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102話・ふたつの別れ

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 僕たちより先にダールがオクトをつことになった。

「ダールさん、行っちゃうんすか!」
「さみしーです!連れてってくださいよ!」

 若い二人組はすっかりダールに懐いていて、泣きながら別れを惜しんでいた。その勢いに押され、僕はちょっと離れた場所で見守っている。

「うるせー!おまえらみてーな弱っちいヤツ連れていけるか!」
「そ、そんなぁ」

 すがりつく二人を足蹴にしつつ、ダールはふんぞり返った。

「今度オレが来るまでに第四階層のモンスターに一撃で勝てるよーになっとけ!そしたら考えてやらぁ!」
「ほ、ホントっすか!」
「絶対っすよ!」

 口約束とはいえ、ダールがここまで言うなんて珍しい。なんだかんだで純粋に慕ってくれる二人を気に入っているんだろう。
 もしかしたら、次に会う時は三人でパーティーを組んで活動しているかもしれない。

「ライル」
「うん」

 まだ喚く二人を足払いで転ばせてから、ダールがこちらに歩み寄ってきた。その表情は明るく、別れの悲壮感はまるでない。今生の別れではないのだから、僕も泣かない。

「元気でな」
「うん、ダールも」

 短く言葉を交わし、軽くハグをする。
 身体を離す間際、首から下げた紐の先を見せた。先日ダンジョン探索中に貰ったスルトの家の合鍵だ。これが僕たちを繋ぐ証。

「じゃあなー!」

 他の冒険者たちにも見送られ、ダールは街道を駆けていった。

「騒がしい奴だが、いなくなると寂しいものだ」
「そうですね。ダールが来てからずっと賑やかでしたから」

 宿屋の部屋に戻り、荷造りをしながらポツポツと言葉を交わす。明日には僕たちもオクトを発つ予定だ。出立が早朝のため、既に知り合いとの別れは済ませている。

「……この部屋に泊まるのも今夜で最後かぁ」

 ベッドふたつと窓際に小さな机と丸椅子があるだけの簡素な部屋。窓を開け放てば、心地良い風が通りの騒めきを運んできた。
 ゼルドさんと組んでからずっと借りていて、思い出がたくさん詰まっている。

「また二人で来よう」
「はい」

 町の景色を目に焼き付けるように眺めながら、隣に立つゼルドさんの腕に手を回して抱きしめた。







 地平線がわずかに白んだくらいの時間に荷物を担いで部屋を出る。宿屋の女将さんに鍵を返すと「またおいで!」と背中を叩き、笑顔で送り出してくれた。

 薄暗い通りはまだ人の往来もなく、静かなものだった。
 宿屋の前には一台の馬車が待機していた。まだ体力が回復しきっていない僕のため、次の町まで乗合馬車を利用して移動するのだ。他の客はおらず、今のところ僕たちだけの貸し切りみたい。

「ライルくん、気をつけてね」
「ライル~、もう怪我すんなよ~」

 早朝だというのに、マージさんとアルマさんがわざわざ見送りに来てくれた。二人からハグをされる。

「マージさん、落ち着いたら手紙書きますね」
「ええ。楽しみに待っているわ」
「ゼルドさんと組むように勧めてくれたこと、本当に感謝してます」
「うふふ、まさかお付き合いするとは思わなかったけどね」

 僕の後ろに立つゼルドさんをちらりと見て、マージさんはニッコリ笑った。

「アルマさん、片付け……」
「みなまで言うな!ライルがいるから甘えてたんだ。これからは自分で頑張るよ~」
「じゃあ抜き打ちで見に来ようかな」
「絶っっ対だぞ~?また来いよ~!」

 アルマさんは僕の頭を抱えて撫で回している。胸が顔に当たってるんだけどいいんだろうか。

 メーゲンさんはギルドの建物の前で仁王立ちしたまま動かない。よく見れば、ぷるぷると小刻みに震えながら歯を食いしばっていて、何かを必死に堪えているようだった。

「今までお世話になりました」

 そばに歩み寄り、深々と頭を下げる。

「あの時メーゲンさんに助けてもらったおかげで、いま僕は幸せです。本当にありがとうございました」
「~~っ!」

 笑顔でお礼を言うと、メーゲンさんの涙腺が崩壊した。ぼろぼろと涙を流し、嗚咽を漏らしている。さっきの怖い顔は涙を堪えていたからか、と妙に納得してしまった。強面だけど情に厚くて面倒見が良くて、本当に優しい人なのだ。

「げっ、元気でな!」
「はいっ」

 それだけ言うと、メーゲンさんは泣き崩れてしまった。マージさんとアルマさんが両脇を支え、なんとか立たせている。

「メーゲンったら、娘を嫁に出したわけじゃあるまいし、そんなに泣かないでよ」
「娘どころか結婚すらしてないクセにな~」
「ほっとけ!俺ァ繊細なんだよ!」

 僕たちが乗った馬車が見えなくなるまで、三人はずっと手を振ってくれた。

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