思い出はない。
嫉妬、蔑視、汚い感情の数々。
でも、時折優しい出会いもした。少なくとも受付嬢の子はかなりいい。
全員に好かれることなんて、お金じゃないかぎり到底かなわない。だからそんなちょっとした「優しさ」のアクセントだけを、これからはつまみ食いしようと思う。
「到着っと……まあ、まだ閉まっているよねえ」
開館するまで、あと二時間くらいあるはず。
試しに鍵がかかっているはずのドアに手を添えてみる。するとタイミングを見計らったかのようにドアが開いた。バランスを崩して、私は流れるように前に傾倒した。
――ぶにゅん。
水枕のようなものに支えられて、辛うじて倒れずに済んだ。
「大丈夫ですか」
「は、はい、おかげさまで」
見れば、ひとりの受付嬢。そう、あの無表情ちゃんたちのうちの一人だ。
私と目を見つめ合うこと数秒ほど、彼女は口を開いた。
「いらっしゃいませ。職業『ナビゲーター』、アンズ様ですね」
「はい、アンズです」
「今日の来館の目的を教えてください」
私はラーユからの招待状を引っ張り出して、事情を伝えた。
すると彼女はそれを小動物のように凝視してから、真顔のまま頷いた。
「確認できました。しょくぎょう『ナビゲーター』、『謎のらー様』からお手紙が届いております」
手渡されたのは、またまた一通の手紙。
【ラーユじゃないよ!なぞのらーだからね!次はうけつけさんといっしょに、『しょわーるていたく』にいってね!!!】
「では、行きましょうか」
「待って待って。ええと、この『ショワール邸宅』って……?」
「ついて来ればわかるはずです」
「そういうもんかな」
「そういうもんです」
受付さんと横並んで、街並みを歩く。
パンの香ばしい香り。香草のミスト。荷台を引く人。
こう見ると案外悪くない街だ。
「あの、受付さん」
「ノースと申します。どうぞお見知りおきを」
「じゃあノースさん」
「いかがなさいましたか」
「ノースさんたちはどうして、いつも無表情なのでしょうか。あ、別にダメとかそういうのではなく、単純に気になっただけで――」
「私たちは、『スライム』です」
「……え。え⁉」
予想外すぎるカミングアウトに、私はのけぞってしまった。
スライムって、あの不定形のぶにゅぶにゅだよね。ああ確かに言われてみれば、さっき胸に顔をうずめたときもすこし水枕っぽかったね。
「そうです。人々が潰して『やったー』とどや顔をする、あのスライムです」
「あ、あはは」
ブラックジョークかな?
「スライムは十分に魔力を得ると、変化の力を獲得することが出来ます。なりたい姿になれますが、中身はスライムです」
「へえ、」
「だから表情筋はありません」
それっきり、私たちは喋らなかった。かといって気まずい雰囲気でもない。これくらいが、過ごしやすいのかもしれない。
しばらくすると、大きなお屋敷が目の前に現れた。
うん、自分の物置小屋と比べるのも烏滸がましいくらいに雄大だ。エシャロッテさんのお屋敷とどっこいどっこいかもしれない。
私たちが正門までやってくると、一人の老執事が花壇前で背筋を伸ばしていた。
「あの、すみません」
「おや。アンズ様、でお間違いないですか」
「はい、アンズです」
「ようこそお運びくださいました。お待ちしておりました。……早速ですが、こちらをお受け取りください」
またまた一通の封筒。
【ここはね、チリちゃんのお家なんだって!すごいね!いつかラーユもこんなお家すみたい!次は、『にくや・がく』にいってね!】
「えっ、ここって――ああ、確かに。『ショワール邸宅』だもんね」
ごめんね、チギリちゃん。私平民だから、あまり苗字とか、何々家というものには敏感じゃないんだ。
チギリ・ショワール。チギリ・ショワール。
うん、覚えた。
……え、あの子って貴族だったんだね。言われてみれば、闇鍋を食べるときの仕草がちょっと上品だったような。
しばし世間話をして、私たちはショワール邸宅を離れた。
「チギリ、頑張っているんだね」
貴族らしく政治やら文学やらの教養の勉強に加え、一刻も早く私たち「闇鍋パーティー」と合流するために、鍛錬を積んでいるらしい。
なんでも、すでに騎士団の中でも中位くらいに食い込む強さとかなんとか。
「私も、がんばらないとね」
「ええ。楽しみにしておりますね」
一人で意気込んでいると、ノースさんがにこりとした。
「これでも長く、『ナビゲーター』のアンズ様を見守ってきたのです」
「……」
「どうなされましたか」
「その、今笑ったなって」
「ええ。頑張って、やってみました。案外疲れますね」
「慣れないと、難しいですよね。でも、結構可愛い笑顔だと思います」
「ありがとうございます」
あ、真顔に戻っちゃった。
面白いね本当に。
出会いに、飽きる気がしない。
さてたどり着いた小さな肉屋。看板には大大と手書きで「肉屋・『楽』」とある。どこかと思えば、ロンドさんのお店だったんだね。
たしか奥さんのカルネさんが獣人で、娘のフライシェちゃんがいて。奥さんが今、私と同じくゾンビなんだよね。
良い出会いだったなぁ。
「おや、不在ですね」
「……代わりに置手紙があります。こちらを」
お肉の形でカットされた、可愛い手紙。たぶんこれは、フライシェちゃんおお手製だと思う。
【アンズお姉さんへ。フライシェですよ。覚えていますか。フライシェ、お肉屋のフライシェですよ。干し肉作ったので、よかったら食べてみてくださいね。それで■■(※くしゃっとなっていて見えない)アン姉おつかれさま!つぎはね、おやしきにいってね!えしゃろってさんの、お家!あのおおきいの!】
たぶん、フライシェちゃんがラーユと一緒に書いたものなのだろう。
隣にはフライシェちゃんお手製干し肉が四本、用意されていた。
次の場所に向かいながら、食べようかな。
さっそく、エシャロッテさんの屋敷へ。
今日の森は機嫌がいいのか、霧が少なめだった。
しばらく歩いていると、立派なお城のような家が見えた。あれ、半壊したのって一週間くらい前のお話でしたよね。マヨさん、修繕が速すぎませんか?
ちなみに聞いた話だとこの付近は外からは見えないようになっているので、エシャロッテさんが大きいカタツムリに戻っても問題ないそうだ。
「改めて考えると、エシャロッテさんってすごいな」
「そうですね。私たちスライムを受付にしたのもエシャロッテ様ですから」
「……初耳なんですけど?」
そんな人に、私は期待を抱かれているんだ。
そう思うと、なおさら前に進まなきゃいけないね。よし、今日も鍛錬をしよう。
「……わっ⁉」
突然、目の前が真っ暗になった。
どうやらノースさんに、布で目隠しをされているらしい。
「では、お家に戻りましょう」
「え、お家って」
「もちろん、アンズ様のお家ですよ。さあ、行きましょう」
「え、え」
状況が読み込めないまま、私はノースさんに背中を押されつつ、前へと進んだ。
周りが見えないが、彼女の手の微かな温もりが伝わってきて、不思議と不安にならなかった。
昔はあんなにも、暗闇が怖かったのに。
私、変わったのかな。
変われたのかな。
そういえばこの一週間くらい、ずっと外出ばかりしていたけれど、周りの目が気になることはなかった。
私は私。
みんなはみんな。
私はみんなと違うけれど、みんなだって私と違う。
みんな元気、みんな仲良し――なんて甘い話はこの世にはないけれど、少なくとも手探りでも出会った人だけでもいいから大事にしたいな。
それが私アンズにできること。
ナビゲーターとしては……まあ、またぼちぼち考えていこうかな。
「着きました」
「ようやくかぁ」
だいぶ、色んな所を回った気がする。
ギルドに、チギリの家に、ロンドさんの肉屋に、エシャロッテさんのお屋敷に。
……あれ。これって――。
暖かいお湯のようなものが、体の中を巡った。
こう、妙に目頭が熱くなるような感覚。
おかしいな。
もう、眠くないはずなのに――。
「では、目隠しを取りますね」
「……はい」
――眩い、日差しだった。
いつもの物置小屋。いつもの裏庭。
何も、何も変わっていないのに。
なにげなく眩しく輝いていて、さりげなく笑い声が沸騰していた。
裏庭への扉が、きぃと音を奏でて開いた。
一歩、足を踏み出す――。
「「「アンズちゃん、お誕生日おめでとう」」」
巡り巡って。巡り巡って。
帰ってきた我が家には、たくさんの人が集まっていた。
無表情が可愛い、スライムの受付さんたち。
ドジっ子だけど頑張り屋な、チギリ・ショワール。
チギリのご両親と思われる、美男美女さんペア。
家族思いな、肉屋のロンドさん。
物腰柔らかで、旦那さん娘さんが大好きな、カルネさん。
おっとりしているけど一生懸命で健気な、フライシェちゃん。
面倒見のいいナビゲーターの先輩、エシャロッテさん。
不思議ちゃんなマヨ。
食いしん坊なモモ。
そして――私の大切な、ラーユ。
「アン姉!」
「……ラーユ」
「アン姉、こっちこっち!」
ラーユは固まったままの私の手を引っ張って、鍋の前まで案内してくれた。
ぐつり、ぐつり。
鍋の中で、色とりどり具が踊りを披露していた。
色が混ざっているのにどこか調和されて、見ているだけでうっとりしてしまう。
とりあえず言われた通りに座ると、みんなの視線が私に集まった。少し恥ずかしい。けれど、たまにはこういうのも悪くない。
「ええと、その。これは――」
「ラーユちゃん、今日がお誕生日なんでしょう。だからせっかくだし、集まれる人みんな集まろうという話になったの」
答えてくれたのは、ゾンビ仲間のカルネさん。
私自身も誕生日がいつなのかを忘れていたから、チギリのご両親が貴族ならではの力で資料を探って、ついに私の情報を見つけたらしい。
それがエシャロッテさんに伝わって、受付さんに広まって――そして今に至る。
「アン姉」
「アンズお姉ちゃん」
「……うん」
「「おたんじょうび、おめでとう。いっぱい幸せを、ありがとう」」
ラーユに、フライシェちゃんに。
それからみんな。
――そっか。
そう、だったんだね。
私の周りには、こんなにいっぱいの素敵な人たちがいたんだ。
あはは。どうして、今まで気づかなかったんだろう。
「あれ、アン姉ないてる?」
「どこか、いたいですか?」
「……っ……うぅ。だ。……だいじょう……ぶだよ……ううっ」
こんなにも沢山の人がいるというのに、涙だけは止まってくれなかった。
こみあげた気持ちが、さりげない温かみが、闇鍋のようになって。
止まらない。
まともに「ありがとう」ということもできずに、気づけばラーユとフライシェの胸に顔を埋めて泣いたり笑ったりしていた。
ずるい。
ずるいよ、こんなの。
ゾンビになって。
もう、前のような私じゃなくなった。
けれど心の中の私も、泣いているときの私も、間違いなくあの頃の不甲斐ない私だった。
恰好つかないし、今も登っては滑り落ちる私だけれど、一つだけ胸を張って言える。
――生きていてよかった。
――ナビゲーターになって、よかった。
・・・
「そういえば、一つ目の目標が叶いましたねぇ」
闇鍋パーティーが落ち着いたところで、マヨが開口した。
そういえばそうだったね。
一つ目のラーユの願い、「たくさんの人と一緒に闇鍋がしたい」。
私の誕生日のために集まってくれたみんなのおかげで、目標達成である。
ちなみに味のほうは、ノーコメントと言うことで。
だって涙鼻水がずっと止まらなくて、まともに味わえなかったから。
「次はマヨも一緒だから、遠出ができたらいいよね」
「えぇーっ、いいですわね。あぁ、わたくしも行きたかったですわ……」
タコ口を作って駄々をこねるチギリ。ころころ表情が変わって、面白いね。
一応誘ってみると、一瞬だけ気が緩んでから、
「だ、だめですわ。まだ修業が足りないですわ!」
と自己暗示し始めた。
これはあれだね。
次会った時にはとんでもない強さになっているパターンだよね。
チギリならあり得る。
「やっぱり次は、アンズちゃんの願いをかなえる旅がいいですねぇ」
「ラーユもそう思う!」
「プクプク!」
全員に言われたら、そうするしかないね。
「アン姉」
「なあに?」
「アン姉の願いは、なに?」
「私はね――」
じぃっと見つめてくる「闇鍋パーティー」のメンバーたち。
思わず、笑みが漏れた。
私は一枚の折り紙を取り出して、大きな字で言葉を紡いだ。
できあがった紙飛行機が、ほら、手のひらに。
私はそれをめいいっぱいに飛ばして、風にのせた。
遠くへ。
遠くへ。
遠くへ。
いつか私色の闇鍋が、この星じゅうを旅する日まで。
高く。
高く。
もっと高く。
雲入りの青空は、今日もひと時を縫いつないでいた。
いつもの日常に戻り、私は朝食の下ごしらえをするために起き上がった。
未明。
外はまだ薄暗い。
そんな私は、再びとあることに気付いてしまった。
――ラーユがいない。
――マヨがいない。
「……またぁ??」
若干の焦りはあるものの、なんとなく犯人も予想がついてしまった。
もし本当の誘拐犯だったら困るけれど、今回はきっと違う。だって……。
「これは――」
ラーユの枕の上に置かれた、一枚の手紙。
可愛らしいクレヨンの字で、こう書かれていた。
【アン姉へ。ラーユとかくれんぼしよ。まずは、『ぎるどるうむ』にいってね!!!】
そんな言葉に、思わずふふっと笑みをこぼしてしまった。
だって取り消し線で、思いっきり「エシャロッテ」と書きかけているんだもの。
「はいはい、ギルドね」
あそこに、あまりいい思い出はない。
嫉妬、蔑視、汚い感情の数々。
でも、時折優しい出会いもした。少なくとも受付嬢の子はかなりいい。
全員に好かれることなんて、お金じゃないかぎり到底かなわない。だからそんなちょっとした「優しさ」のアクセントだけを、これからはつまみ食いしようと思う。
「到着っと……まあ、まだ閉まっているよねえ」
開館するまで、あと二時間くらいあるはず。
試しに鍵がかかっているはずのドアに手を添えてみる。するとタイミングを見計らったかのようにドアが開いた。バランスを崩して、私は流れるように前に傾倒した。
――ぶにゅん。
水枕のようなものに支えられて、辛うじて倒れずに済んだ。
「大丈夫ですか」
「は、はい、おかげさまで」
見れば、ひとりの受付嬢。そう、あの無表情ちゃんたちのうちの一人だ。
私と目を見つめ合うこと数秒ほど、彼女は口を開いた。
「いらっしゃいませ。職業『ナビゲーター』、アンズ様ですね」
「はい、アンズです」
「今日の来館の目的を教えてください」
私はラーユからの招待状を引っ張り出して、事情を伝えた。
すると彼女はそれを小動物のように凝視してから、真顔のまま頷いた。
「確認できました。しょくぎょう『ナビゲーター』、『謎のらー様』からお手紙が届いております」
手渡されたのは、またまた一通の手紙。
【ラーユじゃないよ!なぞのらーだからね!次はうけつけさんといっしょに、『しょわーるていたく』にいってね!!!】
「では、行きましょうか」
「待って待って。ええと、この『ショワール邸宅』って……?」
「ついて来ればわかるはずです」
「そういうもんかな」
「そういうもんです」
受付さんと横並んで、街並みを歩く。
パンの香ばしい香り。香草のミスト。荷台を引く人。
こう見ると案外悪くない街だ。
「あの、受付さん」
「ノースと申します。どうぞお見知りおきを」
「じゃあノースさん」
「いかがなさいましたか」
「ノースさんたちはどうして、いつも無表情なのでしょうか。あ、別にダメとかそういうのではなく、単純に気になっただけで――」
「私たちは、『スライム』です」
「……え。え⁉」
予想外すぎるカミングアウトに、私はのけぞってしまった。
スライムって、あの不定形のぶにゅぶにゅだよね。ああ確かに言われてみれば、さっき胸に顔をうずめたときもすこし水枕っぽかったね。
「そうです。人々が潰して『やったー』とどや顔をする、あのスライムです」
「あ、あはは」
ブラックジョークかな?
「スライムは十分に魔力を得ると、変化の力を獲得することが出来ます。なりたい姿になれますが、中身はスライムです」
「へえ、」
「だから表情筋はありません」
それっきり、私たちは喋らなかった。かといって気まずい雰囲気でもない。これくらいが、過ごしやすいのかもしれない。
しばらくすると、大きなお屋敷が目の前に現れた。
うん、自分の物置小屋と比べるのも烏滸がましいくらいに雄大だ。エシャロッテさんのお屋敷とどっこいどっこいかもしれない。
私たちが正門までやってくると、一人の老執事が花壇前で背筋を伸ばしていた。
「あの、すみません」
「おや。アンズ様、でお間違いないですか」
「はい、アンズです」
「ようこそお運びくださいました。お待ちしておりました。……早速ですが、こちらをお受け取りください」
またまた一通の封筒。
【ここはね、チリちゃんのお家なんだって!すごいね!いつかラーユもこんなお家すみたい!次は、『にくや・がく』にいってね!】
「えっ、ここって――ああ、確かに。『ショワール邸宅』だもんね」
ごめんね、チギリちゃん。私平民だから、あまり苗字とか、何々家というものには敏感じゃないんだ。
チギリ・ショワール。チギリ・ショワール。
うん、覚えた。
……え、あの子って貴族だったんだね。言われてみれば、闇鍋を食べるときの仕草がちょっと上品だったような。
しばし世間話をして、私たちはショワール邸宅を離れた。
「チギリ、頑張っているんだね」
貴族らしく政治やら文学やらの教養の勉強に加え、一刻も早く私たち「闇鍋パーティー」と合流するために、鍛錬を積んでいるらしい。
なんでも、すでに騎士団の中でも中位くらいに食い込む強さとかなんとか。
「私も、がんばらないとね」
「ええ。楽しみにしておりますね」
一人で意気込んでいると、ノースさんがにこりとした。
「これでも長く、『ナビゲーター』のアンズ様を見守ってきたのです」
「……」
「どうなされましたか」
「その、今笑ったなって」
「ええ。頑張って、やってみました。案外疲れますね」
「慣れないと、難しいですよね。でも、結構可愛い笑顔だと思います」
「ありがとうございます」
あ、真顔に戻っちゃった。
面白いね本当に。
出会いに、飽きる気がしない。
さてたどり着いた小さな肉屋。看板には大大と手書きで「肉屋・『楽』」とある。どこかと思えば、ロンドさんのお店だったんだね。
たしか奥さんのカルネさんが獣人で、娘のフライシェちゃんがいて。奥さんが今、私と同じくゾンビなんだよね。
良い出会いだったなぁ。
「おや、不在ですね」
「……代わりに置手紙があります。こちらを」
お肉の形でカットされた、可愛い手紙。たぶんこれは、フライシェちゃんおお手製だと思う。
【アンズお姉さんへ。フライシェですよ。覚えていますか。フライシェ、お肉屋のフライシェですよ。干し肉作ったので、よかったら食べてみてくださいね。それで■■(※くしゃっとなっていて見えない)アン姉おつかれさま!つぎはね、おやしきにいってね!えしゃろってさんの、お家!あのおおきいの!】
たぶん、フライシェちゃんがラーユと一緒に書いたものなのだろう。
隣にはフライシェちゃんお手製干し肉が四本、用意されていた。
次の場所に向かいながら、食べようかな。
さっそく、エシャロッテさんの屋敷へ。
今日の森は機嫌がいいのか、霧が少なめだった。
しばらく歩いていると、立派なお城のような家が見えた。あれ、半壊したのって一週間くらい前のお話でしたよね。マヨさん、修繕が速すぎませんか?
ちなみに聞いた話だとこの付近は外からは見えないようになっているので、エシャロッテさんが大きいカタツムリに戻っても問題ないそうだ。
「改めて考えると、エシャロッテさんってすごいな」
「そうですね。私たちスライムを受付にしたのもエシャロッテ様ですから」
「……初耳なんですけど?」
そんな人に、私は期待を抱かれているんだ。
そう思うと、なおさら前に進まなきゃいけないね。よし、今日も鍛錬をしよう。
「……わっ⁉」
突然、目の前が真っ暗になった。
どうやらノースさんに、布で目隠しをされているらしい。
「では、お家に戻りましょう」
「え、お家って」
「もちろん、アンズ様のお家ですよ。さあ、行きましょう」
「え、え」
状況が読み込めないまま、私はノースさんに背中を押されつつ、前へと進んだ。
周りが見えないが、彼女の手の微かな温もりが伝わってきて、不思議と不安にならなかった。
昔はあんなにも、暗闇が怖かったのに。
私、変わったのかな。
変われたのかな。
そういえばこの一週間くらい、ずっと外出ばかりしていたけれど、周りの目が気になることはなかった。
私は私。
みんなはみんな。
私はみんなと違うけれど、みんなだって私と違う。
みんな元気、みんな仲良し――なんて甘い話はこの世にはないけれど、少なくとも手探りでも出会った人だけでもいいから大事にしたいな。
それが私アンズにできること。
ナビゲーターとしては……まあ、またぼちぼち考えていこうかな。
「着きました」
「ようやくかぁ」
だいぶ、色んな所を回った気がする。
ギルドに、チギリの家に、ロンドさんの肉屋に、エシャロッテさんのお屋敷に。
……あれ。これって――。
暖かいお湯のようなものが、体の中を巡った。
こう、妙に目頭が熱くなるような感覚。
おかしいな。
もう、眠くないはずなのに――。
「では、目隠しを取りますね」
「……はい」
――眩い、日差しだった。
いつもの物置小屋。いつもの裏庭。
何も、何も変わっていないのに。
なにげなく眩しく輝いていて、さりげなく笑い声が沸騰していた。
裏庭への扉が、きぃと音を奏でて開いた。
一歩、足を踏み出す――。
「「「アンズちゃん、お誕生日おめでとう」」」
巡り巡って。巡り巡って。
帰ってきた我が家には、たくさんの人が集まっていた。
無表情が可愛い、スライムの受付さんたち。
ドジっ子だけど頑張り屋な、チギリ・ショワール。
チギリのご両親と思われる、美男美女さんペア。
家族思いな、肉屋のロンドさん。
物腰柔らかで、旦那さん娘さんが大好きな、カルネさん。
おっとりしているけど一生懸命で健気な、フライシェちゃん。
面倒見のいいナビゲーターの先輩、エシャロッテさん。
不思議ちゃんなマヨ。
食いしん坊なモモ。
そして――私の大切な、ラーユ。
「アン姉!」
「……ラーユ」
「アン姉、こっちこっち!」
ラーユは固まったままの私の手を引っ張って、鍋の前まで案内してくれた。
ぐつり、ぐつり。
鍋の中で、色とりどり具が踊りを披露していた。
色が混ざっているのにどこか調和されて、見ているだけでうっとりしてしまう。
とりあえず言われた通りに座ると、みんなの視線が私に集まった。少し恥ずかしい。けれど、たまにはこういうのも悪くない。
「ええと、その。これは――」
「ラーユちゃん、今日がお誕生日なんでしょう。だからせっかくだし、集まれる人みんな集まろうという話になったの」
答えてくれたのは、ゾンビ仲間のカルネさん。
私自身も誕生日がいつなのかを忘れていたから、チギリのご両親が貴族ならではの力で資料を探って、ついに私の情報を見つけたらしい。
それがエシャロッテさんに伝わって、受付さんに広まって――そして今に至る。
「アン姉」
「アンズお姉ちゃん」
「……うん」
「「おたんじょうび、おめでとう。いっぱい幸せを、ありがとう」」
ラーユに、フライシェちゃんに。
それからみんな。
――そっか。
そう、だったんだね。
私の周りには、こんなにいっぱいの素敵な人たちがいたんだ。
あはは。どうして、今まで気づかなかったんだろう。
「あれ、アン姉ないてる?」
「どこか、いたいですか?」
「……っ……うぅ。だ。……だいじょう……ぶだよ……ううっ」
こんなにも沢山の人がいるというのに、涙だけは止まってくれなかった。
こみあげた気持ちが、さりげない温かみが、闇鍋のようになって。
止まらない。
まともに「ありがとう」ということもできずに、気づけばラーユとフライシェの胸に顔を埋めて泣いたり笑ったりしていた。
ずるい。
ずるいよ、こんなの。
ゾンビになって。
もう、前のような私じゃなくなった。
けれど心の中の私も、泣いているときの私も、間違いなくあの頃の不甲斐ない私だった。
恰好つかないし、今も登っては滑り落ちる私だけれど、一つだけ胸を張って言える。
――生きていてよかった。
――ナビゲーターになって、よかった。
・・・
「そういえば、一つ目の目標が叶いましたねぇ」
闇鍋パーティーが落ち着いたところで、マヨが開口した。
そういえばそうだったね。
一つ目のラーユの願い、「たくさんの人と一緒に闇鍋がしたい」。
私の誕生日のために集まってくれたみんなのおかげで、目標達成である。
ちなみに味のほうは、ノーコメントと言うことで。
だって涙鼻水がずっと止まらなくて、まともに味わえなかったから。
「次はマヨも一緒だから、遠出ができたらいいよね」
「えぇーっ、いいですわね。あぁ、わたくしも行きたかったですわ……」
タコ口を作って駄々をこねるチギリ。ころころ表情が変わって、面白いね。
一応誘ってみると、一瞬だけ気が緩んでから、
「だ、だめですわ。まだ修業が足りないですわ!」
と自己暗示し始めた。
これはあれだね。
次会った時にはとんでもない強さになっているパターンだよね。
チギリならあり得る。
「やっぱり次は、アンズちゃんの願いをかなえる旅がいいですねぇ」
「ラーユもそう思う!」
「プクプク!」
全員に言われたら、そうするしかないね。
「アン姉」
「なあに?」
「アン姉の願いは、なに?」
「私はね――」
じぃっと見つめてくる「闇鍋パーティー」のメンバーたち。
思わず、笑みが漏れた。
私は一枚の折り紙を取り出して、大きな字で言葉を紡いだ。
できあがった紙飛行機が、ほら、手のひらに。
私はそれをめいいっぱいに飛ばして、風にのせた。
遠くへ。
遠くへ。
遠くへ。
いつか私色の闇鍋が、この星じゅうを旅する日まで。
高く。
高く。
もっと高く。
雲入りの青空は、今日もひと時を縫いつないでいた。
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