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国境警備隊の仕事
第12話・決意
しおりを挟む夜型生活に切り替えるため、今夜は可能な限り起きている予定となっている。昼間の訓練で疲れているし、じっとしていると眠くなってしまう。夜は任務や事前に許可を貰わないと外出してはいけない規則なので散歩も出来ない。いや、宿舎付近には街灯もないし、深夜を過ぎれば付近の住宅からも明かりが消えて真っ暗になる。慣れないうちは夜に出歩くなんて無理だ。
同室のディノは余暇の過ごしかたに慣れているようで、窓際の椅子に腰掛けて本を読んでいる。表紙を見ただけで難しいと分かる本だ。背もたれを使わず背筋を伸ばして本を読む姿に、普段の彼とはまた違った印象を受ける。
「ディノさん、なにを読んでいるんですか」
気になって声を掛けると、ディノはすぐ本から顔を上げて僕に向き直り、表紙を見せてくれた。異世界の言語で書かれているが、僕はゼノンの体を通しているからか文字は問題なく読める。ただ、人名や地名、団体名などの固有名詞が分からないので内容までは察することが出来ない。
「有名な探検家の冒険譚だよ。隊長が王都に行くって言うから頼んで買ってきてもらったんだ」
探検家って、僕の世界で言うところのクリストファー・コロンブスやマルコ・ポーロみたいな存在だろうか。
「どんな内容なんですか」
「簡単に言うと『大森林の調査報告』かな」
「大森林?」
意外な答えに思わず問い返す。
「大森林っていうのはね、大陸の三分の一を占める開拓出来ない土地の通称なんだ。そこにしか生えない巨大な植物や固有種の生き物ばかりで人が住むには適さない。だから、こうして探検家が見聞きした記録を読んでいるんだよ」
ディノの説明を聞いて、なんとなくアマゾンの熱帯雨林を想像した。どこの世界にも未開の地に興味を抱く人が存在しているのである。
「面白そうですね」
「興味あるなら貸そうか? 同じ著者の本、他にも何冊か持っているからさ」
「はい、是非」
暇つぶしに読書するのも良いかもしれない。ディノは嬉々としてベッド下からカバンを引っ張り出し、中を漁って目当ての本を探している。カバンの中には他にも何冊かの本が入っていた。
「本、好きなんですね」
何気なく呟くと、ディノはフフッと笑った。
「ぼうっと過ごすの苦手なんだ。頭の中を文字でいっぱいにしている間は余計なことを考えずに済むからね」
何気なく返された言葉の意味を、僕はよく知っている。自分もそうだったからだ。でも、明るいディノからそんな答えが出てくるとは予想していなかった。
「ありがとう、読んでみます」
差し出された本を受け取り、パラパラと捲ってみる。ディノが読んでいる探検家の冒険譚シリーズ第一冊目だ。僕は自分のベッドに腰を下ろして読み始めた。
しかし、さっきの発言が気になって本の内容が全然頭に入ってこない。いつも明るく元気なディノにも過去に色々なことがあったのだろう。一緒に風呂に入った時に見た背中の痛々しい傷痕。育ちが良さそうで、体格的にも向いてなさそうなのに兵士になった理由も知らない。
ゼノンは知っていたのだろうか。ディノの過去や、兵士になった経緯を。僕は何も知らないのに。
『僕たち第一分隊の隊員はみな隊長に拾われたんだ』
ジョルジュの言葉を思い出す。彼の話が真実ならば、ディノだけでなくゼノンやべニート、ガロ班のみんなも隊長が保護したことになる。きっと、ジョルジュ自身もそうなのだろう。だから彼らは隊長を心から慕っているのだ。
「あの、ゼノ……記憶をなくす前の僕は暇な時はどう過ごしていたんですか」
「ゼノンは時々外出許可貰って飲みに行ってたよ。あと、ベニートと模擬戦したりとか」
余暇の過ごしかたが全く違うことに驚く。
「ねえ、ディノさん」
「なあに?」
声を掛けると、ディノはすぐにこちらを向いた。話す時は必ず視線を合わせてくれる。何度も読書を中断させられても嫌な顔ひとつ見せない。
「これって地名ですか、人名ですか」
「それは町の名前だよ。別の本に大陸の地図が載ってるから、照らし合わせながら読んだほうが分かりやすいかも」
そう言いながら、ディノはまたカバンの中を探って本を探してくれた。
僕以外の人にも人生があり、楽しい記憶や辛い経験もある。そんな当たり前のことにも気付けないから僕はダメなんだ。
「分かんないことがあったら何でも聞いてね」
「はい、ディノさん」
置かれた状況に本気で慣れようとしてこなかった。自分の不遇を嘆いてばかりで周りに甘えていた。怖いとか出来ないとか言っていられない。死ぬ気で頑張らなくては。
今の僕の居場所を守るために。
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