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88話・崩れる大前提
しおりを挟むほとんどの冒険者がダンジョンへと出払っているからか、オクトの町は静かだ。たまに追加の食料や物資を運ぶための行き来があるくらい。
ダールと町を散策したり、鍛錬する様子を眺めたり、昔話に花を咲かせているおかげで寂しくはない。むしろ賑やかすぎるくらいなんだけど、やっぱりゼルドさんがいないと物足りない気持ちになる。
「ライル、剣研ぎに行こ!」
「はいはい」
双剣を研ぎ直したいというので、二人で武器屋さんに向かった。
冒険者向けのお店は開店休業状態のため、頼んだらすぐ作業に入ってもらえた。その間に隣の防具屋さんで鞘を固定する革製ベルトを新しいものに買い替える。
「結構高いけど大丈夫?」
「平気平気ー!」
双剣用はあまり出回らないから数が少なく値段も高い。普通のベルトの数倍の金額にも関わらず、ダールは即座に購入を決めた。
「オレがダンジョン踏破者だって忘れてねー?」
「そ、そうだった……!」
ダンジョンを踏破したということは、最深部にある宝箱をも入手したということ。浅層から中層に出現する宝箱だけでも生活が成り立つほどの戦利品が得られるのだから、深層を探索し尽くしたダールは言うまでもない。
「スルトで一軒家買ったって言ったろ?それくらいカネ持ってんの、オレ」
「すごいね、ダール」
「だろー?見直した?」
「昔からずっと尊敬してるよ」
僕の言葉に気を良くしたようで、ダールは鼻唄まじりで売り場をうろついている。
「じゃあ、あとは可愛い彼女を見つけて結婚するだけだね」
「は?」
「え、だって、そのつもりでスルトに家を買ったんじゃないの?」
冒険者ほど結婚に向かない職業はない。ダンジョンに潜れば何日も家を空けることになる。もし結婚したとしても、夫がほとんど帰ってこないとなると奥さんは寂しい思いをしてしまう。
しかし、スルトのダンジョンは踏破されたため、もう冒険者が稼げる場所ではなくなった。なんでも器用にこなせるダールなら、冒険者を引退して猟師になっても生活できる気がする。
「……別に、結婚とか考えてねーし」
「そうなんだ。まあ焦る年齢でもないもんね」
いつの間にかダールは先ほどまでの上機嫌が嘘のように不貞腐れた表情になっていた。
そんな感じで過ごしていたら、あっという間に五日が過ぎた。
橋の建設工事は約十二日の予定で組んでいる。明日にはゼルドさんが帰還して、入れ替わりでダールが現場に向かうことになっている。
最初の道案内に同行していたアルマさんは翌日には戻ってきた。今度はダールを案内するために再び第四階層まで同行する。僕が怪我をしていなければ道案内くらいはできたんだけど。
「工事どれくらい進んだかな?」
「どーだろーな」
「楽しみだなぁ、橋」
「オレが先に見てきてやるよ」
工期後半の護衛担当であるダールは橋の完成を現地で見ることになる。
「ゼルドさんと見に行こうかな」
あと一週間もすれば、無理さえしなければダンジョンに潜れるくらいに回復しているはずだ。その頃に行けば、みんなと共に完成を祝えるかもしれない。
「じゃあ、ライルが来てもいいように周りのモンスター狩り尽くしておかねーと」
「ふふ、本当にやりそうだよね」
「それしかやることねーからな」
今日もお風呂で髪を洗ってもらった。濡れた髪を乾かしてからそれぞれベッドで横になる。
「そういえば、ライルってなんでゼルドのオッサンと組んでんの?」
「マージさんの紹介がキッカケかな」
「ふうん。でも、あんだけ強けりゃ単独でもイケそーじゃん」
先日の手合わせで、ゼルドさんはダールに勝っている。一人でスルトのダンジョンを踏破したダールより強いということだ。
「ええと、ゼルドさんはちょっと耳が聞こえ辛くて、それで支援役をつけないと探索許可を出さないってマージさんが」
何と答えたものか迷ったけど、ダールには教えておいても大丈夫だろうと判断して説明した。
すると、ダールは「えっ」と間の抜けた声を上げた。
「戦ってみても問題なさそーだったけど?」
今度は僕が「えっ」と声を上げた。
「一対一だったからかな?」
「いや、オレ戦う時わりと動き回ってるじゃん?わざと死角に入ったりとかさ」
そう言われて、手合わせの様子を思い返す。
ダールは素早い動きで鍛錬場を縦横無尽に駆け回り、様々な角度から攻撃を仕掛けていた。正面だけでなく、背後や側面からも。ゼルドさんはそれらを大剣で全て凌ぎきっていた。
「目で追えてないはずなのに、ゼルドのオッサン全部捌いてただろ?あんなん五感を研ぎ澄ませてなきゃできねー芸当だよ」
「え、でも」
「それに、話した感じ全然フツーだったぜ」
実際に剣を交えたダールは聴力のハンデがないと感じているようだった。そういえば、組んだばかりの頃に比べて聴力の手助けをする頻度が減った。僕以外の人との会話も成り立つようになっている気がする。
ゼルドさんの聴力は回復したのだろうか。
それはとても喜ばしいことだけど、もしそうだとしたら、僕の支援なんか必要ないんじゃないか?
「?どーしたライル。急に黙って」
「な、なんでもない……」
冷や水を浴びせられたような気持ちになり、咄嗟に笑って誤魔化した。
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