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87話・面影を重ねる

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「もう風呂入れるんだろ?髪洗ってやるよ」
「いいの?助かる」

 自分で洗うとなると、湯をはった木桶を持ち上げたりしなければならず、脇腹の傷に響いてしまう。昨日まではゼルドさんに洗ってもらっていた。

 服を脱ぎ、腰に手拭いを巻いて湯に浸かった。洗い場ではダールが先に身体を洗っている。

「さ、洗ってやるから早よ上がれよ」
「僕まだ入ったばっかなんだけど」

 そうだ、ダールはカラスの行水なんだった。僕はゆっくり浸かりたい派だから真逆だ。せっかく沸かしてもらったお湯だ。堪能しなくてはもったいない。

「んじゃオレももう一回入ろ」
「もう、狭いよ」
「ホントだ、めっちゃ狭い!」

 泡を洗い流した後、ダールが湯船に入ってきた。十年前ならいざ知らず、今は二人とも成人している。客室の浴槽は宿屋より小さく、同時に入るには狭過ぎる。
 窮屈で身動きすらできなくても、ダールは嬉しそうだ。機嫌良く笑う彼を見ていると、僕も自然と笑顔になった。

「湯に浸かってる間なにもすることねーから退屈だったけど、ライルと一緒だと楽しいな!」

 なるほど、暇だからすぐ湯船から上がっていたんだな。
 しばらく温まってから洗い場に出る。椅子に腰掛けた僕の後ろにダールが立った。

「髪、伸ばしてんの?」
「うん。昔のダールみたいでしょ」
「オレの真似!?」
「いや、髪を切るのが面倒なだけ」
「なんだよ、喜んじゃったじゃん」

 髪を洗ってもらう間、他愛のない話で盛り上がる。十年振りに再会してからまだ十日も経っていないし、そのうち数日間僕は眠っていたけれど、空白期間ブランクを感じさせないほどに馬が合う。

「ほら、いっちょあがり!」

 話しているうちに髪が洗い終わった。ダールは先に上がり、僕は身体を洗ってから再び湯船に浸かる。

「ゼルドさん、もう大穴に着いたかな」

 走れば半日で着くけれど、今回は資材の運搬と職人の護衛。徒歩と変わらぬ速度で進むとするならば、まだ第二階層の途中辺りか。
 僕がゆっくりお風呂に入っている間も、ゼルドさんは気が休まることのないダンジョンの中で頑張っているのだ。

「なんだか申し訳ないな……」

 怪我さえしていなければ一緒にいられたのに。
 僕が支援サポートしなくて大丈夫だろうか。
 不快な思いはしていないだろうか。
 周りの人たちとうまくやれているだろうか。

「いつまで入ってんだライル!」
「うわあ!ビックリしたー!!」

 湯船に浸かりながらぼんやり考え事をしていたら浴室内に乱入された。暇を持て余したダールに催促され、仕方なくお風呂から出る。
 脱衣所で身体を拭く間もダールはこちらをジロジロと見ていた。

「傷、残っちまったな」

 ダールの視線は僕の脇腹に向けられている。タバクさんに襲われた時に自分で刺したものだ。

「ダールに比べたら大したことないよ」
「そうだけどさ……」

 ダールの身体にはたくさんの傷痕がある。ダンジョンの大暴走スタンピードで負っただけではない。その後の鍛錬やダンジョン探索でも怪我をしたはずだ。僕の小さな傷でさえ出血多量で生死の境を彷徨ったのだ。ダールもきっと何度も死に掛けたに違いない。

「オレはライルに傷付いてほしくなかったよ」
「ダール……」

 ダールは昔からそうだった。三つ年下の僕をいつも守ってくれていた。傷の大小関係なく、そもそも危ない目に遭わせたくないのだ。

「ごめんね、心配かけたよね」
「うん……」

 怪我を負ってから目が覚めるまでの間も、意識を取り戻してからも、ゼルドさんがずっと付きっきりでそばにいた。だからダールは遠慮して、少し離れたところから見守ってくれていた。






 新たに運び入れた簡易ベッドはダール用だ。僕のベッドの隣に置かれているので、顔を見ながら寝ることができる。

「あの子たちもダンジョンに?」
「そ。報酬良いから初日から最後まで潜るってさ」

 あの子たち、とは若い冒険者二人組のことだ。
 以前第二階層でモンスターに追いかけられているところを助け、傷に良く効く薬草を教えたことがきっかけで知り合った。僕が怪我をして意識がない間にゼルドさんやダールと少し話せるようになったらしい。特に、ダールは二人を付き従えて何度か森へ狩りに行っている。

「アイツらはまだ弱いけど、見張りや雑用くらいならできるからな。稼げる時に稼がねーと」

 大穴に橋をかける工事は、フォルクス様の寄付で全ての資金が賄われている。通常より高額の報酬が支払われるため、条件に合う冒険者はみなギルドからの要請を受けたという。滅多にない稼ぎ時だ。

「ずいぶん気にかけてるんだね」
「そりゃ、見てて危なっかしーもん」

 ダールは二人を思い出して苦笑いを浮かべた。

「スルトが平和なままだったら、オレらもあんな風に二人で組んでたのかなって」
「……そうだね、そうかも」

 ダールは若い冒険者二人組に僕たちの姿を重ねているようだった。

 もしダンジョンの大暴走スタンピードが起きなければそういった未来も有り得た。今ごろ一緒にスルトのダンジョンに潜っていたかもしれない。

「ライルが元気になったら、一緒にダンジョンに行きてーな」
「じゃあ、橋ができたら行こうかな」
「マジで?」

 橋が完成する頃には、僕も普通に動けるようになっているだろう。リュックはまだ背負えないかもしれないけど。……荷物を運べない支援役サポーターってダンジョンに潜る意味あるのかな。いや、リハビリのためにも何度か潜らなければ。

「ゼルドさんとダールなら第五階層でも安心して進めそう」
「ゼルドのオッサンも一緒か~」
「?そりゃそうだよ。僕はゼルドさんと組んでるんだから」
「はいはい、わーってるよ」

 ダールは拗ねたように唇を尖らせ、ベッドの上で大の字になった。


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