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91話・焦燥感
しおりを挟む「そういえば、剣の代金って……」
ゼルドさんのベッドの下に収納されている『対となる剣』が視界に入り、ふと思い出す。
あの日、タバクさんと交渉して金貨百枚で買い取ることになっていたけれど、僕が襲われた騒ぎで有耶無耶となった。結局どうなったのかは聞いていない。
「あの男に金を渡してはいない。それどころではなかったからな」
「そうですか」
ゼルドさんは名前を口にするのも嫌といった様子だ。僕も敢えてタバクさんの名前をださなかった。
タバクさんは裁きを待つ身だ。『対となる剣』を発見した対価を支払ったところでもう自由の身になれないのだから意味はない。
世話になった宿屋の女将さんに迷惑料と部屋の修繕費込みで金貨を数枚渡したという。ベッドは血まみれ、扉は駆けつけたダールが壊したと聞いている。宿屋の損害が補填されたのなら良かった。
そして、第四階層の大穴にかける橋の建設は順調に進んでいるらしい。
「予想よりモンスターの襲撃が少なくてな。大勢が一箇所に固まっているから、あちらも警戒しているのだろう」
半数は戦えない職人なのだが、モンスターには誰が非戦闘員かは分からない。炊き出しの際に匂いにつられて寄ってくる程度で、後は遠巻きに様子を窺っているくらいだという。
「予定通りに終わりそうですか?」
「そうだな。このまま何事もなければ」
「じゃあ、完成する頃に見に行きたいです」
大穴まで行きたいと言うと、ゼルドさんは表情を曇らせた。彼の視線が僕の脇腹に向けられた。
「……ダメですか?」
怪我を負ってからずっと安静にして回復に専念してきた。もう痛みはないし、体力の回復とリハビリを兼ねて何度かダンジョンに潜っておきたい。
僕の気持ちを察してか、ゼルドさんは少し悩んでから了承してくれた。
まだ心配みたいだけど、ずっとこのままでというわけにはいかない。宿屋に引きこもっていては稼ぐことすらできない。
「しばらくダンジョンに潜らずとも生活には困らないが、君と共に活動したいからな。そろそろ少しずつ身体を動かしていこうか」
「はいっ」
その言葉に笑顔で頷く。
まだ僕が必要だと言ってもらえて嬉しい。
「あの二人も君が元気な姿を見せれば喜ぶことだろう」
「若い二人組の彼らですか?」
「ああ。何かにつけて君の話を振ってきてな。君とダールが教えた薬草の知識もしっかり覚えていたよ」
現場にいた数日の間、彼らとは何度も会話をしたらしい。ゼルドさん相手に臆さず話せるようになったのか。僕のお見舞いに来てくれた時に毎回顔を合わせていたし、すっかり慣れたのだろう。
「以前モンスターに追い回されたことが余程怖かったらしくてな。動きがかなり慎重になっていた。あの様子ならすぐ強くなりそうだ」
ゼルドさんは普通に話しかけてくれる相手が増えて喜んでいる。
「君のことを随分と気に掛けていた。元気な姿を見せれば、彼らもきっと喜ぶ」
僕が身動きできない間、ゼルドさんはダンジョンで他の人たちと過ごしていたのだ。僕がいなくても寂しくないし、不快でもなかった。良いことなのに素直に喜べない。そんな風に思う自分が嫌で、何も言えなくなってしまった。
「……ライルくん?」
うつむく僕に気付き、ゼルドさんが心配そうに顔を覗き込んできた。
「なんでもないです」
慌てて笑顔を取り繕ったけれど、ゼルドさんの表情はまだ晴れない。作り笑いだと気付かれてしまったか。
「やはり無理はしないほうがいい。ゆっくり治して、それからでも遅くはない」
優しく諭すような言葉が胸に刺さった。
「いえ、傷は本当に大丈夫なんです。早く動けるようにならないと」
支援役に復帰できなくなってしまうから、という言葉をすんでのところで飲み込む。もうとっくに支援なんか必要ないのかもしれないと思ったら悲しくて、役に立てない自分が不甲斐なかった。
ゼルドさんは見た目で怖がられてばかりで、他者とうまく関われなかった。直接話せば彼が穏やかで優しい人なのだと誰でも気付く。
鎧が脱げなかった頃は僕の手助けがなければ服も脱げず、身体が洗えなかった。今はもう着替えもお風呂も一人でできる。
左耳が聞こえづらいせいで会話が成り立たないことも多かった。聴力さえ戻れば日常生活もダンジョン探索時も問題ない。
彼が僕をそばに置く理由はもう愛情だけになってしまった。
「……僕、ゼルドさんと一緒にいたい」
「私もだ。ライルくん」
「嬉しいです」
手を伸ばして頬に触れれば、ゼルドさんは嬉しそうに表情をほころばせた。肩口に顔を埋め、大きな背中に腕を回して抱きしめる。
もう一つ気掛かりなことがあるけれど、やぶ蛇になりそうで何も言えなかった。
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