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73話・あらがう

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 媚薬で感じやすくなった身体はどこに触られても快楽を拾った。全身を巡る血が燃えるように熱い。呼吸は乱れ、喘ぎの合間にわずかに取り込む空気さえ熱く感じた。タバクさんに触れられている部分から溶けていきそうなほどに気持ちいい。こんな感覚は初めてで、恐ろしさより求める気持ちが勝った。

 耳に聞こえるはしたない嬌声が自分の口からこぼれたものだなんて信じられない。甘く誘うような熱を孕んだ声に、気持ちが昂っていく。

「もっと、おく、おくに」

 指では届かない腹の奥がじくじくと疼いた。奥深くに触れられたら更に気持ち良くなれると本能が知っている。身を捩らせ、力の入らない手でタバクさんの腕を掴み、もっともっととせがんだ。

「初めてのくせに腰が揺れてんぞ」
「ひゃあ、ん」

 後孔を慣らしている手は止めず、もう片方の手で腰を撫でてから痛いくらいに勃ち上がっている僕の雄を掴む。そのまま乱暴に扱かれ、僕はあっさり果てた。おなかから胸にかけて白濁の液が散る。

 ゼルドさんの手で達した時より気持ち良く感じてしまったのは媚薬のせいだ。過剰に増幅された快感に手足が痙攣し、呼吸は更に不規則になった。は、は、と短く荒い息を吐く。

「これくらいでいっか。血ィ出たら萎えるもんな」

 指を引き抜いたタバクさんが僕の上から退いた。急に離れられ、刺激が一つもなくなった。もっともっと触ってほしいと、目が勝手にタバクさんの姿を探す。

 涙でぼやけた視界は、何度か瞬きを繰り返したらクリアになった。

 ベッドの上で仰向けに転がされた僕の足元辺りに膝立ちをして、自分のベルトの金具を外しているタバクさんが目に入る。すっかり大きくなって下着を押し上げている彼のものを見て、これから何をされるのか理解した。

 期待で熱くなる身体とは裏腹に、頭の中は嫌悪と拒絶でいっぱいになった。
 なけなしの理性を奮い立たせ、ベッドの端に手を掛けて移動する。全然力が入らず、じりじりと位置をずらすだけで精一杯だった。

 そうこうしているうちにタバクさんが伸し掛かってきた。僕の脚を大きく開かせ、腰を掴む。それだけで再び快楽のほうへと思考が向きそうになり、唇を噛んで堪える。

 必死に逃げようと室内を見回した時、視界の端に机が見えた。

 窓際に置かれた小さな机には水差しが置かれ、一振りの剣が立て掛けられている。僕とゼルドさんが探し求めていた『対となる剣』だ。今日はこの剣を手に入れて、ゼルドさんの鎧を外し、彼と素肌で触れ合うはずだった。


──それなのに、僕は。


 唇に歯を立てると口内に鉄の味が広がった。小さな痛みがわずかに残った理性を保たせてくれる。

 離れた場所に置かれた『対となる剣』にはどうやっても届かない。伸ばした手から力を抜くと、ベッド脇にだらりと落ちた。

「はは、物欲しそうな顔してるな」
「……っ」

 もう限界だ。身体は貪欲に快楽を求め、タバクさんを受け入れたがっている。

 このまま流されてしまえば楽になれる。媚薬を使われたのだ。ゼルドさんだって仕方がないことだと分かってくれる。優しい人だから、僕を責めずに許してくれる。だったら、もう抱かれちゃってもいいんじゃないか。我慢し続けても意味なんかないんだから。早く体内に燻る欲を全部吐き出してしまいたい。

 早く、早く、早く。

 ベッド脇に垂らした腕。
 その指先に何かが触れた。短剣だ。普段はリュックと共にベッドの下で保管している。さっきタバクさんに見せるために引っ張り出した時、奥にしまっていた短剣が手の届く位置に出てきていた。

 護身用にとゼルドさんが持たせてくれたものだ。

「くっ……!」

 柄を掴む。小さな短剣なのに重く感じるのは僕の腕に力が入らないからだろう。更に深く唇に歯を立て、痛みで意識を保つ。気力を振り絞り、なんとかベッドの上に短剣を掴んだ腕を持ち上げた。鞘は外れ、抜き身の刀身が窓から射し込む陽光を映して光った。

「それで俺を追い払う気か?できるのかよ。こんなぐずぐずの身体で」
「あぁっ……!」

 一度達した後も勃ち続けているものを強く握られ、悲鳴に近い声が出た。痛みより快楽が勝り、また意識が飛びそうになる。

「ほら、ちゃんと抵抗しないと入っちまうぞ」
「ッ、やだ、だめ」

 タバクさんが腰を寄せ、僕の後孔に先端を押し当てた。既に十分解されたそこは更なる刺激を求め、自ら飲み込もうとする。わずかに腰を上げるだけで挿入はいってしまいそうだった。

 こんなことなら、あの時ゼルドさんに抱かれておけば良かった。怖気付いて中断しなければ良かった。彼以外と肌を重ねるなんて耐えられない。

 力が抜けきった状態の僕が短剣を振り回しても、タバクさんは片手で難なくあしらえる。だから全く警戒していない。多少切り付けられたとしても大したことはないと侮っているのだ。

「ばかにしないで」

 震える腕に力を込め、短剣を持ち上げた。鋭い刃はタバクさんではなく僕のほうに向いている。

「!?っおい、危ねぇぞ!」

 僕が何をしようとしたか察したタバクさんの焦った声が聞こえた。

 短剣を振り回す必要はない。
 高く掲げ、手を離すだけで済む。
 後は重みで下にあるものを貫くだけ。

「ライル!!」

 手から滑り落ちた短剣は、僕の脇腹に突き刺さった。媚薬の効果で快楽に負け掛けていた感覚が痛みによって急激に冷えていく。

 タバクさんの叫び声と同時に扉の向こうが騒がしくなった。異常に気付いたのだろう。ヘルツさんか、他の宿泊客か。廊下側から扉を叩く音が響き、誰かが押し入ってきた。やっと、やっと助けが来たのだ。

「ゼルド、さ……」

 かすれた声で彼を呼ぶ。こんな状態の僕を見たら悲しむだろうな、と思ったら涙があふれた。

 勝手なことをしてごめんなさい。
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