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70話・渦巻く思考

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 タバクさんが王都時代に組んでいた三人は既に亡くなっていた。ヘルツさんが事前に教えてくれた通りの話だけど、かつて直接言葉を交わした人たちの死はやはりショックだった。

 最初は言葉を濁していたタバクさんも、僕が彼らとの再会を望むような発言をしたことで黙っていられなくなったのだろう。

「気の良い奴らだったけど、探索中にな」

 悲しそうに視線を伏せ、タバクさんは当時のことを思い返しながらぽつぽつと話し始めた。

「ライルがいなくなってしばらく経ったくらいかな。王都のダンジョンで誤って深層まで行っちまって、まず一人死んだんだ。それで拠点を移したんだが、一人欠けたら次から次にだよ」

 いつもは快活なタバクさんが肩を落として項垂れている。声も暗く沈み、彼の深い悲しみを表しているようだった。

 長らく活動していた王都から拠点を移した理由は仲間を失ったから。死んだ仲間の思い出が残る場所に居続けるのは辛かったんだろう。
 僕もダンジョンの大暴走スタンピードの後スルトに残る選択ができなかった。気持ちはわかる。

 四人でうまく回っていたパーティーが、一人欠けたことで歯車が狂ってしまった。探索中の不幸な事故だと、タバクさんは主張しているようだった。

「……そうだったんですね。僕、何も知らなくて。すみません」
「謝ることはねぇよ」

 謝罪すると、タバクさんは寂しげな笑みをこちらに向けた。仲間の死を心から悲しみ、悼んでいる顔だ。僕は彼を疑ってしまったことを恥じた。

「──それより」

 しんみりした空気を切り替えるような澄んだ声に顔を上げると、タバクさんが僕をまっすぐ見据えていた。先ほどまでの悲しげな表情は既に消えている。

「アイツらにはいつも雑用ばっか言い付けられて迷惑してただろ?なのに、会いたいとか話してみたいとか言うんだな」
「え?だって」

 確かに毎回こき使われていたけれど、暴力を振るわれたり搾取されたりしたわけじゃない。偶然盗み聞いた会話では、僕を気遣うようなことを言っていた。だから、あの三人にそこまで悪い感情はない。むしろ王都を飛び出した後に組んだ冒険者たちのほうが酷かったくらいだ。

「ええと、その、いつもタバクさんが庇ってくれましたし……そんなに酷い目には」

 そこまで言って、ふと気付く。
 彼らから庇ってくれた理由は僕を懐柔して信頼を得るため。後々売り飛ばした際に逃げ出さないようにするための心理的な枷。

 嫌な汗が背中を伝う。
 あれ、僕はなんでタバクさんと二人きりで話をしているんだっけ。あの時感じた悲しみや恐怖はまだ記憶に残っているというのに。いや、僕にしかできないことだから任されたんだ。タバクさんを引き留めて、うまく話を聞き出して。

「ライル」
「っ」

 名前を呼ばれ、ビクッと身体が揺れた。
 警戒と緊張が表に出た。明らかに不審な態度だ。誤魔化すように何か話そうと口を開くが、頭の中の考えがまとまらず言葉が出てこない。

「さっきの話、おまえもショックだよな。知ってるヤツが死んだなんてさ」
「……は、はい」

 前髪を直すふりをしながら、さりげなくタバクさんから視線を外す。さっきまでは普通に話せていたのに急に空気が変わったように感じた。

 僕の態度がおかしいのは彼らの死を知って動揺したせいだと思ってくれたようだ。うまく誤魔化せて、ホッと安堵の息を吐く。

「ま、水でも飲んで落ち着けよ」

 タバクさんは机に置いてあった水差しからグラスに水を注ぎ、差し出してきた。礼を言って受け取り、一気に飲み干す。常温のぬるい水が喉のつかえをほんの少しだけ洗い流してくれた。

 僕は再び俯き、次に何を話すか必死に頭を働かせた。落とした目線の先には手にした空のグラスがある。

 王都時代の仲間の死は不幸な事故。
 ならばハイエナ殺しの件はどうか。

「ちょっと前に第三階層で冒険者が一人亡くなったって話、知ってますか?」
「前回探索から帰還した時に聞いたよ」
「怖いですよね。自分も潜っているダンジョンで人が亡くなるなんて」

 冒険者ギルドが探索許可制度を導入してからダンジョン内での死亡事故は減った。特に僕はゼルドさんと組んでから命の危険を感じたことはない。

「死んだのはハイエナ野郎だろ?自業自得だな」

 ほとんどの冒険者は今のタバクさんと同じような反応を示す。ギルド長のメーゲンさんですら同じことを言っていた。モンスターとの戦闘を他者に任せ、宝箱を掻っ攫う卑怯者。ハイエナに対してはそういう評価しかない。

 僕も変な理由で絡まれて迷惑したけど、死んで当然だとは思えなかった。

「……ぼく、は……」

 反論しようとして口を開くが、うまく言葉が出てこない。さっきまで普通に話せていたのに、と右の手のひらを喉に当て、深く息を吸い込む。胸に空気が満ちた途端、ドクンと心臓が跳ねた。急に脈が早まり、目の前がぐらりと揺れる。左手で持っていたグラスが音を立てて落ち、板張りの床に転がった。

「あ、あれ……?」

 グラスを拾おうと手を伸ばしたら、身体全体が前に倒れそうになった。床に倒れ臥す前にタバクさんが肩を掴み、支えてくれた。

「おいおい、大丈夫かよライル」
「す、すみません。からだ、が」

 こちらを覗き込むタバクさんと目が合った。何故か視界が揺れ、近くにいるのに表情がよく分からない。

 僕はどうしてしまったんだろう。急にうまく喋れなくなって、身体も思うように動かせなくなった。バクバクと心臓の音がうるさくて思考が乱れ、呼吸が徐々に荒くなっていく。

「ごめ、なさい。ぼく、体調が」

 さっきまで普通に話せていたのに呂律が回らなくなってきた。体温が上がり、ガンガンと頭が痛む。こんな急に体調が崩れるなんて有り得ない。

 話を聞き出している最中だというのに。
 この役目は僕しかできないというのに。

「顔が赤いぞ。熱があるのか?」
「ひゃ、あ」

 タバクさんが僕の前髪を掻き分け、手のひらを額に押し当てた。たったそれだけの接触にビクンと身体が跳ね、変な声が出た。触れられた部分から全身へと痺れるような感覚が広がっていく。
 僕は一体どうしちゃったんだろう。

「はは、すげぇ効き目」
「……え?」

 そう言いながら、タバクさんが懐から小さな瓶を取り出した。美しい装飾が施された、手のひらに収まるくらいのガラス瓶。

 とろりとした桃色の液体が揺らめく様を見て、それが何かを理解した瞬間、僕は顔色を失った。
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