95 / 118
95話・秘めた思惑
しおりを挟む第四階層からの帰還は職人さんたちと一緒に徒歩での移動となる。段差があるため大きな荷車などは使えず、みんなで分担して担ぐ。持参した建築用の資材はほとんど使用したので、帰りの荷物は工具や拠点用の物資が主だ。
荷物運びができない代わりに、僕は帰り道の案内役を買って出た。特に第三階層は迷いやすい作りをしている。ほとんどの冒険者が探索に行き詰まる理由はこれだ。
「ライルさん、なんで道が分かるんすか」
「そーそー。俺らにはどこも同じに見えるっす」
左右に陣取った若い冒険者二人組に尋ねられ、少し考えてから答える。
「通った道を覚えて地図を作ってるんだよ」
「えっ、紙に描いたりはしてないっすよね?」
「歩きながら頭の中で」
「「え~っ!?」」
二人は驚愕の声を上げた。
「ゼルドさんがモンスターを一撃で倒してくれるから、逃げて迷ったりすることがないから道を覚えやすいんだよね」
「ああ~、そりゃ真似できないっす」
「俺らすぐ逃げるもんね~」
会敵するたびに逃げ回っていたら元来た道すら分からずに迷子になってしまう。頭の中で地図を作る以前の問題だ。
「ダールはどうやって道を覚えてるの?」
斜め後方を歩くダールに声を掛けると、彼は首を傾げて「勘?」と答えた。野生児の意見は参考にならず、二人組は苦笑いを浮かべている。
「ゼルドのオッサンは?」
今度はダールがゼルドさんに話を振った。
「ライルくんと組んでからは任せきりで、私は特に何も考えてなかった」
これまた全く参考にならず、周りで聞き耳を立てていた冒険者たちもガッカリした様子だった。
せっかく第四階層の大穴に橋がかかったのだ。いつまでも第三階層で迷っていたらもったいない。渡る者が少ないと、苦労して橋をかけた甲斐がない。
「なにか目印とかあったらいいのかな」
壁に塗料で矢印を描くとか看板を立てるとか、正しい道へと案内する方法は色々ある。
しかし、ゼルドさんはそれを良しとしなかった。
「実力を伴わない者がうっかり足を踏み入れては命に関わる。何度も挑戦すれば自ずと先に進めるようになるだろう」
戦ってきた場数が多いからこそ出た言葉に、誰しも納得したように息を漏らした。
でも、さっき「何も考えてなかった」って言ってたよね。多分みんなに良いところを見せたいのだろう。
久しぶりにダンジョンに潜って身体を動かしたからか、鬱々とした心が少し軽くなった気がした。帰りの道案内だけでも役に立てたからかもしれない。
ダールの指摘通り、僕は怪我を負って閉じこもっているうちに気持ちが沈んでしまっていたみたいだ。不安はまだ残っているけれど、悩んだって仕方がない。
なるようにしかならないんだから。
みんなでダンジョンを抜け、オクトの町に帰還し、マージさんに報告してから解散となった。特に大きなトラブルもなく、護衛の冒険者が数名軽い怪我を負った程度で済んだ。あとは半年ごとに橋の保守点検をしに行くんだとか。
これから職人さんたちを交え、酒場で打ち上げをするらしい。ダールは嬉々として参加し、僕とゼルドさんは辞退して宿屋へと戻った。
女将さんに湯を頼んでから二階に上がり、荷物を置いてひと息つく。ゼルドさんは僕を膝の上に座らせ、後ろから抱きかかえた。服の上から脇腹の傷がある辺りをそっと撫でられる。
「傷はどうだ。痛みはないか」
「今回けっこう歩きましたけど大丈夫でしたよ。走るのはまだ無理そうですけど」
「そうか、良かった」
もう包帯は取れている。動いても痛みはなかった。あとは体力を回復させるだけだ。
「久々のダンジョンはどうだった?」
「あんなにたくさんの人たちと過ごしたの初めてで、すごく楽しかったです」
「そうだな、私もだ」
現場にいたのは冒険者と職人さん合わせて三十名ほど。これまでダンジョン内では他の冒険者との遭遇自体ほとんどなく、特に第四階層ではゼルドさんと二人きりだった。だから、大勢でワイワイ過ごした経験は今回が初めてだった。
「あの、」
少しためらってから、口を開く。
「実はちょっと自信をなくしてたんです。怪我をしてから思うように動けなくなって」
ゼルドさんは僕の身体に回した腕の力を少し強くした。黙っているけれど、ちゃんと話を聞いてくれている。
「何度か弱音をこぼしたら、ダールが慰めてくれて。怪我をしたせいで気分が沈んでるんだろうって。それで少し楽になりました」
ダールの名前を出した時、ゼルドさんがぴくりと反応を示した。背後から溜め息が聞こえ、肩に彼の頭が乗せられた。
「……君は私の前ではいつも笑顔だったから、そんなに気落ちしていたとは思わなかった」
「ゼルドさんに心配かけたくなかったんです」
僕が泣き言を漏らせば、ゼルドさんは必ず優しい言葉をかけてくれる。守ってくれる。分かっているからこそ言えなかった。ただでさえも心配と迷惑をかけたのだから、これ以上煩わせたくなかった。
「僕、あの子たちが羨ましかったんです」
ゼルドさんと親しげに話す姿を見て疎外感を覚えた。共にモンスターを狩りに行ける彼らを羨ましく思った。
「だから剣を習いたい、と?」
「ずっと前から考えていたんですよ」
これまでも「自衛できるようになりたい」と漠然と考えていたけれど、今回の件で自分の弱さを痛感した。腕っぷしだけじゃない、精神的な弱さだ。ダールやゼルドさんがどっしりと構えていられるのは、自分に自信があるから。今の僕では隣に並べない。
「ゼルドさんの隣に堂々と立ちたいんです」
「……わかった」
僕の決意を聞き、ゼルドさんは剣の稽古をつけると約束してくれた。
22
お気に入りに追加
1,041
あなたにおすすめの小説
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います
たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか?
そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。
ほのぼのまったり進行です。
他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。
触れるな危険
紀村 紀壱
BL
傭兵を引退しギルドの受付をするギィドには最近、頭を悩ます来訪者がいた。
毛皮屋という通り名の、腕の立つ若い傭兵シャルトー、彼はその通り名の通り、毛皮好きで。そして何をとち狂ったのか。
「ねえ、頭(髪)触らせてヨ」「断る。帰れ」「や~、あんたの髪、なんでこんなに短いのにチクチクしないで柔らかいの」「だから触るなってんだろうが……!」
俺様青年攻め×厳つ目なおっさん受けで、罵り愛でどつき愛なお話。
バイオレンスはありません。ゆるゆるまったり設定です。
15話にて本編(なれそめ)が完結。
その後の話やら番外編やらをたまにのんびり公開中。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
【完結】おじさんはΩである
藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ
門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。
何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。
今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。
治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。
メランコリック・ハートビート
おしゃべりマドレーヌ
BL
【幼い頃から一途に受けを好きな騎士団団長】×【頭が良すぎて周りに嫌われてる第二王子】
------------------------------------------------------
『王様、それでは、褒章として、我が伴侶にエレノア様をください!』
あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。
-------------------------------------------------------
第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。
幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる