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71話・誤解が招いた悲劇
しおりを挟む「え、それ。なんで……?」
タバクさんが持っている小瓶には見覚えがあった。第四階層の後半によく宝箱から出てくる昔の媚薬。さっき渡された水に混ぜられていたらしい。僕たちの部屋に置いてあった水差しの水だから完全に油断していた。
「俺愛用の『気持ち良くなれるクスリ』だよ」
愛用ということは、使ったのは今回が初めてではないということか。昔の媚薬は他のダンジョンからも発見されるとアルマさんが言っていた。もちろん王都のダンジョンも例外ではないだろう。
「なん、で、そんなもの、ぼくに」
乱れた呼吸の合間を縫って問うと、タバクさんは機嫌良さそうに目を細めて笑った。二年前、この笑顔が好きだったなと思い出す。
しかし、明るい笑顔はじわりと歪み、意地の悪い表情へと変化した。
「ライルは俺のこと怖いんだろ。オクトで再会した時から様子がおかしかったもんな。二年前なんの連絡もなしに消えて気まずいだけかと思ってたんだけどさ、その後何度話しかけても毎回ビクビクされて」
確かにタバクさんの前では萎縮してしまい、受け答えも不自然だった。ぎこちない態度と話し方に、やはり彼も気付いていたのだ。
「挙げ句、他の男に懐いてやがった」
「……え?」
顔を上げれば、タバクさんは眉間にシワを寄せてこちらを睨みつけていた。恐怖で身体が強張る。
「むかし俺に向けてた表情を、今はゼルドってヤツに向けてるよな。ライルに懐かれてたのは俺だけだったのに」
「そ、れは」
タバクさんに抱いていた憧れと恋心。それを粉々に砕いたのはタバクさん自身じゃないか。
言い返そうとした僕の口を、タバクさんの大きな手が塞いだ。額が触れるくらい近くに顔を寄せられ、その目が細められる様を間近に見る。
「ライルさぁ、もしかして知ってた?」
口角は上がっているのに目は笑っていない。口調も普段より荒くなっている。問われた意味が分かるからこそ、怒気を孕んだ声音に身体が震えた。
「アイツらのうちの誰かがおまえに漏らしたんだろ。だから二年前俺の前から消えた。違うか?」
タバクさんは王都時代の仲間が自分を裏切り、僕に真実を告げて密かに逃したと思い込んでいる。実際は偶然廊下で会話を聞いてしまっただけなのに。
違う、と首を横に振りたかったけど、まだ口が押さえられていて身動きが取れない。
「誰がライルを逃したのか分かんなかったから一人ずつ始末したんだよ。事故に見せ掛けてな」
「……っ!」
目の前が真っ暗になった。彼らが死んだ……殺されたのは僕が黙って王都から逃げたから。僕のせいで、三人も?
「最後にスルトで始末したヤツが一番怪しかったんだよな。アイツ、おまえのこと可愛い可愛い言ってたからな。両足首切って逃げられないようにしてからモンスターに喰わせてやった」
「ひっ……」
脳裏に浮かぶのはダンジョン内で発見した遺体。しっかり見たわけではないけれど、モンスターに腹部を喰われていたという。記憶の中の仲間の顔と先日見たハイエナの遺体が重なり、軽い吐き気を覚えた。
仲間の三人は完全な誤解で殺されてしまった。その切っ掛けを作ったのは僕だ。僕さえ逃げなければ彼らは殺されずに済んだ。モンスターに喰われることもなく、今も生きていたはずだった。
タバクさんは殺人犯じゃない、疑われて気の毒だ、なんて能天気なことを考えていたさっきまでの自分を殴りたい。
まったく力の入らない手でなんとかタバクさんを振り払い、距離を取るために後退する。腰掛けていたベッドに乗り上げ、背中が壁についたところで止まった。狭い室内に逃げる場所なんかない。
縋るような気持ちで扉に視線を向ける。既に自白は取れたのに、廊下で待機しているはずのヘルツさんは何故か踏み込んでこない。まだ自白が足りないのか。こんなにハッキリ『仲間は自分が始末した』とタバクさん自身が言っているのに。
もしやハイエナ殺しの自白も取ろうとしているのだろうか。そちらの話を聞き出すまで助けてもらえないのかもしれない。
「じゃ、じゃあ、オクトのダンジョンで、ハイエナをころしたのは……」
早くヘルツさんに助けてほしくて、僕はハイエナ殺しに話題を振り直した。震える声で問うと、タバクさんの口が弧を描いた。
「それも俺がやった」
「……どうして!」
ハイエナに至っては、タバクさんには殺す理由がない。拠点移動してきたばかりで接点などないはず。なのに、なぜ。タバクさんは見境なく命を奪う殺人鬼なのか。
「ハイエナ野郎がライルのこと悪く言ってたから腹が立ったんだよ。だから始末した」
「え」
意味が分からず、ただぽかんと口を開け、目の前に立つタバクさんを見上げる。
「酒場でアイツが話してるのを聞いたんだ。強い冒険者とギルド長に媚びて守ってもらうだけの支援役のガキがムカつくってな」
強い冒険者とはゼルドさんのことだ。彼はオクトのダンジョンで一番先を行くゼルドさんと組みたくて僕を脅し、その結果メーゲンさんにお仕置きと説教をされた。タバクさんが聞いたのは、その後のことだろう。ハイエナは全く反省をしていなかったということだ。
「ライルに仕返ししたいから手を貸せってしつこく言われてさ。他にも声を掛けてたみたいだけど、大抵おまえの相棒が怖くて断ってた。んで、了承したフリをしてダンジョンに潜ったとこを刺した」
ハイエナは僕を恨んでいたのか。そうだよな、単なる荷物運びの支援役に軽くあしらわれた挙げ句にギルド長から目をつけられたんだ。酔っていたせいもあるだろうけど、酒場で他の人を誘ってまで仕返しをしたかったのか。
タバクさんが人を殺した理由には全て僕が絡んでいた。僕のせいで四人も命を落とした。知らないところでそんなことになっていたなんて。
冒険者不審死事件もハイエナ殺しも、犯人はタバクさんだと本人の自白が得られた。
早く、早く踏み込んで捕まえて!
「……、……どうして?」
ヘルツさんに動きはない。扉の向こうで待機している手筈なのに、もしかしていないのか?
もしそうだとしたら、誰も助けてはくれない。薬を盛られて満足に動けない状態で、殺人犯のタバクさんと二人きりなんて。
タバクさんが全て話したのは、この後僕を始末するつもりなのかもしれない。どうせ殺すから最後に教えてくれたんだろうか。
「だ、だれか!たすけて!」
上半身をひねって壁を拳で叩き、震える声で可能な限り大きな声を出して助けを求める。ゼルドさんによれば隣の部屋の宿泊客は帰ってきているという。ダンジョンから帰還したばかりならば、きっとまだ部屋にいるはずだ。階下までは聞こえなくても、隣の部屋に誰かがいればきっと気付いてもらえる。
しかし。
「無駄だよ、ライル」
「ひぅっ」
必死に背後の壁を叩いている間にベッドの上に乗ったタバクさんが、僕の首に手を掛けた。突然触られ、ぞくぞくとした甘い痺れが全身を駆け昇る。媚薬のせいで、わずかな接触が数倍の刺激となって僕を責め立てた。
「隣は俺の仲間が借りてんだ。アイツらも共犯者だよ」
「…………うそ」
絶望的な状況に置かれ、僕は呆然とするほかなかった。
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