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94話・架け橋
しおりを挟むしばらくして、モンスターを倒しに行っていたゼルドさんが戻ってきた。
同行した若い冒険者二人組は疲れ果てた様子で休憩所に倒れ込んでしまったので、慌てて水を差し出して介抱する。
「ゼルドさん、無理させ過ぎじゃないですか」
彼らが眠ったのを確認してから小さな声で咎めると、ゼルドさんはフッと笑った。
「彼らが希望したことだ。私がついている間に少しでも経験を積みたい、と」
駆け出しとはいえ、彼らも冒険者だ。強くなりたくて当たり前。特に今は、自分たちだけでは到達できない第四階層。強い先輩冒険者の付き添いがあれば安心して無茶ができる。
「私の手助け無しで一匹倒した。かなり時間がかかったが、第四階層のモンスターに勝てるのなら見込みはある」
ゼルドさんは彼らに期待しているようだった。
無意識のうちに『守るべき存在』だと思い込んでいたけれど、彼らは自分で戦うと覚悟を決めて冒険者になったのだ。その時点で支援役の僕より強い。
「僕にも剣を教えてくれませんか?」
「ライルくんに?」
驚いたゼルドさんが僕を見た。
単なる思い付きではない。前々から考えていたことだ。僕が戦えればゼルドさんの負担が減らせる。モンスターが倒せなくても、少し時間を稼ぐくらいできるようになりたい。
「君は今のままでも……」
ゼルドさんにはもう支援が必要ないんだから今のままじゃダメだ。彼がそのことに気付く前に、もっと役に立てるようにならなくては。
「身を守るくらい自分でやりたいんです」
騙され、襲われたのは僕が弱いから。
強くなれば舐められることもなくなる。
でも、ゼルドさんは頷いてくれなかった。
仕上げの工程も終わり、橋が完成した。
組んだ木材を対岸に渡し、後から大穴に土台を作って補強してある。壊されないように、木材にはモンスターが嫌う薬草の汁を染み込ませている。
試しに渡ってみると、木製の橋はわずかに軋む音を立てるだけで少しもグラつくこともなかった。橋の両脇には腰の高さまである手すりも付いていて危険はない。対岸に渡り切るまでわずか数十歩。縄はしごで大穴を行き来していた頃を思えばものすごい進歩だ。
「ダンジョンの中に橋を作っちゃうなんてすごいですね!」
「ああ、これで探索が捗る」
感嘆の声を上げると、ゼルドさんも職人さんたちの頑張りを讃えた。
護衛がついているとはいえ、危険と隣り合わせの場所での作業は気苦労が多いはずなのに予定通りに工事を完了させた。橋の完成はオクトのダンジョンに潜る全ての冒険者にとって非常に有り難いことだ。みな職人さんたちに感謝した。
「橋の完成に立ち会えて良かった。ゼルドさん、連れてきてくれてありがとうございました」
僕のわがままで連れてきてもらったのだ。お礼を言えば、ゼルドさんは笑顔で応えた。
他の冒険者たちも、普段はまだ立ち入ったことのない第四階層で活動して自信をつけたようだ。次からはより奥へと探索できるだろう。
炊き出しで簡単な食事を取ってから撤収となる。以前ダールが狩まくって作った塩漬け肉や燻製があり、それを使った料理やあたたかいスープが用意された。完成したばかりの橋のそばでささやかな宴が開かれ、大いに盛り上がった。
「ゼルドのダンナと話せるようになるとはなァ」
「話してみりゃあ意外と怖くねぇ」
「ちょっとばかし堅苦しいけどな!」
「違いねぇ!」
ガハハと笑う冒険者たちに肩を叩かれ、ゼルドさんは戸惑いながらも嬉しそうに口元をほころばせている。
今回の件で護衛の取りまとめ役を務めたこともあり、随分周りと打ち解けたようだ。これまで見た目と堅い雰囲気から怯えられてばかりだったけれど、もうオクトの冒険者はゼルドさんを恐れて敬遠したりしない。
「ダンナが組んでくれりゃあ俺らも第五階層に行けるんだがな~」
「すまない。私はオクトに長居する予定はないんだ」
パーティーに誘われたゼルドさんはすぐに断ったけれど、冒険者たちは「オクトにいる間だけでも」と食い下がっている。
「オッサン、少しは付き合ってやれよ。そーゆーのは持ちつ持たれつだろ」
「ではダールが行くか?」
「オレはヤダ!ペース乱されんのヤなんだよね」
人には勧めておきながら自分は拒否をするその言い草に、周囲の冒険者たちからどっと笑いが起きた。
橋の工事を通じ、ゼルドさんと他者との間にあった垣根が取り払われた気がした。
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