上 下
85 / 118

85話・手合わせ

しおりを挟む


 第四階層の大穴に橋をかける準備が始まった。フォルクス様の寄付により資金は潤沢。資材と人材が確保でき次第工事に取り掛かる。

「ゼルドのオッサン、勝負しよーぜ!」

 準備が整うまで特に何もすることがないため、暇を持て余したダールがゼルドさんに手合わせを申し込んだ。ゼルドさんは渋っていたけど、あまりにもしつこく誘われて断りきれず、とうとう折れた。

 ギルド裏手の鍛錬場が手合わせの場所だ。

「おまえら好きな得物を選べ!」

 メーゲンさんが物置き小屋の鍵を開け、二人に武器を選ばせた。小屋の中には大小さまざまな木製武器や防具がある。危ないからという理由で、僕は中には入らせてもらえなかった。

 ゼルドさんは幅広の大剣、ダールは短めの双剣。普段使っている武器に近い形状のものを手に取る。

「ライル、見てろよー!」
「うん、頑張って」

 ダールが剣を振るうところを見るのは初めてだ。双剣使いはどんな風に戦うんだろう。

「ライルくん、安全なところに」
「わかりました。気をつけて」

 壁際にあるベンチに座り、鍛錬場の中央を見た。視線の先ではゼルドさんとダールは距離を置き、向かい合って剣を構えている。そして、二人の間にメーゲンさんが立ち、片手を掲げた。

「始めッ!」

 振り下ろされた手が開始の合図だ。二人同時に後ろへと下がった。その後は互いの間合いを見定めるようにじりじりと距離を詰めている。

 先手はダールだ。

「怪我すんなよオッサン!」

 嬉々とした表情を浮かべ、ダールは右手の剣を振り下ろした。ゼルドさんは剣の腹で受けるが、それで終わりではない。流れるように身体を回転させ、左手の剣が追撃する。トリッキーな動きに驚きつつも、ゼルドさんは何とか二撃目もかわした。

「次は私の番だ」

 ゼルドさんの武器は大剣。木製とはいえ幅広の剣は重く、振り回すだけで一苦労だ。しかし、鍛えられた肉体は重さをものともせずに大振りの剣を扱う。
 風を斬り裂く音と共に大剣がダールを狙って振り下ろされる。身長が高く武器のリーチが長いゼルドさんのほうが間合いは広いけれど、ダールは素早さでその差を埋めていた。

「アイツら本気でやってるぞ」
「え、そうなんですか」
「気ィ抜くと負けちまうからな。お互い手加減できるような相手じゃねえんだろ」

 邪魔にならないよう僕のそばまで下がったメーゲンさんは、二人の手合わせを笑いながら眺めている。彼も昔は腕の立つ冒険者だった。打ち合いを見れば力量が分かるのだろう。

「ゼルドは基礎がしっかりしてるから安定感がある。ダールは攻撃が軽い。手数が多いから、一見するとダールが押してるみたいに感じるがな」

 メーゲンさんの解説を聞きながら二人を見守る。
 過去に騎士団に所属していたゼルドさんの剣技にはきちんとした型がある。無駄のない動きが身についているからこそ咄嗟に対応できるのだ。

「ダールは変則的で捉えにくい。動きも早いし、あれに一撃当てるのは至難の業だ」

 確かに、ダールにはまだ一度も攻撃が当たっていない。ゼルドさんの剣が振り下ろされる前に立ち位置をズラし、反撃を繰り返している。ゼルドさんは何度も打ち込まれてはいるけれど、全て剣で受けるか避けている。
 戦闘スタイルが違い過ぎて、どちらが優勢なのか僕には分からない。

「お、そろそろか」

 しばらく打ち合いが続いた後、メーゲンさんがぽつりと呟いた。どうやらもうすぐ勝負がつくらしい。

 手合わせ開始直後から絶えず動き回っていたからか、ゼルドさんが息を切らせ始めた。普段のダンジョン探索でモンスターと対峙した時は多くても数撃でカタをつけている。こんな風に長時間剣を振り続けることはない。
 対するダールにはまだ余裕がありそうだ。手にした武器が軽いから身体に負担が少ないのだろう。

「これで終わりだッ!」

 一気に駆け寄って目の前で身を屈め、両手の剣を同時に繰り出すダール。虚をつかれたゼルドさんを二つの剣先が襲う。

 しかし、攻撃が当たることはなかった。

 動きを鈍らせていたのは見せ掛けフェイクで、ゼルドさんは大剣を身体の前に掲げて攻撃を凌いだ。これにはダールも驚いたようで、一瞬の隙が生まれた。

「あ」

 ゼルドさんは双剣を防いだ大剣から片手を離し、ダールの頭を小突いた。本当に軽い手付きだったのに、ダールはそれ以上動くことができなかった。ガクリとうなだれ、地面に膝をつく。

「……わざとかよ」
「いや、危ないところだった」

 うらめしそうな言葉に平然と答えながら、ゼルドさんはダールに手を貸して立たせた。

「経験の差が出たな」

 メーゲンさんは愉快そうに口の端をあげて笑い、手を叩いて二人の健闘を讃えている。僕はただただ圧倒され、感嘆の息をもらすことしかできなかった。

 ダールは強い。素早さと体力は勝っていた。でも、その差を覆えすほどの経験がゼルドさんにはある。調子に乗りがちなダールを油断させ、隙をついたのだ。

「ちぇ、負けたー」
「ダールも強かったよ」
「ああ。本気で挑まなくては勝てなかった。さすがダンジョン踏破者だ」
「嫌味かよ!くっそ、ゼルドのオッサンしばらく鍛錬してねーからイケると思ったのに!」

 怪我をして以来ずっと僕に付きっきりだから、ゼルドさんは日課の鍛錬をしていない。つまり、万全の状態ではなかったということ。ダールはそういう点も考えた上で勝負を挑んでいたのか。

「ライルくんの前で負けるわけにはいかないからな」

 そう言いながら、ゼルドさんが笑顔を向けてくる。強くてカッコ良くて、僕は更に惚れ直してしまった。

















しおりを挟む
感想 220

あなたにおすすめの小説

ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿
BL
夢を追い求める三男坊×無気力なひとりっ子 孤独な幼少期を過ごしていたルイ。虫や花だけが友だちで、同年代とは縁がない。王国の一人っ子として立派になろうと努力を続けた、そんな彼が隣国への「嫁入り」を言いつけられる。理不尽な運命を受けたせいで胸にぽっかりと穴を空けたまま、失意のうちに18歳で故郷を離れることになる。 行き着いた隣国で待っていたのは、まさかの10歳の夫となる王子だった、、、、 8歳差。※性描写は成長してから(およそ35、36話目から)となります

【完結】君に愛を教えたい

隅枝 輝羽
BL
何もかもに疲れた自己評価低め30代社畜サラリーマンが保護した猫と幸せになる現代ファンタジーBL短編。 ◇◇◇ 2023年のお祭りに参加してみたくてなんとなく投稿。 エブリスタさんに転載するために、少し改稿したのでこちらも修正してます。 大幅改稿はしてなくて、語尾を整えるくらいですかね……。

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

悪役令息になる前に自由に生きることにしました

asagi
BL
【本編完結。番外編更新予定】 目覚めた時、アリエルは七歳から十五歳までの記憶を失っていた。 父親から冷遇され、一人領地に追いやられた悲しみに、人格が眠りについていたようだ。 失った記憶を探る中で、将来自分が【悪役令息】と呼ばれる可能性があることを知る。 父親への愛情も、家族への未練もなくなったアリエルは、自由に生きることを求めて行動を始めた。 そんなアリエルを支えてくれるのは、父親から家庭教師として送られてきたブラッド。 一心に愛を告げるブラッドに、アリエルの心が動かされていく。 ※家庭教師×貴族令息。 ※短編なのでサクサク進んでいきます。

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~

トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。 しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。 貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。 虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。 そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる? エブリスタにも掲載しています。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

処理中です...