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66話・移り香

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 明け方、寒さで目が覚めた。隣で寝ていたダールの寝相が悪く、被っていた毛布が全て下に蹴落とされていたのだ。起きて拾おうとしたけれど身動きが取れない。

「……ダール、離して」
「ん~?無理」
「ちょっとの間でいいから」
「しゃーねーな」

 僕を羽交い締めにしているダールに声をかけると、ようやく拘束が解かれた。宿屋のベッドより広くてふかふかなのに変な体勢で寝ていたせいで身体が痛い。
 毛布を拾い上げて掛け直すと、ダールが再び抱きついてきた。機嫌良さそうに目を細めて笑っている。

「おはよ、ライル」
「うん。おはようダール」

 朝の挨拶をするのも十年ぶり。些細なことだけど、すごく嬉しい。僕たちにとっては当たり前ではないからだ。

「そろそろ起きる?」
「やだ、ずっとこうしてたい」
「まだ馬車旅の疲れが取れてないのかな」
「……そうじゃねーけど」

 微妙に受け答えの歯切れが悪いのは、やはり疲れているからだろう。昨日は夜更かししてしまったし、今日はゆっくり過ごしてもらおう。

「朝ごはん食べたら宿屋に戻るね。昼過ぎにタバクさんと約束したってゼルドさんにも言っておかないと」

 言い終わる前に、ダールが飛び起きた。

「話し合いはゼルドのオッサン主導でやるんだろ?そっちはいーんだけど、その後がさぁ……」

 その後とは、昨日ヘルツさんから提案された『タバクさんと二人きりになって話を聞き出す』件だ。
 王都時代の知り合いという立場を利用して油断させ、冒険者不審死事件やハイエナ殺しに関わる情報を得る。メーゲンさんとアルマさんが第四階層から剣を回収して戻るまでの時間稼ぎでもある。

「ライルは戦えないんだろ?心配」
「大丈夫だよ。話をするだけだから」
「相手は殺人犯かもしれねーんだぞ」
「でも、違うかもしれないでしょ?」
「……」

 僕はタバクさんを信じたい。少なくとも、平気で人殺しをするような人じゃないと思いたい。回収された剣を調べてハイエナ殺しと無関係だと証明されれば、他の不審死事件の疑いも少しは晴れるだろう。怖いとか言ってる場合じゃない。

 朝食も昨晩同様ギルド長の執務室で食べる。ギルドの営業時間前なのでまだ早朝だ。
 近くの定食屋から運ばれてきた料理はパンと野菜スープ、ハムやチーズなどの簡単なものだ。フォルクス様には僕たちより良い料理が提供されているらしい。貴族様だもんね。ちょっと気になる。

「メーゲンたちが戻ってきたらすぐに知らせるわ。それまで何とか怪しまれない程度にタバクさんの足止めをお願いね」
「わかりました」
「知らせる役はオレがやるよ。ギルドここから宿屋まで五秒もあれば着く」

 マージさんは受付嬢の仕事があるからギルドから離れられない。手が空いてるダールが連絡役として待機する手筈となっている。

「皆さま、おはようございます」

 そこにヘルツさんがやってきた。執務室の入口で恭しく頭を下げている。昨日と同じ淡々とした無表情だ。最終確認のためにわざわざ来てくれたらしい。

「本日の昼食後、宿屋にて剣の譲渡に関する交渉が終わり次第ゼルド様だけをギルドに呼び出します。ライル様は宿屋に残り、個室にてタバク氏から情報を引き出していただきます」
「は、はい」
「くれぐれも今回の件はゼルド様には内密に」

 手短に用件だけを伝えると、ヘルツさんはさっさとフォルクス様の客室へと戻っていった。

「じゃあ宿屋に戻りますね」
「ライルくん、頑張ってね」
「ライル、気ィつけろよ!」
「ありがとうマージさん、ダール」

 二人に見送られてギルドから出た。
 まだ早い時間だ。朝もや煙る通りを行き交う人の姿は少ない。

 女将さんに挨拶をしてから二階に上がり、突き当たりの部屋の扉をノックする。

「ゼルドさん、僕です」

 声を掛けると、中から鍵が開けられた。すぐに扉が開かれ、あっという間に室内へと引きずり込まれる。顔を見る前に腕の中に捉われ、身動きが取れなくなってしまった。

「ぜ、ゼルドさん?」

 なんとか首を彼のほうに向けたけれど、僕の肩口に顔を埋めているから表情は見えない。

「…………寂しかった」

 溜め息混じりの低い声。たった一晩、しかも近所のギルドに泊まっただけなのに、ゼルドさんは寂しくて仕方がなかったようだ。

「ゼルドさん、顔が見たいです」

 耳元で囁くようにお願いすれば、ゼルドさんが腕の拘束をゆるめて身体を離した。昨日より元気がない。あまり眠れていないのかもしれない。

「僕がいないとダメなんですか?」
「情けないが、どうやらそのようだ」

 ふふっと笑い合い、抱きしめ合う。
 やっぱりゼルドさんの腕の中が一番安心できる場所だ。愛されていると実感できる。ずっとこうしていたい。

 でも、今はそれどころじゃない。

「タバクさんと交渉の約束を取り付けました。今日の昼食後に宿屋の食堂で」
「いつの間に」
「昨日の夜タバクさんがギルドに帰還報告しに来たので、その場で決めちゃいました」
「そうか、わかった」

 返事をした後、ゼルドさんは再び僕の肩口に鼻先を埋めた。すう、と息を吸い込んでから「うん?」と怪訝な声を上げる。

「いつもと匂いが違う」
「ギルドの客室でお風呂に入ったんですよ。宿屋の石鹸せっけんと違うのかも」
「いや、石鹸というより……」

 すんすんと匂いを嗅いでいたゼルドさんが、僕の二の腕を掴んで身体を離した。何故か表情が険しい。

「もしや、昨夜は友人と?」
「一緒に寝ましたけど」
「まさか同じベッドで?」
「ベッドが一つしかなかったので」
「はぁ……やはりそうか……」

 一人用の客室に転がり込んだのだ。追加のベッドはダールが断ってしまったので一緒に寝るしかなかった。自分じゃよく分からないけど、もしかしてダールの匂いが移っていたんだろうか。

「ベッドが狭かったのでダールに抱えられたまま寝たんです。そのせいで身体のあちこちが痛くて」

 ゼルドさんはこめかみを押さえ、眉間にシワを寄せて大きな溜め息を吐き出している。何やら「十年ぶりに会った友人だから仕方ない」とかブツブツ呟いている。

「ダールは友だちですよ?」
「…………わかっているとも」

 やっぱり妬いていたんだな。

「昨夜のぶんを取り戻したいが、残念ながら今日は隣に人がいる」

 ダンジョン探索で留守にしていた隣の宿泊客が帰ってきたらしい。そうじゃなければ何をされていたのやら。

 マーセナー家のことや、アンナルーサという女性のこと。色々聞きたいことはあるけど確認する勇気がない。何度も口を開きかけては言葉を飲み込み、余計なことを言わないように唇を重ねる。ゼルドさんも言いたいことを我慢しているように見えた。

 結局、昼になるまでゼルドさんとくっついて過ごした。

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