107 / 118
107話・身支度
しおりを挟む孤児院を辞した後、大通りから一本奥に入ったところに建つ宿屋に部屋を取った。これまで泊まっていた冒険者向きの宿屋とは比べ物にならないくらい立派な造りだ。ついつい宿代の心配をしてしまうのは僕が貧乏性だからだろうか。
食事とお風呂を済ませ、あとは寝るだけの状態でベッドに寝転がり、今後の予定を話し合う。
「明日はまず中心街へ行く」
「?貴族街ではないんですか」
「実家に行く前に支度をする。友人に頼んであるから安心してくれ」
僕たちの格好は頭の先から爪先まで冒険者仕様。このまま出入りしたら悪目立ちをしてしまう。訪問先に合わせて見た目だけでも整える必要があるのは理解できる。
「じゃあ僕はお留守番で……」
「ダメだ。君にも一緒に来てもらう」
「えええ」
今は家を出ているとはいえ、マーセナー家はゼルドさんの生まれ育った家。ゼルドさんには慣れた場所でも、僕にとってはそうじゃない。僕は田舎生まれの孤児院育ち、生粋の平民なのだ。貴族様のお屋敷に足を踏み入れるなんて畏れ多い。
「私の甥の顔が見たくはないか」
「うっ……」
それは見たい。
赤ちゃん絶対可愛いもん。
「でも、僕なんかが」
「君と片時も離れたくない」
「うう……」
そんな風に言われたら何も拒めなくなると分かっていてやっているのかもしれない。
ゼルドさんは仰向けに転がる僕に覆いかぶさり、両手で頬を固定して軽いキスを繰り返した。間近に見える彼の瞳には僕に対する愛情しか映ってなくて、喜びで胸がきゅうと苦しくなった。
ちょっと良い宿屋なだけあって壁は厚く、音が漏れにくい造りをしているようだった。だからここを選んだんだな、と妙に納得する。
服の合わせ部分から大きな手のひらが差し込まれ、平らな胸や腹を撫でていく。その間もゼルドさんは僕の口内を貪るように深く口付けている。
「んっ……」
ゼルドさんとの行為にも慣れてきた。無理強いされたことはない。コレは単なる性欲処理ではなく、愛を確かめるための手段だ。優しく抱かれるたびに大事にされていると実感するし、ずっとこうしていたいとも思う。
でも、頭の片隅はいつも冷えていて、どんなに抱き合っても温まることはない。
「ライルくん、愛している」
「……僕も」
互いの気持ちに嘘はないと分かっているのに、まだ不安が付きまとう。同じ言葉を返すふりをして、僕はゼルドさんの唇で自分の唇を塞いだ。
毎日のように愛されて、更に大事な剣を預けてもらえば安心できると思っていたのに。
翌日、昼食を済ませた後に中心街へと向かった。
孤児院や宿屋がある場所は王都の外側にある商業エリアで、中心街はその内側にある住宅が建ち並ぶエリアだ。
「騎士時代の友人の家だ。気負う必要はない」
「そう言われても」
騎士団に入る資格があるのは貴族の跡取り以外の男子。つまり、これから訪ねるゼルドさんの友人も貴族ということだ。気負わず話せるはずがない。
僕の背よりやや低いくらいの生け垣に囲まれた庭付きの大きな家が目的の友人宅だ。蔦の絡んだアーチを潜って庭へと足を踏み入れる。貴族のお屋敷というより裕福な商家といった感じだ。僕はゼルドさんの後ろについていった。
「よく来たゼルディス」
「すまん、世話になる」
「遠慮するな、我が友よ!」
出迎えてくれたのはゼルドさんと同い年くらいの体格の良い男の人だった。短く刈られた髪とあご髭、自信に満ちた表情。彼はゼルドさんとの再会をひとしきり喜んだ後、後ろに立つ僕に気付いた。
「そちらの青年がスルトの……」
「は、はじめまして。ライルと申します」
慌てて頭を下げて挨拶すると、友人は見るからに悲しそうな表情になった。驚いてゼルドさんの袖を掴み、一歩下がる。
「初対面ではないんだぞ。俺も十年前スルトにいたんだからな」
「えっ、そうなんですか」
「そうとも。まだ小さかった君を木の上から降ろしたのは俺だよ」
そう言って彼は高いところから子どもを降ろす真似をして見せた。当時スルトに駆けつけてくれた騎士のほとんどが同じ鎧、同じ兜を身に付けていたため個人の見分けは不可能だし、十年前のことだから本当に覚えていない。
「俺はバルネアだ。よろしく」
ゼルドさんの友人、バルネア様は僕たちを奥へと通してくれた。ここは彼の家で、奥さんと一緒に住んでいるという。
「昨日連絡貰ってから色々用意しといたぞ」
どうやら王都に着いてから連絡を入れておいたらしい。全然知らなかった。
案内された客間のテーブルとソファーの上には所狭しと衣服が並べられていた。上等な生地で作られたシャツ、ズボン、靴まである。そして、そのど真ん中で長い髪を編み上げにした活発そうな女性が待ち構えていた。
「早速お洋服を合わせましょうか!」
茫然としていると、彼女は僕の手を引き、服の前に立たせた。端から一着ずつ広げて僕の身体に当てていく。
「カミさんが張り切っててな。丈が合わなきゃその場で直すから安心してくれ」
「は、はあ」
どうやら彼女はバルネア様の奥さんで、僕の服を見立ててくれるらしい。服の良し悪しなどまるで分からないので、黙ってお任せすることにした。
ゼルドさんはバルネア様と何やら話し込んでいて、時おり僕のほうに笑顔を向けてくれた。
「ズボンの丈は大丈夫そうね。袖を少し詰めるくらいでいいかしら」
「そのままでも良いのでは……」
「だーめ。ぴったり合わせないと見栄えが悪くなってしまうわ。わたしに任せてちょうだい!」
「は、はいぃ」
奥さんはその場でシャツの直しを始めた。手際の良い作業を隣に座って見守る。テーブルに置かれた立派な裁縫道具といい迷いのない手付きといい、本職の針子さんなのかもしれない。
彼女は作業しながらバルネア様との馴れ初めを教えてくれた。王都や近郊の街に複数店舗を展開している服飾店の一人娘で、大恋愛の末に結婚したのだという。バルネア様は現在も騎士団に所属しているらしい。
話している間も手は正確に作業を進めている。鮮やかな手付きに見惚れているうちに作業は終わった。
仕上がった服を着て、すぐ出掛けることになった。僕が着替えている間にゼルドさんも支度を終えている。
いつもの装備ではなく、細部まで糊の効いたシャツにタイを締め、ジャケットまで羽織り、髪はきっちり後ろに撫でつけている。
「ゼルドさん、カッコいい」
「ライルくんも似合っている」
見立ててもらった服はスタンドカラーのシャツに丈の短いベスト、細身のズボン。こんなに仕立ての良い服を着たのは初めてで落ち着かない気持ちになった。
最後に奥さんが僕の首にループタイを締めてくれた。刻印入りの綺麗な留め具が目を引く。
「おまえたちの装備はウチで預かっておく。うまくやれよ」
「帰りにまた寄ってね~」
「?ありがとうございます」
うまくやれ、とはどういう意味だろう。
バルネア様たちに見送られ、僕たちは家の前に迎えに来ていた四頭引きの馬車で貴族街へと向かった。
77
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
寄るな。触るな。近付くな。
きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。
頭を打って?
病気で生死を彷徨って?
いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。
見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。
シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。
しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。
ーーーーーーーーーーー
初めての投稿です。
結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。
※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
