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72話・溶ける理性

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 宿屋の二階の突き当たりにある二人部屋。いつもはゼルドさんと穏やかな時間を過ごす幸せの象徴のような部屋。

 そこで僕は完全に逃げ場を失っていた。

 廊下で待機しているはずのヘルツさんは、いつまで経っても部屋に入ってこない。もしかしたら何らかのトラブルでまだ冒険者ギルドにいるのかもしれない。

 ならば、と隣の部屋の宿泊客に助けを求めたらタバクさんの仲間が借りている上に共犯者グルだという。

 マージさんの言葉を思い出す。


『タバクさんは他の冒険者とパーティーを組んで探索してるのよ?ダンジョン内で誰かに危害を加えたりしたら、さすがに仲間が気付くでしょ』


 ダンジョン内で仲間と別行動を取るとは考えにくい。再び合流できる保証がないからだ。だからタバクさんがハイエナ殺しなんてできるはずがない、と僕も思っていた。実際は、タバクさんがやったと知りながら口裏を合わせていただけ。

「どうして俺が誰かとすぐに仲良くなれるか分かるか?それは『俺と組めばカネになる』からだ。昔の仲間もそうだった」

 オクトで知り合った三人組の冒険者たちはタバクさんの儲け話に乗ったのか。まさか王都の時みたいな真似をここでもしているのだろうか。

「田舎娘を騙して娼館に売り飛ばすの、けっこう良い稼ぎになるんだよ。一人じゃ騙すに騙せねぇから仲間が要るんだ」

 やはり。タバクさんがオクトに拠点を移した理由は新たに娼館ができるから。優しい顔で近付いてその気にさせ、騙して売り飛ばす。買い手が変わるだけで、手口自体は同じだ。

 涙で滲んだ目で睨みつけると、タバクさんは肩を揺らして笑った。細められた目は先ほどからずっと僕を見据えている。間近で交わった視線に耐え切れず、先に目をそらした。

「ライル」
「ひっ」

 タバクさんは右手を僕の傍らに置き、左手で僕の目元に触れた。指先が目尻の涙を拭うようになぞり、そのまま頬から顎に滑っていく。軽く触れられただけなのに身体がカッと熱くなった。

 背中は壁にべったりとくっつき、これ以上後退できない。首をすくめ、震えて力が入らない手を前に出して接近を阻む。その手を捕まれ、指先を軽くまれると、ビクンと身体が跳ねた。

「あっ、え、なに、これ」
「やっと薬が全身に回ってきたな」

 口の端を歪めて笑い、タバクさんは更に身を乗り出してきた。ギシリとベッドが軋む。そっと撫でるような触れ方はそこまでだった。

「や、やだ、やめて」
「ヤダヤダ言われると逆に燃える」

 手首を掴まれ、乱暴にベッドに転がされる。即座に肘をついて上体を起こして離れようとしたけれど、僕の上に伸し掛かるタバクさんによって動きを封じられた。

「あ、やっ、さわらないで」

 手が服の隙間に差し込まれ、シャツが捲り上げられた。胸元まで露わになったところにタバクさんの大きな手のひらが這い回る。首筋や頬に触れられた時とは比べ物にならないくらいの刺激が身体の芯を甘く痺れさせた。

「く……ッ」

 ぞくぞくとした感覚には覚えがある。性的な快楽だ。でも、ゼルドさんと触れ合った時のような幸福感は一切ない。媚薬で一時的に感覚が鋭敏になっているだけ。

「はは、随分と良さそうだな」
「こんなの、ちがう!……んむ」

 こんなものは偽物の快楽だ。そう反論しようとした僕の口はタバクさんによって塞がれた。べろりと口内を舐められ、再び背筋が痺れる。全身が脱力してしまうほどの快感に襲われ、胸板を押し返そうとした腕から力が抜けていく。

「ん、んっ……うぐ」

 ろくに抵抗もできず、されるがままになっていた。深いキスをしながら、タバクさんの手は僕の胸や腹を無遠慮に撫で回す。口内と肌に与えられる刺激が快楽に置き換えられ、抗う意志が徐々に削がれていった。

「さっさと済まさねえと、真っ最中に相棒が帰ってきちまうかもな」
「……ッ!」

 嘲笑うようにタバクさんが口にした言葉に、熱く溶けそうになっていた思考が引き戻された。
 こんなところを見られたらどう思われるか、想像しただけで震えが止まらない。

「タバクさんだって、こまるんじゃないですか」
「俺が?なんで?俺はライルから『来てください』って部屋に誘われたんだぜ?」

 そうだった。ここには僕が誘ったことになっている。呼び出した際のメモが証拠だ。この行為が同意だと思われたら、何の抵抗もせずタバクさんを受け入れたように思われたらどうしよう。

「やめて、おねがい」
「お、まだ抵抗する気あんのか。薬の量が少なかったかなぁ」

 顔をそらして唇を離し、馬鹿な真似はやめてくれと懇願する。なかなか言いなりにならない僕に痺れを切らしたのだろう。タバクさんは僕の腰に手をかけた。慣れた手付きで金具を外し、ベルトを引き抜くと、下着ごとズボンを脱がせ始めた。

「ちょっ、なにを」
「なにって、ベッドの上でやることなんざ一つしかないだろ」
「やだ、やめて……!」

 タバクさんの手はこれまでの刺激で勃っていたものを無視して、更に下へと伸ばされた。彼の指先が僕の臀部を這うように撫で、その奥にある固く閉じられた部分に触れた。

「あれ?おまえ相棒とヤッてねぇの?」

 ぐいぐいと無理やり指を突っ込もうとしながら、タバクさんが首を傾げた。そんなところ、今まで誰にも触られたことなんかない。

「なーんだ、てっきり性欲処理も兼ねて雇われてるんだと思ってた」

 話をしながら手を動かし続けられる。下腹部を襲う刺激にまともに言葉を発することすらできず、ただ首を横に振って否定した。

 今の発言は僕だけでなくゼルドさんを侮辱している。

 僕が自慰の手伝いを申し出た時に叱られた。そんなことは支援役きみがすべき仕事ではないと言ってくれた。両想いになるまでキスすらしなかった。自分の欲より僕の気持ちを優先してくれた。僕を大事にしてくれた。

「慣らすの面倒くせぇ。だから初モノは嫌なんだよなぁ。ま、薬使ったしいっか」

 タバクさんは一旦手を戻して僕の唇に押し当てた。無理やり口の中に指を突っ込み、舌に触れる。媚薬で過敏になったせいか、舌への刺激すら快楽として受け取ってしまう。

「ンッ……ふ」

 僕の意志とは関係なく、身体は貪欲に更なる快楽を求めた。口内に突っ込まれた指を舐め、ちゅうと音を立てて吸い上げる。しばらくそうしていたら、タバクさんの指がずるりと引き抜かれた。無意識のうちに唇が指を追う。その様を見て、タバクさんが愉快そうに笑った。指の代わりに深いキスをされ、また勝手に身体が悦ぶ。

 唾液をまとわりつかせた指先が再び下へと伸ばされた。先ほどは少しも開かなかったそこは、絶え間なく襲う快楽に負けて弛緩しつつあった。濡れた指の腹を押しつけられ、少しずつ飲み込んでいく。

「っや、あ、あぁ、ん」

 自分の口から出たとは思えないほど甘い声がもれた。
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