冒険は闇鍋なもの、ナビなもの!

びば!

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十一鍋目。覚悟

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 このままでは、押しつぶされてしまう。
 すでにラーユの姿はなく、私は風圧だけで屋敷の外まで蹴りだされていた。

「あれは……ずるいでしょ」

 生き物としてずるい。これはもはや「大きい」などという陳腐な言葉で表せるサイズではない。
 背景の山々すらも模型に見えてくるほどに、エシャロッテさんの規模は異常だった。

『アンズ様ぁ。あれでも、小さいほうなのですよ。エシャロッテ様の一族の中ではぁ』
「……そんな」

 知らなかった。教科書にすら乗っていなかった。
 ――こんなにも規格外な存在が、この世にいるなんて。
 これは、神話じゃないんだ。

 圧倒的過ぎて、私は立ち竦んでいた。
 だって、勝てるはずがないんだもの。
 私と剣を交わしたとき、これほどの重量が乗った攻撃はされなかった。されていたらおそらく、粉々になっていたと思う。……手加減、されていたのかな。

 ――ムリだよ。もう。

『アンズ様、アンズ様』

 影がかかる私を呼び止めたのは、今剣になっているメイドのマヨさんだった。

『不貞腐れてなんかいないで、はやくラーユちゃんを迎えに行ってくださいな』
「ふ、ふてくされてなんか……」

 そうやって表現されると、なんだか自分がとても子供に見えてくる。
 そう、駄々っ子。遊びに負けてイヤイヤと頭を振っている駄々っ子。
 恥ずかしい。
 恥ずかしすぎて、マヨさんを投げ出してしまいそうだ。

『あのぅ、アンズ様ぁ。エシャロッテ様はですね、アンズ様にとても大きな期待を抱いていらっしゃるのですよ?』

「……そう、なんですね」
 これ以外に、返す言葉が見当たらなかった。
『アンズ様が飛ばしてきた紙飛行機たち、あれを毎日街まで足を運んでまでして、拾っていたのですよぉ』
「……」

『後輩ができた、後輩ができたって毎日のようにマヨに自慢していたんですよぉ。よほどうれしかったんでしょうねぇ――あの天災で自分が助けた子が、自分のようになりたいって言ってくれて、健気に頑張ってくれているのですから』

「……え、もしかして」
『あれ、エシャロッテ様とそんなお話をしていませんでしたっけぇ?……まあ、ともかくアンデッドとして生きる道を、こんなにも自信をもって進めるアンズ様に、きっとエシャロッテ様は光を見出したのだと思いますぅ』

 そう、なんだ。
 ずっとずっと、アンデッドなんかダメって思っていたけど。
 ずっとずっと、独りぼっちで頑張っていると思っていたけど。

 こんなところで、後ろから背中を押してくれた人がいたんだ。

『だから、ぜひぜひナビゲーターとしての覚悟を、ぶつけてみてくださいな』

 私はマヨさんを握りなおした。
 ようやく、心が落ち着いてきた。

「――はい、頑張ります」

 今度こそ、精一杯やってみせる。
 感謝くらいは、しておきたいから。

 私は円弧を描くようにして、エシャロッテさんの周りを駆け出した。
 追い風が私を前へ前へと押した。
 ラーユはまだ見えない。
 もう少し、もう少し。
「……うわっ⁉」
 半周は回ったかというところで、あたりの環境が一変した。
 遥かなる高みから降り注ぐ粘液。足にべとついて、上手く歩けない。
 ふと、壁が軋み始めていることに気が付く。

「まずい」

 たぶんゆっくりと、私の方へと向かってきているのだろう。
 遅い。とても遅い。けれどサイズの暴力のせいで、逃げようとしても逃げ切れないのだ。
 ――まるで、雪崩のよう。

 雪の進軍など、たかが知れている。しかし毎年のように被害者を出しているのは、その化け物じみた「物量」のせいだ。

 ……一か八かだ。

『おや、何か作戦を思いついたのですかぁ?」
「はい。手伝っていただけますか?」
『ええ喜んで。して、どうすればいいのでしょうかぁ』

 私がアイディアを伝えると、マヨさんはあからさまに引いていた。うん、剣になってもわかりやすいものはわかりやすい。
『いやぁ、えぇ?』と渋りつつも、なんとか協力してくれることになった。

 ……まあ実をいうと私もずっと放心状態になっていたわけではなく、しっかり下ごしらえはしてあった。
 だから私が動き出すまで待機していてくれたのは、非常に好都合だった。
 ナビゲーターらしいかといえばそう思えないけれど、きっと私だからこそできること。

 ――名付けて、【具は切ってから鍋に入れようね作戦】。

 さあ、始めようか。

 ・・・

(少し、厳しくしすぎましたね)
 エシャロッテは反省していた。
 本来は発破をかけるつもりでアンズを誘い出したはずであった。それなのに自分の方が調子に乗ってしまった。

 アンデッド化は今に始まったことではなく、探せば無数の事例が出てくる。当然喋ることが出来たり、いつも通りの生活ができたりするケースも少なくはないし、中には政府の高官にまで成り上がったアンデッドもいた。
 いや、むしろこの「アンデッド」という呼び名が間違っている――エシャロッテはそう感じていた。

 死して再度生を得る、これだって一つの生き方なのではなかろうか。
 しかし「印象」というのは怖いもので、それこそ言葉通り一度烙印として焼き付けられてしまえば、なかなか払拭することができなくなるのだ。
 そして当の本人らも当然社会の目を忍んで生きていかざるを得なくなって、やりたいこともなりたい自分も心に留めておくしかなくなる。

 そんな中で、アンズは輝いていた。
 こう言っては変だが、それこそ「アンデッドらしからぬ光属性」を持っているようだった。
 少なくとも、エシャロッテにはそう見えていた。
 しかもそんなアンズは「ナビゲーター志望」だという。
 それを知ったときに、彼女がどれほどうれしかったことか。

 ――やっと、後輩ができる。

 同じく種族としての悩みを持っているからこそ。
 同じ時間軸を生きているからこそ。
 見守っていたい。

 そんなこんなで時は過ぎ、我が子のようなアンズちゃんは晴れてプロ入りをした。
 従者はマヨしかいないが、そのお知らせを聞いた時には二人でパーティーをやったくらい、うれしかった。

 だからこそ、努力をやめてラーユという温室に閉じこもったアンズを見たときは、もどかしい気持ちで溢れた。
 たしかに、良い出会いをすることは大事だ。
 しかしそれが、枷となって、眼帯となって足を引っ張ってしまってはいけない。

 ――初心忘るべからず、である。

(……にしても、やりすぎちゃいましたか。困りましたね)

 体積の差くらい、理解している。
 一歩間違えれば粘液に侵されるか、押し潰されてしまう。
 自分が彼女に攻撃を仕掛けなかったとしても、ラーユと合流するのは至難の業だ。

 かといって今更「やっぱやめます」というのも中途半端である。

(おや?あれは……)

 ふと、自分の足元で駆け回っているものを見つけた。
 金属っぽいテカりがある。鍋だろうか。
 鍋が勝手に動くはずがないので、おそらく下で誰かが支えているのだろう。

(なるほど、それで身を守るということですか)

 悪くない手だ。巨躯を持つ者の多くは目が悪い。少しカムフラージュしてしまえば確かにこちらからは手を出せなくなる。

(ですが、残念でした。ボクは目がいいので、ちゃんと見えてしまっているのです。それに――)

 実は、エシャロッテはマヨ――つまり彼女のメイドと心を通じ合わせることができる。
 要するにメイドの魔力を感知するだけで、それを握っているアンズの居場所がわかってしまうのである。

(少し、追い詰めてみましょう)

 エシャロッテは足をうごめかせ、鍋のあるほうに迫った。
 しかし案外追い付かない。
 アンズがそれほどの身体能力を突然身に着けたとは思えない。

 ――それならば、どうやって?

 少しスピードを上げて、追いかけてみる。
 片目はラーユの方に向け、まだアンズがたどり着いていないことを確認した。

(おや?そういえばモモンガはどこへ――)

 追いついた。
 軽く触れれば、鍋は吹き飛んでしまった。
 そして、中にいたのは……。

(え、マヨ⁉)

 下着一枚のマヨだった。
 メイド服を着ていないが、確かにマヨだった。

(どうして?ちゃんとアンズちゃんも感知したはずなのに……あっ!)

 マヨの手に抱えられていたもの。
 それは――アンズの頭部。

(ま、まさか!)

「行きますよぉ~、――ほいっと」
 マヨはアンズの頭をボールのように鷲掴みにすると、エシャロッテの殻目がけて投げた。
「きゃっち!」
 そしてついには、ラーユの手元に届いた。
 しかしまだ、頭部だけだ。これは合格にすべきか――と悩んでいるそのとき。

「よいしょ」
 ラーユは藪の方へと向かい、なにか黒い袋を引っ張り出した。

 マヨのメイド服でつくった袋だ。中に包まれているのは、

 おもむろに頭を装着すると、数秒後アンズは何事もなかったかのように立ち上がった。

 ラーユ、そしてモモと抱き合うアンズ。


 ――アンズたちの完全勝利である。


(……)

 エシャロッテは心の中で小さく微笑んだ。
 負けたはずなのに、どこか勝ったような清々しい気分になっていた。
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