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92話・久しぶりのダンジョン
しおりを挟むいよいよダンジョンに潜る日がやって来た。
怪我をしてから一ヶ月近く安静にしていて、軽い散歩程度の運動しかしていない。いきなりダンジョンに入って大丈夫なのかと自分でも不安に思う。でも、いつまでもじっとしていられない。
「疲れたり傷が痛む場合はすぐ教えてくれ。決して無理はしないように」
「わかりました」
ゼルドさんから念を押され、マージさんに探索許可を貰ってからオクトの町を出た。ダンジョンまでの道のりである森を歩くのも久しぶりだ。
「大丈夫かライルくん」
「平気です。手ぶらですし」
普段僕が背負っているリュックは今ゼルドさんが担いでくれている。中身は行き帰り用の水と食料、着替え、薬や包帯だ。
「ゼルドさんこそ重くないですか?」
「問題ない。ただ、モンスターと戦う時には荷物を下ろさねばならないが」
僕の役目は戦闘時に荷物の見張りをするくらいだろうか。いや、怪我をしていなかったとしても戦ったりはできないんだけど。
短剣はゼルドさんに取り上げられた。護身用にと渡されておきながら自分を傷付けるような使い方をしたからだ。今の僕は完全な丸腰で、荷物番すら務まらない気がする。
「これからダンジョンに入る。本当に傷は痛まないか?今ならまだすぐ町に戻れるが」
「もう、大丈夫ですから!」
片道十五分、森の中を歩いたくらいで音を上げるようでは支援役復帰なんて夢のまた夢だ。
ゼルドさんから見た僕はどれほどか弱い存在と成り果てているのだろう。心配されているだけだと分かっている。でも、ちょっと悔しい。
ダンジョンに一歩踏み込めばゴツゴツとした岩場となる。町中や森までの道は平坦に踏み固められて歩きやすいけれど、ダンジョンの中はそうはいかない。人工的な造りの第四階層に入るまでは足元にも気を付けなくてはならず、僕は慎重に歩を進めた。
前までは走り抜けていたのに、と気持ちが焦る。
まだ本調子ではない。これから少しずつ体力と以前の感覚を取り戻していくのだ。そう自分に言い聞かせながらゼルドさんの隣を歩く。
不意に、ゼルドさんが立ち止まった。どうしたのかと彼を見上げれば、肩に担いでいた荷物を下ろして僕に目配せをする。
少し離れた岩陰にはモンスターが数匹。ゼルドさんは背中の大剣を抜き、素早く駆けてモンスターに斬りかかった。あっという間に全て倒し、僕の元へと戻ってくる。刃にこびりついたモンスターの血を拭ってから鞘に納め、リュックを担ぎ直し、僕に手を差し伸べた。
「先に進もう」
「……はい」
やはりゼルドさんの聴力は回復している。少なくとも、僕と組み始めた頃よりは確実に。
こまめに休憩を挟みながら早歩きで進み、オクトを出発してから約一日半で第四階層の大穴に到着した。
「うわあ……!」
対岸に向かって木製の橋が伸びている。幅は二人が並んで通れるくらい。まだ完成しておらず、職人さんたちは大穴の底で土台の補強作業をしていた。十数人の冒険者が交代で周囲の警戒にあたっている。
その中で一際目立つ存在がいた。後頭部で結われた長い白髪の冒険者が、倒したモンスターの前で何か作業している。
「ダール!」
「おっ、ライル!」
声をかけると、ダールは笑顔で振り返り、作業を放り出して駆け寄ってきた。
「ホントに来たんだな!大丈夫か?」
「うん。休み休み来たから平気だよ」
「そっか!良かった!」
屈託なく笑うダールの姿に、沈んでいた気持ちが少し浮上する。
「何してたの?」
「モンスターの毛皮剥いでた」
「なんで???」
怖くてそちらを直視できないけど、どうやら単なる解体ではなく毛皮を剥いでいたらしい。
「なんでって……せっかく倒したんだし、落ち着いて作業できる場所がありゃフツー剥ぐだろ?」
ダールの返答に、周りにいた冒険者たちは困惑顔で首を横に振っている。
普通の冒険者はモンスターを倒すだけで精一杯なのだ。腰を据えて作業する余裕なんかない。そもそも、毛皮の剥ぎ方を知らないと思う。素材集めの依頼があっても、大抵は狩ったモンスターをそのまま持ち帰って引き渡している。
ダールは隣国の狩人の村でそういった技術を身に付けたのだろう。「割といい稼ぎになるんだせ」と言いながら再び毛皮を剥ぐ作業に戻っていった。
「ライルくん、あちらに休憩できる場がある。少し休むといい」
「はい、ありがとうございます」
案内されたのは大穴の手前に設置された拠点だった。厚手のシートが敷かれていて、交代で休む冒険者や職人さんが数名いた。
その中の一人が僕たちに気付き、顔を上げた。つられて、隣の冒険者も振り返る。
「ゼルドさん!それにライルさんも!」
「あ、ほんとだ!」
若い冒険者二人組は満面の笑みを向け、こちらに近寄ってきた。
「怪我は大丈夫なんすか?」
「うん、もうほとんど痛みはないよ」
「良かったー!心配してたんすよ!」
彼らは本当に心配してくれていたようで、僕の回復を自分のことみたいに喜んでくれた。
「ゼルドさんってば、ずーっとライルさんのこと気に掛けてたんすよ!」
「そーそー!ライルさんの話題以外だとあんまり返事してくんなくて!」
僕を取り囲んで話しかける二人の頭を、ゼルドさんが軽く叩いた。
「こら。調子に乗り過ぎだ」
「「サーセンっしたァ!」」
勢いよく頭を下げ、二人は舌を出して笑った。
彼らからはゼルドさんに対する怯えは全く感じない。慣れたやり取りに、僕の知らないところで過ごした時間の長さを感じた。
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