【完結】目覚めたら異世界で国境警備隊の隊員になっていた件。

みやこ嬢

文字の大きさ
上 下
21 / 41
仲間とのすれ違い

第21話・才智の記憶

しおりを挟む

 懐かしい匂いがする。

 アパートの古びた階段を軋ませながら駆け上がり、一番奥にあるドアノブに懐から取り出した鍵をさす。狭い玄関に入り、かかとが潰れたスニーカーを脱ぎ捨てて部屋に上がる。部屋干しされた洗濯物が空間上部を占領していた。朝食のトーストをのせていた皿が二つ、まだダイニングテーブルに放置されている。皿を流し台に片付けてから宿題の漢字ドリルを取り出したところで玄関のチャイムが鳴った。

『マサチカ、遊ぼーぜ!』
『シンくん!』

 訪ねてきた人物は近所に住むクラスメイトだ。一旦自宅にランドセルを置いてからすぐ来たようで、彼はハアハアと肩で息をしていた。

『シンくん、宿題終わったの?』
『そんなの後でやればいいよ。遊ぶのが先!』
『わかったよ、じゃあ公園行こっか』

 親の離婚で引っ越してきたばかりの頃、一番最初に声を掛けてくれた。向井むかい 慎之介しんのすけは明るく面倒見が良い少年だった。

『その服、暑くない? シンくん』
『別に。慣れてるし』
『プールの時も長袖着てたもんね』

 家が近いこともあり、下校後もよく遊んだ。たまに他の子が加わることもあるけれど、基本的には二人で過ごすほうが多い。高学年になると同級生は習い事を始めて放課後に遊べなくなるから、という理由もあった。僕の家は母子家庭で金銭的な余裕はなかったし、慎之介の家は放任主義であまり教育熱心ではないようだった。

 そのまま中学高校と同じ進路を辿り、僕たちはずっと二人でつるんでいた。親友と呼べる存在だったと思う。

 でも、僕は間違えた。付き合いが長くても相手の全てを知っているわけではないし、何をしても許されるわけじゃないということを忘れていた。

『なあ正哉まさちか、元気出せよ』
『放っといて。しばらく何も考えたくない』
『せめてメシを食え。昨日から食ってねえだろ』

 癌の告知から死亡まで僅か数ヶ月。僕の母はあっという間に帰らぬ人となった。母の職場の同僚や友人が色々な手続きを代わりにやってくれたおかげで通夜と葬儀は無事終えた。ただ、小さな白い箱に納まった母の遺骨と共にアパートに戻ってからは駄目だった。そこかしこに母の痕跡が残っているのに、この世の何処にもいないという現実に耐えられない。僕は見事に抜け殻と化し、アパートの部屋から出られなくなった。

 無理に大学に行かず、高卒で働けば良かったと何度も悔いた。母は身を粉にして働いて僕を育て、苦労が報われる前に死んだ。記憶の中の母はいつも笑っていて、死ぬ間際まで僕に笑顔を向けていた。

 引きこもった僕を心配して、慎之介は毎日毎日様子を見に来た。食べ物を運び、着替えさせ、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。その親切を受け取る余裕が当時の僕にはなかった。

『いいよな、慎之介は』
『なんだよ急に』
『僕には母さんだけだった。オマエんちみたいに両親が揃ってるわけじゃない。心底うらやましいよ』
『……そっか、そうだな』

 八つ当たりじみた言葉を、慎之介は否定もせずに受け止めていた。僕は膝を抱えて床ばかり見ていたから、この時の慎之介がどんな表情をしていたのか知らない。

 大学を卒業する頃には何とか生活を立て直した。社会人になるのだ。いつまでも泣いていられない。散々世話になったのだからと、初任給が出た頃に慎之介に連絡を入れた。飲みに行こうと誘ったが、都合が合わなくて予定が立てられなかった。

 いま思えば、避けられていたのだと思う。僕は幼馴染で親友の彼のことを何ひとつ知らなかった。知ろうともしなかったからだ。

『向井の親、離婚したんだってよ』
『え……』

 会社帰りに偶然共通の友人、鳥居とりいに会い、世間話のついでに慎之介の話題が上がった。

『僕、それ知らない』
『俺らはもう大人だし、親のことなんかわざわざ言うことでもないからなあ』

 就職してからは直接会うことはなかったが時々メールのやり取りはしていたから、他人の口から出た慎之介の話に困惑した。鳥居の母が慎之介の母と同じ勤め先で、その繋がりで得た情報なのだと言う。

『アイツんち父親が酷くてさ。モラハラとかDVっつうの? 苦労して調停して最近やっと熟年離婚出来たんだと』

 知らなかった。親友だと言いながら、僕は彼の上辺しか見ていなかった。両親が揃っているから幸せだと決めつけて無神経なことを言ってしまった。

 出会った時から、慎之介は一年中長袖の服を着ていた。水泳の授業も必ずラッシュガードを着用していた。修学旅行では大浴場には入らず、一人で部屋のシャワーを利用していた。体に残る虐待の痕を隠していたのだ。

 最寄り駅で鳥居と別れたその足で慎之介の自宅へと走る。謝らなくては、と思った。今さら遅いかもしれないけれど、僕の言葉で傷付けたことだけは詫びねばならない。

 住所は知っていたが、訪ねていくのは初めてだ。いつも慎之介が遊びの誘いに来ていたからだ。家に居たくなかったのだと今なら分かる。

 インターホンを鳴らすと、低い男の声で返事があった。あれ、と思った時には玄関のドアが開いた。現れたのは中肉中背の男。酒とタバコくさい息を吐き出しながら、玄関前に立つ僕を睨みつけている。

 離婚したのなら別居となる。
 自宅は一軒家。
 いま住んでいるのは慎之介の父親だけ。

『こんな時間に何処の誰だ』
『あの、僕、慎之介くんの……』

 口に出してから、しまったと思った。






 ──記憶はそこで途切れている。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

オカン公爵令嬢はオヤジを探す

清水柚木
ファンタジー
 フォルトゥーナ王国の唯一の後継者、アダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレは落馬して、前世の記憶を取り戻した。  ハイスペックな王太子として転生し、喜んだのも束の間、転生した世界が乙女ゲームの「愛する貴方と見る黄昏」だと気付く。  そして自身が攻略対象である王子だったと言うことも。    ヒロインとの恋愛なんて冗談じゃない!、とゲームシナリオから抜け出そうとしたところ、前世の母であるオカンと再会。  オカンに振り回されながら、シナリオから抜け出そうと頑張るアダルベルト王子。  オカンにこき使われながら、オヤジ探しを頑張るアダルベルト王子。  あげく魔王までもが復活すると言う。  そんな彼に幸せは訪れるのか?   これは最初から最後まで、オカンに振り回される可哀想なイケメン王子の物語。 ※ 「第15回ファンタジー小説大賞」用に過去に書いたものを修正しながらあげていきます。その為、今月中には完結します。 ※ 追記 今月中に完結しようと思いましたが、修正が追いつかないので、来月初めに完結になると思います。申し訳ありませんが、もう少しお付き合い頂けるとありがたいです。 ※追記 続編を11月から始める予定です。まずは手始めに番外編を書いてみました。よろしくお願いします。

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー

コーヒー微糖派
ファンタジー
 勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"  その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。  そんなところに現れた一人の中年男性。  記憶もなく、魔力もゼロ。  自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。  記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。  その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。 ◆◆◆  元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。  小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。 ※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。 表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

前世では伝説の魔法使いと呼ばれていた子爵令嬢です。今度こそのんびり恋に生きようと思っていたら、魔王が復活して世界が混沌に包まれてしまいました

柚木ゆず
ファンタジー
 ――次の人生では恋をしたい!!――  前世でわたしは10歳から100歳になるまでずっと魔法の研究と開発に夢中になっていて、他のことは一切なにもしなかった。  100歳になってようやくソレに気付いて、ちょっと後悔をし始めて――。『他の人はどんな人生を過ごしてきたのかしら?』と思い妹に会いに行って話を聞いているうちに、わたしも『恋』をしたくなったの。  だから転生魔法を作ってクリスチアーヌという子爵令嬢に生まれ変わって第2の人生を始め、やがて好きな人ができて、なんとその人と婚約をできるようになったのでした。  ――妹は婚約と結婚をしてから更に人生が薔薇色になったって言っていた。薔薇色の日々って、どんなものなのかしら――。  婚約を交わしたわたしはワクワクしていた、のだけれど……。そんな時突然『魔王』が復活して、この世が混沌に包まれてしまったのでした……。 ((魔王なんかがいたら、落ち着いて過ごせないじゃないのよ! 邪魔をする者は、誰であろうと許さない。大好きな人と薔薇色の日々を過ごすために、これからアンタを討ちにいくわ……!!))

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい

珠宮さくら
ファンタジー
森の中の草むらで、10歳くらいの女の子が1人で眠っていた。彼女は自分の名前がわからず、それまでの記憶もあやふやな状態だった。 そんな彼女が最初に出会ったのは、森の中で枝が折られてしまった若い木とそして時折、人間のように見えるツキノワグマのクリティアスだった。 そこから、彼女は森の中の色んな動物や木々と仲良くなっていくのだが、その森の主と呼ばれている木から、新しい名前であるアルテア・イフィジェニーという名前を与えられることになる。 彼女は様々な種族との出会いを経て、自分が何者なのかを思い出すことになり、自分が名乗る名前で揺れ動くことになるとは思いもしなかった。

処理中です...