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80話・不安

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「ダールと何を話していた?」
「えっと、僕が寝ていた間のことを」
「そうか」

 急いでお風呂を済ませてきたのだろう。濡れた髪を拭きながら、ゼルドさんはベッドの脇に置かれた椅子に腰掛けた。髭は綺麗に剃られている。
 そして、僕の表情を窺うようにじっと見つめてくる。なんとなく気恥ずかしくて顔をそらすと、ゼルドさんが身を乗り出してきた。伸ばされた手が僕の顎を掴み、再び向きを戻される。

「どうして私から目をそらす。ダールが何か余計なことを言ったのか?」
「ち、違います」
「では、なぜ?」

 自分が席を外した間に何を話していたのか気になっているようだ。僕の様子がおかしいと感じて不安に思ったのかもしれない。ただでさえたくさん心配をかけたのに、これ以上ゼルドさんを悩ませたらダメだ。

「あの、……恥ずかしくて」
「うん?」
「ちゃんと服を着てください」

 視線をゼルドさんの顔から下へと移す。
 彼の上半身はもう鎧に覆われていない。しかも、急いで上がったからシャツを羽織っただけで前のボタンが締められていない状態だ。合わせの隙間から覗く胸板やお腹に、僕はまだ慣れていない。

「そう意識しないでくれ。しばらくは何もできないのだから」

 シャツのボタンを留めながらゼルドさんは笑った。
 僕の怪我が治るまでは手を出さないと言ってくれているのだ。せっかく鎧が外せたのに触れ合えないなんて、と少し申し訳なく思う。

 支援役サポーターの仕事もできないし、ゼルドさんのお世話もできない。それどころか逆にお世話をされてしまっている。恋人として触れ合うことすらできない。今の僕は完全に役立たずだ。

 肩を落としてうなだれる僕に気付き、ゼルドさんが腕を回して抱き寄せてきた。傷に障らないよう力は加減されている。

「君は今まで頑張り過ぎた。怪我をした時くらいゆっくり休んでほしい」
「……、……はいっ」

 優しい言葉に涙が出そうになった。
 大事にされていると分かっているのに、どうしても自分にその価値があるとは思えない。期待通りの働きができなければ捨てられてしまうのではないかという不安が常に付きまとい、頭の片隅を占めている。

「ライルくん、今夜は一緒に寝てもいいか」
「構いませんが……僕が目を覚ますまではどこで寝ていたんですか」
椅子ここで」
「うわあ」

 ベッドのそばに置かれた椅子は木製で、背もたれはあるけれど座面にクッションはない。目の下にくまがあるし、恐らくほとんど眠れていなかったのだろう。

「せめて追加でベッドを置くとか、あっちのソファーで寝るとか」

 部屋の隅にはソファーがある。ふかふかで、背の高いゼルドさんでも何とか横になれる大きさだ。

「君の顔が見える場所にいたかった」
「……もう。身体を壊しちゃいますよ」

 自分の快適さよりも僕のそばにいることを選んでくれたのか。嬉しいけど、やはり申し訳なく思う気持ちが消えない。

「じゃあ一緒に寝ましょう」

 客室のベッドは宿屋のものより少し大きい。とはいえ、大人の男が二人で寝るにはやや狭い。特にゼルドさんは大きいから場所を取る。
 身体をずらして端に寄ろうとした瞬間、ふわりと全身が浮き上がった。ゼルドさんが抱きかかえてくれたのだと理解する前に再びベッドに下ろされる。

 ゼルドさんはベッド脇のランプを消してから僕の隣に横向きに転がった。顔が近い。このままの体勢で寝るつもりみたいだ。

「おやすみ、ライルくん」
「おやすみなさい、ゼルドさん」

 抱きつきたいのに、身体をひねると傷が痛むから、仰向け以外の体勢ができない。薄明かりの中、ゼルドさんのほうに視線を向ければ、彼は薄く笑んで僕に覆いかぶさり、軽く唇を合わせてきた。優しく労わるような口付けに、ほんの少しだけ物足りなさを感じてしまう。

 ゼルドさんは数分と経たずに眠りに落ちた。本人やダールによると、三日三晩寝ていなかったということなので、相当眠かったのだろう。規則正しい寝息を聞きながら、僕もまぶたを閉じる。

 今日、誰もタバクさんの話をしなかった。
 あんなことがあったから僕に気を使ってくれているのだと思う。きっと捕まってどこかに閉じ込められているに違いない。四人も殺したのだ。取り調べの後、最悪死罪になるのかもしれない。彼のしでかした罪を思えば、それでも軽いくらいか。

 でも、僕は?

 彼らの死のきっかけを作った僕に罪はないのだろうか。取り調べともなれば、きっと動機の話は避けられない。助けには入ってくれなかったけど、ヘルツさんはタバクさんの話を全て聞いていたはずだ。僕も事情を聞かれるのだろうか。何か罪に問われたりするのだろうか。

 急に怖くなってきて、毛布の下で手を伸ばした。ゼルドさんの腕を掴むと、反射なのか彼の手が僕の手を握ってきた。

 あたたかなぬくもりに、不安にまみれた心が少しだけ軽くなった。

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