28 / 41
記憶の糸を手繰る
第28話・ゼノンの記憶 4
しおりを挟む一部始終を目の当たりにして血の気が引いた。こんなものを作り出すために人の命を奪っておきながら、ヴァーロもドレイクも平然としている。彼らにとっては『いつものこと』なのだと思うとゾッとしたが、表情に出さないように努めた。
「さぁて、ここからが本番だ」
次に、ヴァーロは近くの茂みの中から麻袋を引っ張り出してきた。ぐったりとしたウサギを数羽取り出し、魔素溜まりに向かって放り投げる。ウサギは苦しそうにもがいた後、パタリと倒れて動かなくなった。
「あーあ、弱らせ過ぎたかな。失敗だ」
「……さっきから一体何をしてるんだ」
戸惑いながら問うと、ヴァーロは死骸を足で蹴飛ばしてから笑顔で答えた。
「言っただろ。魔獣を作ってんだよ」
「なんでだよ、危ないだろ」
「危ないからいーんだろが。魔獣が増えりゃ、そっちの対策にアステラ王国の人員が取られる。その隙にロトム王国は着々と戦争の支度が出来る」
確かに、今の国境警備隊の仕事は魔素溜まりの浄化と魔獣退治ばかり。本来の、国境を接する国に対する警戒は疎かになっている。
「失敗して死んだ動物も役に立つ。魔獣にはならなかったが、魔素溜まりで死んだ動物には魔素が含まれている。コイツを食わすと、うまくいけば獣は魔獣に、人間なら魔素適合者になる」
「魔素、適合者?」
「オマエも食ったことあるだろ? 俺が狩ってきたウサギの肉を。アレも魔素溜まりで死んだヤツだよ」
「何を言って……」
「小さいガキがしょっちゅう体調を崩していたのは魔素にアテられたからだ。適合しないとそうなるんだよな」
十年前、ヴァーロは狩ったウサギを持ち帰っていた。俺はそれを調理して、ミアたちに食べさせた。もちろん俺も食べている。シオンとレイが頻繁に熱を出し、嘔吐していた理由は俺が食わせた肉のせいだった。
思わず口元を手で覆う。十年前の話だ。とっくに消化されている。今さら胃の中身を吐き出したところで意味はない。無意味だと分かっているのに吐き気が込み上げてきた。
「ミアは魔素に適合したからロトム王国に売っ払った。なかなか良いカネになったぜ?」
次から次へと信じたくないことを告げられ、俺の頭が理解を拒んだ。今の話が事実だとすれば、ヴァーロは俺たちに魔素の含まれた肉を食わせ、魔素適合者を作ろうとしていたのだ。最初からそのつもりで近付いた、ということか。
「ミアを戦争に使うのか。あの子が孤児になったのは戦争のせいなんだぞ」
怒りと悲しみで声が震える。俺たちと過ごしている間、ミアは一度も体調を崩さなかった。体が丈夫だったからではなく、魔素に適合していたから。ヴァーロが持ち込んだ養子縁組の話に喜び、俺は笑顔で送り出した。養い親のもとで幸せに暮らしているものだと今の今まで信じていた。
「俺は? 俺も魔素入りの肉を食ったよな?」
「ゼノンも少しは適合してるかもな。魔術は使えなさそうだが、普通より怪我の治りが少し早いとかさ」
言われてみれば、任務で負傷してもすぐに傷口が塞がり、マルセル先生からはよく驚かれた。単に治りが早いだけだと思っていたが、どうやら違ったようだ。魔術師ではなく魔獣寄りの体質になっているのかもしれない。
「おい、いつまで無駄話してやがんだ。こちとら寝る時間を削ってわざわざ出向いて来てやってんだぞ!」
自分には関係のない話題ばかりで退屈したのか、ドレイクが舌打ちしながら割り込んできた。ヴァーロは「悪い悪い」と軽い調子で謝っている。ドレイクのほうが十以上も年上で偉そうに見えるが、主導権を握っているのはヴァーロだ。
「ゼノン。オレと組んでくれるよな?」
有無を言わさない問い掛け。今回ドレイクを連れてきた理由は、俺が断ったら即座に始末するため。目の前で若い男を殺してみせた理由は脅しだ。人の命を奪うことに抵抗がない姿をわざと見せ、選択肢を無くそうとした。
ヴァーロは恩人だ。十年前もし彼と出会っていなければ、俺は間違いなくその辺で野垂れ死んでいた。共に過ごした時間は何ものにも代えがたい大事な思い出。
でも、ダメだ。
返事の代わりに腰の剣を抜き、斬りかかる。咄嗟に間に入ったドレイクにより俺の剣は弾かれてしまった。数歩下がって睨みつけると、ヴァーロが不思議そうな顔で首を傾げる。
「オマエ言ったよな? 『話に乗る』って」
確かにそう言った。言わなければヴァーロに二度と会えなくなると思ったからだ。だが、話を聞けば聞くほど理解出来ない。協力なんて論外だ。
「ゼノン、オレに嘘ついたのか?」
眼帯に覆われていないほうの眼がまっすぐこちらを見ている。先ほどまで浮かべていた笑みは消えている。嘘をついた俺に対して怒っているのだ。
「っ、騙していたのはヴァーロだろ!」
悲しみより怒りが勝った。再び剣を構え、立ちはだかるドレイクに攻撃を仕掛ける。しかし、第一線で戦ってきた年数の差が出た。ドレイクは長剣を軽々と扱い、俺の大剣を難なく捌いている。コイツがいる限りヴァーロには近付けない。ならば仕方がない。俺はドレイクに斬りかかると見せ掛けて剣の柄から手を放した。振り抜いた勢いのまま、剣はヴァーロ目掛けて飛んでいく。
「くそッ、このガキ!」
身を守るものがなくなった俺の腕をドレイクの長剣が切り裂く。そして、次に脇腹に剣先が突き刺さった。その場で体勢が崩れ、地面に膝をつく。刺された箇所がドクドクと脈打ち、血が流れ落ちていく。痛みに耐えつつ顔を上げる。俺が死んでもヴァーロさえ止められればいい。そうすれば、これ以上の悪行をさせずに済む。
「……え」
ところが、思うようにはいかなかった。決死の覚悟で放った大剣はまるで時が止まったかのように、ヴァーロの目の前で微動だにせず浮いている。
「惜しかったな。……もしかして手加減した?」
乾いた笑いをこぼしながら、ヴァーロは宙に浮いた大剣を指で軽く弾いた。すると、糸が切れたみたいに剣が地面に落下して転がった。
「残念だよ、ゼノン。オマエのことは割と気に入ってたのにさ。ここでお別れかぁ」
「ヴァーロ……!」
止められなかった。俺が弱いせいで、俺にヴァーロを止める覚悟がなかったせいでこれから先どれだけの犠牲が出るか。そして、仲間にどれだけの迷惑を掛けることになるのか。申し訳なさと不甲斐なさで涙がにじむ。
かすむ視界の中、ヴァーロが眼帯を外す様子が見えた。普段隠されていた瞳の色は淡い金。綺麗な色だなと思っているうちに意識が途切れた。
0
あなたにおすすめの小説
転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。
【改訂版アップ】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~
ばいむ
ファンタジー
10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~
大筋は変わっていませんが、内容を見直したバージョンを追加でアップしています。単なる自己満足の書き直しですのでオリジナルを読んでいる人は見直さなくてもよいかと思います。主な変更点は以下の通りです。
話数を半分以下に統合。このため1話辺りの文字数が倍増しています。
説明口調から対話形式を増加。
伏線を考えていたが使用しなかった内容について削除。(龍、人種など)
別視点内容の追加。
剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。
高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。
特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長し、なんとか生き抜いた。
冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、ともに生き抜き、そして別れることとなった。
2021/06/27 無事に完結しました。
2021/09/10 後日談の追加を開始
2022/02/18 後日談完結しました。
2025/03/23 自己満足の改訂版をアップしました。
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】カノン・クライスラーはリンカネーション・ハイである。~回数制限付きでこの世界にある魔法なら何でも使えるという転生特典を貰いました
Debby
ファンタジー
【最終話まで予約投稿済み】
カノン・クライスラーは、辺境に近い領地を持つ子爵家の令嬢である。
頑張ってはいるけれど、家庭教師が泣いて謝るくらいには勉強は苦手で、運動はそれ以上に苦手だ。大半の貴族子女が16才になれば『発現』するという魔法も使えない。
そんなカノンは、王立学園の入学試験を受けるために王都へ向かっている途中で、乗っていた馬車が盗賊に襲われ大けがを負ってしまう。危うく天に召されるかと思ったその時、こういう物語ではお約束──前世の記憶?と転生特典の魔法が使えることを思い出したのだ!
例えそれがこの世界の常識から逸脱していても、魔法が使えるのであれば色々試してみたいと思うのが転生者の常。
リンカネーション(転生者)・ハイとなった、カノンの冒険がはじまった!
★
覗いてくださりありがとうございます(*´▽`人)
このお話は「異世界転生の特典として回数制限付きの魔法をもらいました」を(反省点を踏まえ)かなり設定を変えて加筆修正したものになります。
【電子書籍1〜2巻発売中】ダジャレ好きのおっさん、勇者扱いされる~昔の教え子たちが慕ってくれるけど、そんなに強くないですよ?~
歩く魚
ファンタジー
※旧題「俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?」
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる