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95話・秘めた思惑

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 第四階層からの帰還は職人さんたちと一緒に徒歩での移動となる。段差があるため大きな荷車などは使えず、みんなで分担して担ぐ。持参した建築用の資材はほとんど使用したので、帰りの荷物は工具や拠点用の物資が主だ。

 荷物運びができない代わりに、僕は帰り道の案内役を買って出た。特に第三階層は迷いやすい作りをしている。ほとんどの冒険者が探索に行き詰まる理由はこれだ。

「ライルさん、なんで道が分かるんすか」
「そーそー。俺らにはどこも同じに見えるっす」

 左右に陣取った若い冒険者二人組に尋ねられ、少し考えてから答える。

「通った道を覚えて地図を作ってるんだよ」
「えっ、紙に描いたりはしてないっすよね?」
「歩きながら頭の中で」
「「え~っ!?」」

 二人は驚愕の声を上げた。

「ゼルドさんがモンスターを一撃で倒してくれるから、逃げて迷ったりすることがないから道を覚えやすいんだよね」
「ああ~、そりゃ真似できないっす」
「俺らすぐ逃げるもんね~」

 会敵するたびに逃げ回っていたら元来た道すら分からずに迷子になってしまう。頭の中で地図を作る以前の問題だ。

「ダールはどうやって道を覚えてるの?」

 斜め後方を歩くダールに声を掛けると、彼は首を傾げて「勘?」と答えた。野生児の意見は参考にならず、二人組は苦笑いを浮かべている。

「ゼルドのオッサンは?」

 今度はダールがゼルドさんに話を振った。

「ライルくんと組んでからは任せきりで、私は特に何も考えてなかった」

 これまた全く参考にならず、周りで聞き耳を立てていた冒険者たちもガッカリした様子だった。

 せっかく第四階層の大穴に橋がかかったのだ。いつまでも第三階層で迷っていたらもったいない。渡る者が少ないと、苦労して橋をかけた甲斐がない。

「なにか目印とかあったらいいのかな」

 壁に塗料で矢印を描くとか看板を立てるとか、正しい道へと案内する方法は色々ある。
 しかし、ゼルドさんはそれを良しとしなかった。

「実力を伴わない者がうっかり足を踏み入れては命に関わる。何度も挑戦すれば自ずと先に進めるようになるだろう」

 戦ってきた場数が多いからこそ出た言葉に、誰しも納得したように息を漏らした。
 でも、さっき「何も考えてなかった」って言ってたよね。多分みんなに良いところを見せたいのだろう。

 久しぶりにダンジョンに潜って身体を動かしたからか、鬱々とした心が少し軽くなった気がした。帰りの道案内だけでも役に立てたからかもしれない。

 ダールの指摘通り、僕は怪我を負って閉じこもっているうちに気持ちが沈んでしまっていたみたいだ。不安はまだ残っているけれど、悩んだって仕方がない。
 なるようにしかならないんだから。






 みんなでダンジョンを抜け、オクトの町に帰還し、マージさんに報告してから解散となった。特に大きなトラブルもなく、護衛の冒険者が数名軽い怪我を負った程度で済んだ。あとは半年ごとに橋の保守点検をしに行くんだとか。

 これから職人さんたちを交え、酒場で打ち上げをするらしい。ダールは嬉々として参加し、僕とゼルドさんは辞退して宿屋へと戻った。

 女将さんに湯を頼んでから二階に上がり、荷物を置いてひと息つく。ゼルドさんは僕を膝の上に座らせ、後ろから抱きかかえた。服の上から脇腹の傷がある辺りをそっと撫でられる。

「傷はどうだ。痛みはないか」
「今回けっこう歩きましたけど大丈夫でしたよ。走るのはまだ無理そうですけど」
「そうか、良かった」

 もう包帯は取れている。動いても痛みはなかった。あとは体力を回復させるだけだ。

「久々のダンジョンはどうだった?」
「あんなにたくさんの人たちと過ごしたの初めてで、すごく楽しかったです」
「そうだな、私もだ」

 現場にいたのは冒険者と職人さん合わせて三十名ほど。これまでダンジョン内では他の冒険者との遭遇自体ほとんどなく、特に第四階層ではゼルドさんと二人きりだった。だから、大勢でワイワイ過ごした経験は今回が初めてだった。

「あの、」

 少しためらってから、口を開く。

「実はちょっと自信をなくしてたんです。怪我をしてから思うように動けなくなって」

 ゼルドさんは僕の身体に回した腕の力を少し強くした。黙っているけれど、ちゃんと話を聞いてくれている。

「何度か弱音をこぼしたら、ダールが慰めてくれて。怪我をしたせいで気分が沈んでるんだろうって。それで少し楽になりました」

 ダールの名前を出した時、ゼルドさんがぴくりと反応を示した。背後から溜め息が聞こえ、肩に彼の頭が乗せられた。

「……君は私の前ではいつも笑顔だったから、そんなに気落ちしていたとは思わなかった」
「ゼルドさんに心配かけたくなかったんです」

 僕が泣き言を漏らせば、ゼルドさんは必ず優しい言葉をかけてくれる。守ってくれる。分かっているからこそ言えなかった。ただでさえも心配と迷惑をかけたのだから、これ以上煩わせたくなかった。

「僕、あの子たちが羨ましかったんです」

 ゼルドさんと親しげに話す姿を見て疎外感を覚えた。共にモンスターを狩りに行ける彼らを羨ましく思った。

「だから剣を習いたい、と?」
「ずっと前から考えていたんですよ」

 これまでも「自衛できるようになりたい」と漠然と考えていたけれど、今回の件で自分の弱さを痛感した。腕っぷしだけじゃない、精神的な弱さだ。ダールやゼルドさんがどっしりと構えていられるのは、自分に自信があるから。今の僕では隣に並べない。

「ゼルドさんの隣に堂々と立ちたいんです」
「……わかった」

 僕の決意を聞き、ゼルドさんは剣の稽古をつけると約束してくれた。
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