76 / 118
76話・悔恨[ゼルド視点]
しおりを挟む医師による処置が終わってから、ライルくんはギルドの客室へと移された。短剣の切っ先が細かったため傷口は小さく、幸い内腑は傷付いていなかった。しかし、盛られた媚薬の影響で血の巡りが促進されており、出血が止まりにくい状態だった。女将が止血していなければ最悪命を落としていたかもしれない、と。
私はただ彼のそばに居続けた。
その間に、ギルド側は迅速に動いていた。
タバクと組んでいた冒険者三名が騒ぎに乗じてオクトから逃走を試みたが、ギルド長が直接出向いて捕縛した。彼らは隣の部屋に宿泊しており、ライルくんが助けを求めても無視していたという。
ハイエナ殺しの証拠も見つかった。
鑑定士がタバクと仲間が借りていた部屋に捜索に入り、ベッドの下に隠された長剣を発見した。王都の武器工房で造られたもので、タバクが数年前から愛用していた武器だった。ハイエナの傷痕と一致したため、タバクは捕まった。
ライルくんに「タバクから話を聞き出すように」と頼んだのはヘルツだ。タバクに殺人容疑が掛けられていると承知の上で提案したのだ。犯行に関わる話を聞き出した後、ヘルツが踏み込む手筈となっていた。だからこそ受付嬢やダールも納得した。
しかし、ヘルツはライルくんの危機を知りながら動かなかった。ダールが駆け付けた時、ヘルツは平然と部屋の前に立っていた。他の宿泊客が異変に気付いて廊下に出ていたにも関わらず。
ダールに詰め寄られた彼は、いつもの調子で平然と答えた。
「ライル様がいなくなれば、ゼルド様が王都にお戻りになるのではないかと思いまして」
ヘルツは最初からライルくんの身の安全などどうでも良かったのだ。タバクに危害を加えられても「間に合わなかった」で済ませるつもりだった。媚薬を盛られて襲われていても、その痴態を見れば私がライルくんを見限るのではないか、と。
今回、ライルくんが自分自身を傷付ける展開だけは予想していなかったという。
──この事態を招いたのは私だ。
フォルクスが私の居場所を探し当てたのは、友人とやり取りをしていた手紙を見られたから。過去の繋がりを全て断ち切る覚悟がなかった私の落ち度だ。
ヘルツはマーセナー家に仕える忠臣。当主であるフォルクスの望みを叶えることを最優先に動く。私を王都に連れ戻すためだけにライルくんを排除しようとした。
私が考えなしに交際していると発言したせいでヘルツに目を付けられ、ライルくんは危険に晒された。
ダールに嫉妬し、ライルくんを一人宿屋に残した。タバクと二人きりで話す機会を与えてしまった。
ライルくんが覚悟を決めてタバクと対峙している頃、何も知らずにのうのうと過ごしていた。
ライルくんが色々と負い目を感じていると気付いていながら、私は何もしてこなかった。彼が無茶をしたのはそのせいだ。
「ゼルドのオッサン」
「……ダールか」
ベッドの傍らに置かれた椅子に座ってライルくんの寝顔を見つめていたら、客室の扉が勢い良く開かれた。ダールだ。ズカズカと歩み寄り、横たわるライルくんを覗き込む。彼は怒りを発散するため近くの森で獣を狩ってきたという。
「まだ目ェ覚さねーの?」
「ああ」
呼吸と脈は安定したが意識はまだ戻らない。
扉の影から室内を覗き込む若い冒険者の姿があった。以前ライルくんがダンジョン内で手当てをし、薬草のことを教えた二人だ。昨日宿屋の廊下にいたところに声を掛けて医者を呼ぶように頼んだこともあって、彼らはライルくんを心配して様子を見に来てくれたのだ。
「あのっ、ライルさん大丈夫っすか」
「薬草採ってきたほうがいいっすか」
私を恐れて近寄れないのだろう。部屋の入り口辺りからこわごわと声を掛けてくる。
「うるせー!オマエらが雑に引っこ抜いたモンなんかライルに使わせられるか!ついてこい!」
「は、ハイッ!」
気弱な態度に苛立ったダールは、二人を引き連れて何処かへ行ってしまった。恐らく怪我によく効く薬草をダンジョンに採りに行ったのだろう。何かしていないと落ち着かないらしい。
ライルくんから何度も教わったのに、結局私は薬草の見分け方を覚えられなかった。採集を試みても失敗ばかりだった。
本当に私は何もできない。
ただ傍らに居続けることしかできない。
己の無力さを痛いほど自覚させられた。
「ゼルドさん、少し横になったら?」
仕事の合間に様子を見に来た受付嬢が気遣わしげに声を掛けてきた。
事件から丸二日経った。
ライルくんのそばから片時も離れない私を心配してくれているのだろう。彼女もあまり顔色が良くない。今回の件に責任を感じているようで、私に対してどこか遠慮がちな態度だ。
テーブルの上に置かれた食事が少しも減っていないことに気付き、受付嬢は息をついた。ここに来てから私は何も口にしていない。
「ねぇ、本当に休んで。今のあなたを見たらライルくん驚いちゃうわ」
「……ああ」
視線をライルくんに向けたまま返事をすれば、彼女は冷めきった食事を下げ、新しい食事を置いて客室から出て行った。
あたたかなスープと焼きたてのパンの香りが室内に漂う。
「……ライルくん、おなかが空いただろう」
声を掛けても返事はない。
薄く開かれた唇はずっと動かない。
「君は細いのだから、たくさん食べなければ」
血を流し過ぎたせいで顔色が悪い。
頬がややこけ、儚く見えた。
「……、……っ」
君と話がしたい。
君の笑顔が見たい。
早く起きて、その瞳に私を映してくれ。
31
お気に入りに追加
1,054
あなたにおすすめの小説


「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw
ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。
軽く説明
★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。
★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。
ラストダンスは僕と
中屋沙鳥
BL
ブランシャール公爵令息エティエンヌは三男坊の気楽さから、領地で植物の品種改良をして生きるつもりだった。しかし、第二王子パトリックに気に入られて婚約者候補になってしまう。側近候補と一緒にそれなりに仲良く学院に通っていたが、ある日聖女候補の男爵令嬢アンヌが転入してきて……/王子×公爵令息/異世界転生を匂わせていますが、作品中では明らかになりません。完結しました。

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。
cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。
家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

王様お許しください
nano ひにゃ
BL
魔王様に気に入られる弱小魔物。
気ままに暮らしていた所に突然魔王が城と共に現れ抱かれるようになる。
性描写は予告なく入ります、冒頭からですのでご注意ください。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆
白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜
西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。
だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。
そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。
◆
白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。
氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。
サブCPの軽い匂わせがあります。
ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる