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83話・違和感

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 アルマさんの仕事部屋でみんなでお茶していたら、外出から戻ったゼルドさんがヘルツさんを連れてきた。
 顔を見たのはあの日以来で、無意識のうちに緊張で身が固くなる。

「ヘルツを呼んだのは私だ」
「ゼルドさんが?」

 どういうことだろう、と思っているうちにヘルツさんが僕の目の前までやってきた。床に片膝をつき、頭を下げる。みんなが見ている前でひざまずかれ、思わず仰け反った。
 アルマさん、マージさん、そして若い冒険者二人も困惑した表情で固まっている。

「ライル様。この度はわたくしの不手際でお怪我をさせてしまい、たいへん申し訳ございませんでした」
「え、えっ?」
「わたくしが踏み込む時機タイミングを見誤ったばかりにこのような事態に……本当になんとお詫び申し上げたら良いか」

 ヘルツさんは頭を下げたまま謝罪の言葉を並べ立てている。急にどうしたのかと思い、助けを求めてゼルドさんを見た。

「どうしても君に謝りたいというのでな」
「そ、そうなんですか」

 何も知らなければ素直に謝罪を受け入れていただろう。でも、僕は真相を知っている。

 この前ゼルドさんがお風呂に入っている時にダールから聞いた。僕が襲われていると知りながら助けに入らなかった、と。
 悪意をもってわざと踏み込まなかったのだと知れば僕が傷付くから、ゼルドさんがヘルツさんに謝罪と言い訳をさせているのだろう。さっき出かけていたのは、ヘルツさんに謝罪するよう促すためなのかもしれない。

 僕の気持ちを思いやってくれているのだ。謝罪を受け入れ、ヘルツさんを許さなければ。

「気に病まないでください。僕は平気です」

 笑顔でそう答えれば、ヘルツさんは顔を上げ、再度深々と頭を下げた。

 ここで真実を追及しても仕方がない。終わったことを蒸し返すような真似をして開き直られても困る。僕が許すことで全てが丸く収まるのならそうするしかない。

「……ライル様は本当にお優しい」

 立ち上がる際にヘルツさんが小さく呟いた。顔を上げる瞬間、含みのある視線が僕に向けられ、すぐにそらされる。

「タバク氏がかつての仲間を殺害した理由は口封じのためでした。王都に拠点を置いていた時の犯罪に加担した者を消し、自分に疑いが掛からぬようにした、と。わたくしが聞いた事実はそれだけです」
「えっ……」
「憲兵にはそう報告いたします」

 僕のせいではなく、あくまで口封じのための殺害だったと証言してくれるらしい。
 この場にいる人たちは真相を知らない。今のヘルツさんの発言が全てだと思うだろう。

「ヘルツ、もう下がっていい」
「は。かしこまりました」

 ゼルドさんが促すと、ヘルツさんは恭しくお辞儀をしてから退室していった。
 緊張でガチガチにこわばっていた身体から力を抜き、ホッと小さく息をつく。

「ガーラント卿が王都に戻られる前にお詫びに来たのね」
「ちょっと納得いかないけど、非を認めて頭を下げたんならこれ以上なんも言えんな~」

 僕が謝罪を受け入れたことで、マージさんたちもヘルツさんに対する警戒心を解いたようだ。





 二人で客室に戻る。
 ゼルドさんはまず自分がソファーに腰を下ろし、その膝の上に僕を座らせた。抱きかかえるような体勢となる。怪我して以来、寝ている時以外は常にこうだ。移動の際も本当は横抱きに持ち上げて連れていきたいらしいけど、それはさすがに断っている。

「僕のことを憲兵に言わないようにヘルツさんに頼んでくれたんですか」
「いや、ヘルツが自分から言い出したことだ。君に対して申し訳なく思っているようでな」

 単刀直入に問えば、ゼルドさんは即座に否定した。ヘルツさんに悪意がなかったと思わせたいのだろう。彼の優しさを無碍にしたいわけではないので、これ以上尋ねるのはやめておく。
 実際不安に思っていたので、ヘルツさんがそう証言してくれると助かる。憲兵に、タバクさんとの過去の関わりから先日襲われたことまで根掘り葉掘り質問されるのは遠慮したい。

「フォルクス様、帰ってしまわれるんですね」
「ああ。そのようだ」

 数日以内にガーラント卿……フォルクス様はオクトから王都に帰るという。もちろんヘルツさんも一緒だ。往復の移動を含めれば一月半も留守にすることになる。用事を済ませたら早く帰らねばならない。
 フォルクス様との別れに関して、ゼルドさんは特に何の感慨もないようだった。

「ダールはどうするのかな」

 ダールはフォルクス様の護衛として同行してきた。行き先と時期が同じだったからという理由だが、まさか帰りも護衛をするのだろうか。
 以前話した時は、お世話になった隣国の村に顔を出したいとか各地のダンジョンを巡りたいとか言っていた。腰を据えて探索するなら王都のダンジョンが良いとも言っていた。

 もしかしたら、もうすぐダールともお別れすることになるかもしれない。

「離れたら、ちょっと寂しいかも」

 ぽつりと呟くと、ゼルドさんが腕の力をこめて抱きしめてきた。顔を上げれば、ムスッとした表情のゼルドさんが僕を恨めしそうに見つめている。

「私がそばにいるだけでは不満か?」
「そ、そんなことないです!」

 慌てて否定すると、ゼルドさんは機嫌を直した。
 心配性で嫉妬深いと知ってはいるけど、友だちのダールにまで妬くのは行き過ぎだと思う。

 それに、気になることがある。

 ヘルツさんに対するゼルドさんの対応が以前とは変わった気がする。ヘルツさんも自然に受け入れていて、ほんの少しだけ違和感を覚えた。
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