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七つの記憶
第55話:誰かの記憶 5
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どこだろう、ここ。
千景ちゃんのおうちみたいな立派な日本家屋だ。出入りする人の服装が着物だったり洋服だったりする。いつの時代だろう。
あっ分かった!
また夢見てるんだ、あたし。
『兄さま、見て見て! お花!!』
『おや、もう桜草が咲く時期になったんだね』
『町外れの野原で摘んできたの。キレイでしょ』
『うん、とても綺麗だ。嬉しいよ』
お屋敷の片隅にある和室。
庭から縁側に上がり込んだ十歳くらいの女の子が、部屋の奥にいる男の人に向かって話し掛けている。靴を脱ぐのがもどかしいのか、足を付けないように膝を付き、手にしたピンクの花を差し出している。
男の人が近付き、それを受け取ろうとした時。
『これ、アンタはまた手も洗わずに! 坊っちゃまに何かあったらどうするんだい!』
『わあっ母さま! ごめんなさい!』
声を聞いて駆け付けた母親らしき女の人に叱られ、女の子は慌てて走って逃げた。縁側には桜草が散らばっている。
『お邪魔をして申し訳ありません。あの子ったら、幾つになっても落ち着きがなくて』
『元気があっていいじゃないか。私は構わないよ。あと、坊っちゃまなんて呼ばなくていい。貴女も父の奥さんなんだから』
『……いえ、そういうわけには。失礼します』
女の人が落ちた桜草を拾い集め、立ち去ろうとするのを後ろから呼び止める。
『あの子が私のために持ってきてくれたものだ。部屋に飾りたい』
『……、……わかりました』
おお?
なんだか複雑な家庭環境っぽい。
兄妹だけど、お母さんが違うのかな。『貴女も父の奥さん』てことは他にもいるのか。
エッ、日本って一夫多妻だっけ???
男の人は桜草が飾られた小さな花瓶を机の片隅に置き、撫でるように指先で花弁に触れた。そして、目の前にある窓から外を眺める。広い庭はあるが、ここからは枯れ木や垣根しか見えない。女の子の持ってきた花だけが鮮やかな色をしていた。
男の人は二十代半ばくらいで身体は細く、眼鏡をかけている。書生さんみたいな格好だ。机の上にはたくさんの本が積まれていた。
さっきの話だと、たぶん身体が弱いんだろう。外見といい穏やかそうな性格といい、なんだかお兄ちゃんに似てる。
『兄さん、まだ生きてたんだ』
『お陰様でね』
『病弱なクセにしぶといなあ。兄さんがいると俺が跡目を継げないんだよ。さっさとくたばってほしいもんだ』
『ちい兄さま、兄さまに酷いこと言わないで!』
『五月蝿えなァ、妾の子の分際で!』
『やめろ、小さな子に手をあげるな!』
ちい兄さまと呼ばれる二十歳くらいの男の人が現れた。多分弟なんだろう。兄さまと呼ばれる男の人よりずっと身体が大きくて強そうな人だ。実の兄を邪魔者扱いして、腹違いとはいえ年の離れた妹を殴ろうとした。
揉み合って争っているうちに兄の方が突然胸を押さえて苦しみだした。気持ちが昂りすぎて発作が起きたんだ!
『ハハッ! そのまま死んじまえ!!』
弟は捨て台詞を残して部屋から出て行った。
『兄さま、兄さま、だいじょうぶ!?』
弟の心無い言葉。
胸の苦しみ。
長子の重圧。
我が身の不甲斐なさ。
これまでの色んな思いが爆発したんだろう。
『……煩い、あっちへ行け』
普段なら絶対に言わないであろう言葉を女の子にぶつけた。女の子は酷く傷付いた顔をして、その場から逃げるように走り去った。
後に一人残された男の人は、争う声に気付いた使用人たちが駆け付けてくるまで畳に臥していた。
次の日、女の子は町外れの野原で野犬に襲われて亡くなった。たくさんの春の花を抱え、落とさないように抱き締めたまま。
報せを受け、男の人は顔色を失った。
誰のために花を摘んでいたのか悟ったからだ。
『間違いで出来た子どもが片付いて清々したぜ。この機に妾も叩き出してやる。そしたら我が家のお荷物も減るってモンよ』
野犬は何者かが故意に放ったものだと調べがついている。それが誰の仕業なのか今のひと言で完全に理解した。
鼻歌交じりで嗤う弟の胸倉を掴み、思い切り殴り付けた。暴力を振るう兄は初めてだったのか、弟はしばらく呆然とした後で我に返った。
しかし、目を合わせた途端に動きを止めた。
『退がれ。次の当主は私だ。おまえには人の上に立つ資格はないよ』
『……ッ!』
静かに凄まれ、弟は退散した。
その後、ずるずるとその場にへたり込み、男の人は両手で顔を覆った。
『人の上に立つ資格がないのは私の方だ……!』
泣きながら目が覚めた。
すぐにお兄ちゃんの部屋に行って抱き着くと、困ったように笑いながら頭を撫でてくれた。
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