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106話・孤児院
しおりを挟むオクトを出立してから約十日、ほぼ予定通りに王都に到着した。開け放たれた城門から中に入ると、綺麗な街並みが広がっている。様々な品が並ぶ屋台が通りの両端で店を開き、威勢のいい呼び込みがあちらこちらから聞こえてきた。
二年前、この城門を潜って王都を去った時は絶望しかなかった。タバクさんから裏切られ、身ひとつで飛び出したのだ。辛い目に遭ったけど、その先で良い出逢いもあった。
ちらりと隣を見れば、ゼルドさんも懐かしそうに通りを眺めている。彼が王都に帰ってきたのは三年振りだという。もしかしたら、孤児院で過ごしていた頃にどこかですれ違っていたかもしれない。
「孤児院に挨拶に行こう」
「ご実家は?」
「後でいい」
僕の先導で王都を歩く。賑やかな通りを過ぎ、静かな住宅街に差し掛かったところで足を止める。周りの家とは違う、古びた大きな建物が孤児院だ。
門扉を開けて入ると、庭の木には縄が張られ、たくさんの洗濯物が干されている。風にはためくシーツの向こうに懐かしい姿を見つけ、思わず駆け寄った。
「院長先生っ」
「あら、まあ、ライル!」
年配の、少しぽっちゃりとした眼鏡の女性が王都の孤児院の院長先生。やや腰が曲がり、シワも増えているけれど、優しい笑顔は記憶のままだ。
「お手紙が届いてから、今か今かと楽しみにしていたのよ。またあなたに会えて嬉しいわ」
「僕も嬉しいです、お元気そうで良かった」
オクトを発つ前に手紙を送っておいたこともあり、院長先生は僕たちの来訪を心待ちにしてくれていた。
「後ろの方がお仲間の冒険者さんね?」
「はい、えーと」
「冒険者のゼルドと申します。お会いできて光栄です」
ゼルドさんはスッと前に進み出て、胸に手を当てながら軽く頭を下げた。丁寧な挨拶に、院長先生は感嘆の息を漏らし、嬉しそうに微笑む。
「まあぁ、お手紙に書いてあった通りの紳士的な御方だわ!とても強くて優しいんですってね」
「恐縮です」
背の高いゼルドさんを見上げて微笑む院長先生。怯えたり警戒することもないのは、僕と組んでいると知っているからだけではない。きっとゼルドさんの本質を見抜いているのだろう。
「さ、どうぞ中へ。お話を聞かせてほしいわ」
「ありがとうございます」
院長先生に招かれて、僕たちは孤児院の建物へと入った。
廊下ですれ違う子どもたちはみなお客様の前だからか大人しい。二年の間に知らない顔が増えている。中には僕を覚えていてくれた子もいたけれど、隣を歩くゼルドさんが怖くて声を掛けられない様子だった。
奥にある応接室に通され、ソファーに並んで腰を下ろす。院長先生はパタパタと慌ただしくお茶とお菓子を用意してから向かいに座った。
「お友だちとは無事に会えたのよね?」
「はい、おかげさまで」
「あなた、ずっと気に掛けていたもの。……諦めなくて良かったわね」
「はいっ」
孤児院にいる間、僕はダールとの再会だけを心の拠り所にしていた。それを知っているからこそ院長先生は僕の話をうんうんと頷きながら聞いてくれた。
タバクさんのことや怪我を負ったことは伏せ、オクトで過ごした日々の話をした。
「それで、手紙にも書いたんですけど、僕は今ゼルドさんの支援役をしていて、これからも二人で活動していくつもりです」
ゼルドさんには事前に『交際のことは内緒で』と言い含めてある。院長先生は高齢だし、びっくりさせたら倒れてしまう。それでも、共に生きていく相手なのだと紹介したかった。
「そう、良い方と出会えたのね」
「……はいっ」
僕とゼルドさんを交互に見て、院長先生は穏やかに微笑んだ。もしかしたら、全てお見通しなのかもしれない。
「ライルくんは努力家で気遣いも細やかで、いつも私を支えてくれております。彼が誰からも好かれるのは、ここで先生がたに大事に育てていただいたからでしょう」
ゼルドさんの言葉に感激して、院長先生は僕が孤児院にお世話になっていた頃のことを話し始めた。十年前に初めて顔合わせした時や日々の些細なこと。聞いている僕が驚くくらい覚えていてくれた。
仕送りしたお金で孤児院の子どもたちに新しい服を買ったことも報告され、少しだけ誇らしい気持ちになったりもした。
話し込んでいるうちに日が傾いてきた。孤児院は夕食の支度やら何やらで忙しくなる時間帯だ。
帰り際、門の外まで見送りに出てくれた院長先生があたたかくて柔らかい両の手のひらで僕の手を包み込み、眼鏡の奥の目を細めて微笑んだ。やや垂れた目尻に光る涙を見つけ、つられて涙目になる。
「卒院した後も、あなたはずっとわたしの可愛い子よ。元気な顔を見せに来てくれてありがとう、ライル。嬉しかったわ」
院長先生の言葉に、僕は堪えきれずに泣いてしまった。また来ることを約束してから、ゼルドさんと共に孤児院を辞した。
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