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ゆかいな仲間たち
第7話・リハビリ開始
しおりを挟む怪我を負ってから七日、目覚めてから四日が過ぎた。傷口は完全に塞がり、動いても痛みはない。マルセル先生から運動する許可を貰い、リハビリを始めた。普通ならまだ絶対安静にしてなきゃダメな期間だから程々にね、と釘を刺されている。
「まだ何も思い出せないんだよね? まずは宿舎周りの設備やボクたちの仕事内容について教えるべきかな」
すっかり僕のお世話係と化したディノが先導し、宿舎から外に出た。宿舎の周りには厩舎や倉庫、鍛錬場などがあり、外周は柵で囲まれている。
「任務は馬に乗っていくんだよ。第一分隊の担当区域はたいして広くはないけど徒歩じゃ回りきれないからね」
今は別班の四人が任務中ということもあり、厩舎に残っているのは予備の馬を含めて五頭。みな毛並みの綺麗な大きな馬だ。
「ゼノンの手綱捌きは第一分隊で一番上手なんだよ」
「うそ。僕、乗馬なんてしたことない」
「忘れてるだけだよ。乗ってみたら思い出すかも」
「い、いや、いい」
危うく乗せられそうになり、断固拒否した。体はゼノンだけど中身は僕だ。回復直後に負傷して医務室にとんぼ返りだなんて笑えない。
次に、ディノは空き地に僕を連れてきた。土が踏み固められただけの場所だ。片隅にカカシのようなものが幾つか立てられている。
「ここが鍛錬場。たまに隊員同士で模擬戦するんだ」
隊員はみな武器を扱うのか。軍人なら当たり前の話か。
「ディノさんも剣を使うんですか」
「もちろん。ボクはあんまり腕力ないから細剣。ゼノンは幅広の大剣を使っていたよ。人によって武器の種類が違うんだ」
答えながら、ディノは柵に立て掛けてあった訓練用の木剣を手に取った。二、三度軽く振ってから、カカシに向かって斬りつける。小柄な彼の俊敏な動作に一瞬たじろぐ。木剣を叩きつけられたカカシは衝撃でしばらく揺れていた。
「ゼノンもやってみなよ」
「ええ……」
笑顔で差し出された木剣を受け取る。硬い木材から削り出された剣は見た目より重く感じた。両手で柄を握り、剣道を思い出しながら正眼に構えてみる。隣で見ているディノがカカシを打つよう促してきた。
「せーのっ」
見様見真似で思い切り真上に掲げ、振り下ろす。しかし、木剣の重さに負けて体がぐらりと揺れてしまい、思った場所には当たらなかった。カカシの腕を僅かにかすってから、勢いのままに地面に切先がめり込む。
「あらら。まだ本調子じゃないみたいだね」
ディノがフォローしてくれたけど、怪我で体調が万全ではないからではなく、僕に剣の素養がないせいだ。構えかたも剣技も分からない。こんな状態で任務に出ても、また怪我をするだけだ。
「僕に剣の扱いかたを教えてくれませんか」
「ボクが、ゼノンに!?」
「はい。今のままだと役に立てないので」
一宿一飯どころか十日以上も衣食住の世話と介護をしてもらったのだ。僕には第一分隊のみんなに返さなければならない恩がある。本来のゼノンには及ばずとも、せめて足を引っ張らない程度にならなくては。
僕の嘆願に、ディノは困惑顔で唸った。
「ボクは第一分隊では一番の新参者で弱いんだよ。師事するなら他の人がいいと思う」
「他の人、ですか」
第一分隊には隊員が八名いる。そこから二班に分かれ、昼と夜の巡回任務に当たっている。僕たちの班……青髪率いるジョルジュ班は主に夜の担当だ。もう一つのガロ班は昼間、つまり現在任務中ということだ。ガロ班の四人とはこの数日で何度か顔を合わせたが、活動する時間帯が違うからか軽い挨拶くらいで特に交流はない。
となると、剣を習うならジョルジュ班の中から選ぶべきだろう。しかし、ジョルジュは常に忙しそうにしているし、もう一人は未だに顔を合わせたことすらない。消去法というわけではないが、ディノに頼るのが一番自然な流れだと思うんだけど。
悩んでいると、不意に背後になにかの気配を感じた。体が勝手に動き、手にしていた剣を持ち上げて斜め後方に構える。ガツッと硬いもの同士がぶつかる音と共に体に衝撃を受けた。勢いで靴裏が地面を滑り、手から木剣が落ちる。なんとか転ばずに耐えてから振り返ると、そこには長い黒髪を後頭部で一つにくくった青年が立っていた。初めて見る顔だ。
「ベニート! 危ないじゃないか」
ディノが僕と彼の間に割り込んで抗議している。黒髪の青年の手には鍛錬用の木剣。背後から攻撃してきた犯人はこの人か。急に怖くなり、思わず後ずさる。
「しばらく寝てばかりだった癖にちゃんと反応できていたな、ゼノン」
ベニートと呼ばれた青年は無表情でそう言い放った。もしかして、僕を試すためにわざとやったのか。いつものゼノンなら難なく捌ける程度の攻撃だったのだろう。たまたま対処できたけど、僕は剣の扱いに関してはド素人なんだぞ。
「ちょうどいいや。ゼノンの鍛錬に付き合ってあげてよ、ベニート」
「は?」
「ええっ!?」
ディノの提案に、ベニートは眉間に皺を寄せて拒否の姿勢を取った。いきなり背後から攻撃してくる奴なんか僕も御免だが、剣を習わないとみんなの役に立てない。構えていた木剣を下ろし、頭を下げる。
「お、お願いします、ベニートさん」
ベニートは「めんどくさい」と背を向け、持っていた鍛錬用の木剣を放り投げた。頭を下げて頼んでいるのに全く取り合ってくれない不遜な態度に、少しだけ怒りを覚えた。しかし、今の僕ではベニートにひと泡ふかせることすらできない。
「そう言わず、少しだけでも」
地面に落ちた木剣を拾い上げ、ベニートへと差し出す。その際、相手に向けたのは柄ではなく剣先。刃のない木剣とはいえ、相当失礼な行為だ。不機嫌そうに眉をしかめたベニートは小さく舌打ちをした。切れ長の目に睨まれるが、僕は敢えて平然とした態度で微笑み返した。
「……フン、いいだろう。少しだけ付き合ってやる」
「ありがとうございます」
思った通り、ベニートは挑発に乗ってくれた。
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