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67話・交渉開始
しおりを挟む同じ宿屋に泊まっているのだから、ダンジョン探索などで留守にしていない限りは共有部にいれば遭遇する。
「あーよく寝た。腹減った」
ゼルドさんと一階にある食堂でお昼ごはんを食べていたら、タバクさんたちが降りてきた。いかにも寝起きといった様子で眠そうな目を擦っている。昨夜ダンジョンから帰還したばかりで疲れているようで、宿屋に帰ってから今まで寝ていたのだろう。
「タバクさん、おはようございます」
「おー、ライル。おはよ」
椅子から立って頭を下げるとタバクさんは軽く手をあげて応え、女将さんに四人分の昼食を頼んでからテーブルについた。
「後でお時間くださいね」
「ああ、昨日言ってた件な。りょーかい」
約束を覚えていてくれたことに安堵し、ホッと息をつく。向かいに座るゼルドさんを見れば表情がやや柔らかい。探し求めていた『対となる剣』が手に入る目処がたって嬉しそうだ。目を合わせて笑い合う。
食後、タバクさんは仲間の三人に指示を出していた。戦利品の鑑定をしにギルドに行ってこい、などと言っている。
今ギルドに行かれたらフォルクス様が視察に来ていることに気付かれてしまう。スルトの踏破者であるダールもいる。それに、鑑定士のアルマさんはメーゲンさんと共に捨てられた剣を回収しに行っているのだから留守だ。
「アルマさんは今日お休みなので、ギルドに行っても鑑定してもらえませんよ」
慌てて口を挟むと「じゃあ明日にするか」と思いとどまってくれた。危ないところだった。
「んじゃ、そろそろ交渉に入るか」
仲間の三人が部屋に戻っていくのを見送ってから、タバクさんが僕たちのほうへとやってきた。防具は身に付けていないけれど、腰には剣を差している。今日の交渉のためにわざわざ持ってきてくれたのだ。
僕がゼルドさんの隣に座り直し、向かいの席にタバクさんが腰掛け、テーブルを挟んで対面した。
「──で、この剣が欲しいんだっけ。なんで?」
鞘ごと剣をテーブルに置きながら、タバクさんが僕たちに尋ねる。目の前の剣を見れば、ゼルドさんの鎧の左胸に彫られた十字の紋様と同じ紋様が柄と鍔、剣身に渡って彫られていた。大きさも同じ。間違いなく『対となる剣』だと確認する。
ゼルドさんはあまり口が上手くないので、僕が代わりに理由を説明する。
「アルマさんによると、ゼルドさんの鎧とその剣は同じ系統の装備らしいんです。彫られた紋様が同じですよね。せっかくだから揃いで装備したい、と」
「へえ?ホントだ」
この剣がないと鎧が外せないという点は内密にしておこうと事前にゼルドさんと決めていた。知られれば交渉で足元を見られる可能性もあるからだ。
紋様を交互に見て興味深そうに頷くが、すぐには納得してくれなかった。
「アンタの得物は大剣だろ?これは細身の長剣だぜ。アンタが装備するには合わないんじゃねぇの?」
「……問題ない」
「あっそ。まぁいいけど」
やはりゼルドさんは受け答えが苦手だ。
「この剣すっごく気に入ってんだよね。頑丈だし切れ味良いし。今んとこ代わりの武器もないし、簡単には譲れねぇな」
テーブルに頬杖をつき、こちらの反応を窺うように鋭い目を向けてきた。
緊張で身体がこわばり、膝の上に置いた拳が震える。その手にゼルドさんが自分の手を重ね、ぎゅっと握った。視線だけを隣に向ければ、ゼルドさんと目が合った。わずかに細められた目が「大丈夫だ」と言っているようで、僕の身体から余計な力が抜けた。
「希望の金額を聞こう」
「うーん……そうだな……」
金額交渉が始まった。
ここから先はゼルドさんが対応する。
「ギルドの鑑定士によれば査定額は金貨二十五枚だ。だが、もちろんその金額では手放せねえ」
「無論だ」
事前に査定額は聞いている。そこから更に上乗せして要求される覚悟もしている。手放す気のない人から無理やり買い取るのだから、可能な限り要望を聞かなくては。
「金貨百枚。即金で」
「なっ……!」
しかし、タバクさんは僕の予想を遥かに超える金額を要求してきた。驚きのあまり声を上げてしまい、すぐに手で口をふさぐ。
アルマさんの査定額の四倍。金貨百枚なんて普通の冒険者が一度に手にすることはまずない。剣一本の対価としては法外すぎる。吹っ掛けられてもせいぜい査定額の倍くらいだろうと考えていたが甘かった。
動揺を隠せない様子の僕を見て、タバクさんはニヤリと口の端を上げて笑った。
「どうする?俺はどっちでも構わねぇぜ?」
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