83 / 118
83話・違和感
しおりを挟むアルマさんの仕事部屋でみんなでお茶していたら、外出から戻ったゼルドさんがヘルツさんを連れてきた。
顔を見たのはあの日以来で、無意識のうちに緊張で身が固くなる。
「ヘルツを呼んだのは私だ」
「ゼルドさんが?」
どういうことだろう、と思っているうちにヘルツさんが僕の目の前までやってきた。床に片膝をつき、頭を下げる。みんなが見ている前で跪かれ、思わず仰け反った。
アルマさん、マージさん、そして若い冒険者二人も困惑した表情で固まっている。
「ライル様。この度はわたくしの不手際でお怪我をさせてしまい、たいへん申し訳ございませんでした」
「え、えっ?」
「わたくしが踏み込む時機を見誤ったばかりにこのような事態に……本当になんとお詫び申し上げたら良いか」
ヘルツさんは頭を下げたまま謝罪の言葉を並べ立てている。急にどうしたのかと思い、助けを求めてゼルドさんを見た。
「どうしても君に謝りたいというのでな」
「そ、そうなんですか」
何も知らなければ素直に謝罪を受け入れていただろう。でも、僕は真相を知っている。
この前ゼルドさんがお風呂に入っている時にダールから聞いた。僕が襲われていると知りながら助けに入らなかった、と。
悪意をもってわざと踏み込まなかったのだと知れば僕が傷付くから、ゼルドさんがヘルツさんに謝罪と言い訳をさせているのだろう。さっき出かけていたのは、ヘルツさんに謝罪するよう促すためなのかもしれない。
僕の気持ちを思いやってくれているのだ。謝罪を受け入れ、ヘルツさんを許さなければ。
「気に病まないでください。僕は平気です」
笑顔でそう答えれば、ヘルツさんは顔を上げ、再度深々と頭を下げた。
ここで真実を追及しても仕方がない。終わったことを蒸し返すような真似をして開き直られても困る。僕が許すことで全てが丸く収まるのならそうするしかない。
「……ライル様は本当にお優しい」
立ち上がる際にヘルツさんが小さく呟いた。顔を上げる瞬間、含みのある視線が僕に向けられ、すぐにそらされる。
「タバク氏がかつての仲間を殺害した理由は口封じのためでした。王都に拠点を置いていた時の犯罪に加担した者を消し、自分に疑いが掛からぬようにした、と。わたくしが聞いた事実はそれだけです」
「えっ……」
「憲兵にはそう報告いたします」
僕のせいではなく、あくまで口封じのための殺害だったと証言してくれるらしい。
この場にいる人たちは真相を知らない。今のヘルツさんの発言が全てだと思うだろう。
「ヘルツ、もう下がっていい」
「は。かしこまりました」
ゼルドさんが促すと、ヘルツさんは恭しくお辞儀をしてから退室していった。
緊張でガチガチにこわばっていた身体から力を抜き、ホッと小さく息をつく。
「ガーラント卿が王都に戻られる前にお詫びに来たのね」
「ちょっと納得いかないけど、非を認めて頭を下げたんならこれ以上なんも言えんな~」
僕が謝罪を受け入れたことで、マージさんたちもヘルツさんに対する警戒心を解いたようだ。
二人で客室に戻る。
ゼルドさんはまず自分がソファーに腰を下ろし、その膝の上に僕を座らせた。抱きかかえるような体勢となる。怪我して以来、寝ている時以外は常にこうだ。移動の際も本当は横抱きに持ち上げて連れていきたいらしいけど、それはさすがに断っている。
「僕のことを憲兵に言わないようにヘルツさんに頼んでくれたんですか」
「いや、ヘルツが自分から言い出したことだ。君に対して申し訳なく思っているようでな」
単刀直入に問えば、ゼルドさんは即座に否定した。ヘルツさんに悪意がなかったと思わせたいのだろう。彼の優しさを無碍にしたいわけではないので、これ以上尋ねるのはやめておく。
実際不安に思っていたので、ヘルツさんがそう証言してくれると助かる。憲兵に、タバクさんとの過去の関わりから先日襲われたことまで根掘り葉掘り質問されるのは遠慮したい。
「フォルクス様、帰ってしまわれるんですね」
「ああ。そのようだ」
数日以内にガーラント卿……フォルクス様はオクトから王都に帰るという。もちろんヘルツさんも一緒だ。往復の移動を含めれば一月半も留守にすることになる。用事を済ませたら早く帰らねばならない。
フォルクス様との別れに関して、ゼルドさんは特に何の感慨もないようだった。
「ダールはどうするのかな」
ダールはフォルクス様の護衛として同行してきた。行き先と時期が同じだったからという理由だが、まさか帰りも護衛をするのだろうか。
以前話した時は、お世話になった隣国の村に顔を出したいとか各地のダンジョンを巡りたいとか言っていた。腰を据えて探索するなら王都のダンジョンが良いとも言っていた。
もしかしたら、もうすぐダールともお別れすることになるかもしれない。
「離れたら、ちょっと寂しいかも」
ぽつりと呟くと、ゼルドさんが腕の力をこめて抱きしめてきた。顔を上げれば、ムスッとした表情のゼルドさんが僕を恨めしそうに見つめている。
「私がそばにいるだけでは不満か?」
「そ、そんなことないです!」
慌てて否定すると、ゼルドさんは機嫌を直した。
心配性で嫉妬深いと知ってはいるけど、友だちのダールにまで妬くのは行き過ぎだと思う。
それに、気になることがある。
ヘルツさんに対するゼルドさんの対応が以前とは変わった気がする。ヘルツさんも自然に受け入れていて、ほんの少しだけ違和感を覚えた。
15
お気に入りに追加
1,030
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?
み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました!
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
使い捨ての元神子ですが、二回目はのんびり暮らしたい
夜乃すてら
BL
一度目、支倉翠は異世界人を使い捨ての電池扱いしていた国に召喚された。双子の妹と信頼していた騎士の死を聞いて激怒した翠は、命と引き換えにその国を水没させたはずだった。
しかし、日本に舞い戻ってしまう。そこでは妹は行方不明になっていた。
病院を退院した帰り、事故で再び異世界へ。
二度目の国では、親切な猫獣人夫婦のエドアとシュシュに助けられ、コフィ屋で雑用をしながら、のんびり暮らし始めるが……どうやらこの国では魔法士狩りをしているようで……?
※なんかよくわからんな…と没にしてた小説なんですが、案外いいかも…?と思って、試しにのせてみますが、続きはちゃんと考えてないので、その時の雰囲気で書く予定。
※主人公が受けです。
元々は騎士ヒーローもので考えてたけど、ちょっと迷ってるから決めないでおきます。
※猫獣人がひどい目にもあいません。
(※R指定、後から付け足すかもしれません。まだわからん。)
※試し置きなので、急に消したらすみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる