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記憶の糸を手繰る
第28話・ゼノンの記憶 4
しおりを挟む一部始終を目の当たりにして血の気が引いた。こんなものを作り出すために人の命を奪っておきながら、ヴァーロもドレイクも平然としている。彼らにとっては『いつものこと』なのだと思うとゾッとしたが、表情に出さないように努めた。
「さぁて、ここからが本番だ」
次に、ヴァーロは近くの茂みの中から麻袋を引っ張り出してきた。ぐったりとしたウサギを数羽取り出し、魔素溜まりに向かって放り投げる。ウサギは苦しそうにもがいた後、パタリと倒れて動かなくなった。
「あーあ、弱らせ過ぎたかな。失敗だ」
「……さっきから一体何をしてるんだ」
戸惑いながら問うと、ヴァーロは死骸を足で蹴飛ばしてから笑顔で答えた。
「言っただろ。魔獣を作ってんだよ」
「なんでだよ、危ないだろ」
「危ないからいーんだろが。魔獣が増えりゃ、そっちの対策にアステラ王国の人員が取られる。その隙にロトム王国は着々と戦争の支度が出来る」
確かに、今の国境警備隊の仕事は魔素溜まりの浄化と魔獣退治ばかり。本来の、国境を接する国に対する警戒は疎かになっている。
「失敗して死んだ動物も役に立つ。魔獣にはならなかったが、魔素溜まりで死んだ動物には魔素が含まれている。コイツを食わすと、うまくいけば獣は魔獣に、人間なら魔素適合者になる」
「魔素、適合者?」
「オマエも食ったことあるだろ? 俺が狩ってきたウサギの肉を。アレも魔素溜まりで死んだヤツだよ」
「何を言って……」
「小さいガキがしょっちゅう体調を崩していたのは魔素にアテられたからだ。適合しないとそうなるんだよな」
十年前、ヴァーロは狩ったウサギを持ち帰っていた。俺はそれを調理して、ミアたちに食べさせた。もちろん俺も食べている。シオンとレイが頻繁に熱を出し、嘔吐していた理由は俺が食わせた肉のせいだった。
思わず口元を手で覆う。十年前の話だ。とっくに消化されている。今さら胃の中身を吐き出したところで意味はない。無意味だと分かっているのに吐き気が込み上げてきた。
「ミアは魔素に適合したからロトム王国に売っ払った。なかなか良いカネになったぜ?」
次から次へと信じたくないことを告げられ、俺の頭が理解を拒んだ。今の話が事実だとすれば、ヴァーロは俺たちに魔素の含まれた肉を食わせ、魔素適合者を作ろうとしていたのだ。最初からそのつもりで近付いた、ということか。
「ミアを戦争に使うのか。あの子が孤児になったのは戦争のせいなんだぞ」
怒りと悲しみで声が震える。俺たちと過ごしている間、ミアは一度も体調を崩さなかった。体が丈夫だったからではなく、魔素に適合していたから。ヴァーロが持ち込んだ養子縁組の話に喜び、俺は笑顔で送り出した。養い親のもとで幸せに暮らしているものだと今の今まで信じていた。
「俺は? 俺も魔素入りの肉を食ったよな?」
「ゼノンも少しは適合してるかもな。魔術は使えなさそうだが、普通より怪我の治りが少し早いとかさ」
言われてみれば、任務で負傷してもすぐに傷口が塞がり、マルセル先生からはよく驚かれた。単に治りが早いだけだと思っていたが、どうやら違ったようだ。魔術師ではなく魔獣寄りの体質になっているのかもしれない。
「おい、いつまで無駄話してやがんだ。こちとら寝る時間を削ってわざわざ出向いて来てやってんだぞ!」
自分には関係のない話題ばかりで退屈したのか、ドレイクが舌打ちしながら割り込んできた。ヴァーロは「悪い悪い」と軽い調子で謝っている。ドレイクのほうが十以上も年上で偉そうに見えるが、主導権を握っているのはヴァーロだ。
「ゼノン。オレと組んでくれるよな?」
有無を言わさない問い掛け。今回ドレイクを連れてきた理由は、俺が断ったら即座に始末するため。目の前で若い男を殺してみせた理由は脅しだ。人の命を奪うことに抵抗がない姿をわざと見せ、選択肢を無くそうとした。
ヴァーロは恩人だ。十年前もし彼と出会っていなければ、俺は間違いなくその辺で野垂れ死んでいた。共に過ごした時間は何ものにも代えがたい大事な思い出。
でも、ダメだ。
返事の代わりに腰の剣を抜き、斬りかかる。咄嗟に間に入ったドレイクにより俺の剣は弾かれてしまった。数歩下がって睨みつけると、ヴァーロが不思議そうな顔で首を傾げる。
「オマエ言ったよな? 『話に乗る』って」
確かにそう言った。言わなければヴァーロに二度と会えなくなると思ったからだ。だが、話を聞けば聞くほど理解出来ない。協力なんて論外だ。
「ゼノン、オレに嘘ついたのか?」
眼帯に覆われていないほうの眼がまっすぐこちらを見ている。先ほどまで浮かべていた笑みは消えている。嘘をついた俺に対して怒っているのだ。
「っ、騙していたのはヴァーロだろ!」
悲しみより怒りが勝った。再び剣を構え、立ちはだかるドレイクに攻撃を仕掛ける。しかし、第一線で戦ってきた年数の差が出た。ドレイクは長剣を軽々と扱い、俺の大剣を難なく捌いている。コイツがいる限りヴァーロには近付けない。ならば仕方がない。俺はドレイクに斬りかかると見せ掛けて剣の柄から手を放した。振り抜いた勢いのまま、剣はヴァーロ目掛けて飛んでいく。
「くそッ、このガキ!」
身を守るものがなくなった俺の腕をドレイクの長剣が切り裂く。そして、次に脇腹に剣先が突き刺さった。その場で体勢が崩れ、地面に膝をつく。刺された箇所がドクドクと脈打ち、血が流れ落ちていく。痛みに耐えつつ顔を上げる。俺が死んでもヴァーロさえ止められればいい。そうすれば、これ以上の悪行をさせずに済む。
「……え」
ところが、思うようにはいかなかった。決死の覚悟で放った大剣はまるで時が止まったかのように、ヴァーロの目の前で微動だにせず浮いている。
「惜しかったな。……もしかして手加減した?」
乾いた笑いをこぼしながら、ヴァーロは宙に浮いた大剣を指で軽く弾いた。すると、糸が切れたみたいに剣が地面に落下して転がった。
「残念だよ、ゼノン。オマエのことは割と気に入ってたのにさ。ここでお別れかぁ」
「ヴァーロ……!」
止められなかった。俺が弱いせいで、俺にヴァーロを止める覚悟がなかったせいでこれから先どれだけの犠牲が出るか。そして、仲間にどれだけの迷惑を掛けることになるのか。申し訳なさと不甲斐なさで涙がにじむ。
かすむ視界の中、ヴァーロが眼帯を外す様子が見えた。普段隠されていた瞳の色は淡い金。綺麗な色だなと思っているうちに意識が途切れた。
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