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記憶の糸を手繰る
第27話・ゼノンの記憶 3
しおりを挟む「今までどこにいたんだ、心配したんだぞ」
外出許可を貰って町へ行き、昼間から営業している飲み屋でヴァーロと語り合う。離れていた十年の間どこで何をしていたのか訊ねると、彼は酒をちびちび飲みながら目をふせた。
「色々あったのさ。街道が封鎖されてて遠回りしたり、兵士に見つかって追い回されたり、ヘマして怪我したりとかな」
「そうか。ミアは養い親の所に預けられたのか?」
「ミア? ……ああ、ちゃあんと送り届けたよ」
俺たちが離れた理由は、ミアを養子に出すため。ヴァーロが遠く離れた町まで彼女を送っていったからだ。俺は残された二人の世話をせねばならず、身動きが取れなかった。
「シオンとレイは王都の孤児院で世話してもらったんだ。小さかったから、俺たちのことなんてもう忘れちまってると思うけど」
「へえ、良かったじゃないか」
国境警備隊第一分隊に配属されたと言えば、ヴァーロは我が事のように喜んでくれた。褒められて嬉しくなり、つい酒が進む。
「ヴァーロは今なにを?」
「旅の商人さ。一箇所に落ち着いていられないタチでね。色んな場所を渡り歩いて商売をしてるんだ」
この町へも仕事で立ち寄ったという。久しぶりに会えたのにまた会えなくなるのかと思うと寂しくなった。肩を落とす俺を見て、ヴァーロが嬉しそうに目を細める。
「オマエもオレと来るか? ゼノン」
「それは出来ない」
「即答かよ」
俺にはウィリアム隊長に返さねばならない恩があり、大切な仲間がいる。それに、国境警備隊の仕事に誇りを持っている。ヴァーロと共に旅に出たい気持ちはあるが、全てを投げ出す勇気はなかった。
その後も何度か外で会って話をした。空白の十年を埋めるには短い時間だが、不思議と毎回盛り上がった。仕事で旅をしているだけあって、ヴァーロは話題に事欠かない。
ヴァーロが町を発つ日が来た。町を囲う外壁の外まで見送りに出る。周りに誰も居ないことを確認してから、ヴァーロがオレの肩に腕を回した。頬が触れるほど顔を寄せ、低い声で囁く。
「なあ、オレと組んで荒稼ぎしようぜ。ゼノン」
「前に断っただろ。俺には任務が」
「国境警備隊に在籍したままでいい。むしろ好都合だ」
「? どういうことだ」
意味が分からず問い返すと、思いもよらぬ答えが返ってきた。
「オレは今、魔素溜まりを作る仕事をしてるんだ。でも、発見されたらすぐ浄化されちまう。だから、国境警備隊に内通者を作ってあらかじめ巡回経路を確認しておくんだ。そうすりゃ浄化されるまでの時間が稼げるからな」
「な、なにを言ってるんだ……?」
魔素溜まりの発見と浄化が現在の国境警備隊の役割。ヴァーロの仕事はその真逆。意味が分からず混乱する俺を、眼帯に覆われていないほうの目が楽しげに見ていた。
「第二分隊には内通者がいる。今回は第一分隊の誰かを仲間に引き入れるために来たんだが、運良くオマエが潜り込んでいてくれた」
ニヤリと口の端を歪めて嗤うヴァーロ。話がまったく理解出来ない。本当に彼は俺の知っているヴァーロなのか。離れていた十年の間に変わってしまったのか、と悲しくなった。
「魔素溜まりなんか作ってどうする気だ」
「魔獣を増やすためさ。それと、魔素適合者を人工的に作り出すため」
「適合者を……?」
魔素適合者とは、魔素に適合して不思議な力が使えるようになった者を指す。ほとんどが発見次第すぐ王都の魔術院送りになるため、直接会ったことはない。
「魔素適合者を集めてロトム王国に売り飛ばすんだ。アッチは十年前の敗戦の報復をするため戦力をかき集めている。良い商売になるんだよ」
ヴァーロの言葉が真実ならば、再び戦争が起こるということだ。戦争が起これば村や町が被害に遭い、孤児が増える。俺たちみたいな親なしの子どもが生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされる。
「……、……分かった。話に乗る」
「そう言ってくれると信じてたぜ、ゼノン!」
ヴァーロは上機嫌で俺を抱きしめ、他の仲間との顔合わせをするからと日時と場所を指定してから去っていった。第二分隊の管轄区域。馬で駆ければ二時間ほどで着く場所だ。
「あれ、ゼノンさん。食が進んでないですねぇ」
「すまん」
「果物なら食べられます? すぐ剥きますよぉ」
「いや、いい。悪いな、アロン」
宿舎に戻ってからも悩み続け、食事が喉を通らなくなった。ヴァーロと共に居たい気持ちと止めなくてはという使命感の間で揺れる。ウィリアム隊長に報告すれば大ごとになる。まず俺が一人で行き、ヴァーロを説得または第二分隊にいるという内通者を特定してから伝えると決めた。
夜間巡回を終え、ジョルジュ班の仲間が眠った頃を見計らって宿舎を抜け出した。予備の馬を駆り、指定された場所へと向かう。管轄区域の境目にある川を飛び越えた先の森へと入ると複数の気配を感じた。
「よお、来たなゼノン」
「ヴァーロ」
森の奥にある少し開けた場所にヴァーロと壮年の男、そして地面には後ろ手に縛られた若い男が転がされている。怪訝な目を向けると、ヴァーロが壮年の男の肩を抱き、俺に笑いかけた。
「このオッサンが第二分隊の内通者、ドレイク。そんで、コイツがオレの昔馴染みで第一分隊のゼノン。新たな内通者になってくれる男だ」
間に入り、紹介するヴァーロ。壮年の男の顔と名前には覚えがあった。第二分隊で長く勤めている古参の隊員だ。班を率いる立場で、活動方針をある程度決める権限を持っている。最悪の内通者だ。
「自分より若い奴が家柄の力だけで上に立ちやがってムカついてんだ。こっちは長年身を粉にして働いてきたってのによ。せめて儲けさせてもらわねえとワリに合わねえ」
ドレイクの指す人物がウィリアム隊長のことだとすぐに分かった。バスカルク家は貴族。平民だらけの国境警備隊では浮いた存在だが、誰よりも平和に対する熱意を持っている人だと知っている。ウィリアム隊長を軽く見られ、不快な気持ちになった。
「縛られてる男は誰だ、ヴァーロ」
「コイツは仲間じゃねえ。材料さ」
ヴァーロの合図でドレイクが胸元から短剣を取り出し、鞘から引き抜いた。そのまま躊躇うことなく縛られている若い男の胸を刺し貫く。悲鳴より先に男の喉奥と傷口から血があふれ、地面を汚していった。
「一体なにを」
「まあ見てな」
心臓を貫かれたからか、若い男は痙攣したあと動かなくなった。流れ出る血がどんどん地面にしみ込んでいく。
しばらくして異変が起きた。ぶわりと生臭い風が吹き、嫌な空気が辺りに満ちる。鳥肌が立つこの感覚には覚えがあった。俺の目の前で、まさに魔素溜まりが発生しているのだ。ほのかに光るもやが立ち昇っていく。
「この辺りは十年前の戦争で激戦区だったからな。こうやって切っ掛けを与えてやれば簡単に魔素溜まりが作れるんだよ」
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