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65話・言えない本心
しおりを挟むダールは口元に笑みを浮かべたまま僕を睨みつけている。獰猛な光を宿す瞳に射抜かれ、身体が緊張で強張った。
『私にはライルくんという特別な存在がいる。共に生きると誓った仲だ』
昼間、フォルクス様との話し合いの時にゼルドさんが僕との交際を公言した。その時は冗談だと笑い飛ばしていたダールも先ほどの僕の発言を聞き、ようやく事実だと認識したようだ。
「は?なに?騙されてんの?」
「ち、違うよダール。僕は……」
「うるさい。ちょっと黙って」
「ええ……」
ダールは明らかに不機嫌になっていた。ベッドの上に胡座をかき、親指の爪を齧りながら眉間に深いシワを刻んでいる。
「十年も離れてたんだ。その間に恋人とかできてる可能性も当然考えてたけどさ、相手がオッサンとかマジ有り得ねーんだけど」
「ぜ、ゼルドさんはおじさんじゃないよ」
「ライルは黙ってろ!いま混乱してんの!」
「ひえっ」
ダンジョン踏破者に凄まれて太刀打ちできるはずもなく、僕はベッドの端で小さくなって震えるしか出来なくなった。
「いつから付き合ってんの」
「ま、まだ一ヶ月も経ってない」
「ふーん。どっちからコクった?」
「ええと、……ゼルドさんから」
「年下好きの変態か、あのオッサン」
「変態なんかじゃないよゼルドさんは」
「うるさい、聞かれたことだけに答えろ」
「うう……」
何故か馴れ初めを根掘り葉掘り聞き出され、僕は話せる範囲のことを答えていった。次第にダールの不機嫌さも落ち着いてきて、話し終える頃にはいつもの雰囲気に戻っていた。最後のほうは惚気になってしまい、ダールから「そこまで聞いてねー!」と呆れられてしまった。
「ま、ゼルドのオッサンが悪いヤツじゃないのは分かったよ。フクザツな気分だけど」
盛大な溜め息を吐き出しながら、ダールは頭を掻いている。十年ぶりに再会した友だちが年上の同性と恋人関係になっていたのだ。混乱するのも無理はない。
「ライルにはフワフワした可愛い女の子と付き合ってほしかったんだけどなー。まさかオレより遥かに年上の男が相手とは……」
心底残念そうに眉根を寄せている。期待に応えられず申し訳ない気持ちになるが、こればかりは仕方がない。
「今は家を出てるとはいえ、ゼルドのオッサン貴族なんだろ?フォルクスがカンタンに諦めるとは思えねーけど」
「そうなんだよね……」
フォルクス様は理由をつけてゼルドさんを王都の実家に連れ戻そうとしている。まだ貴族籍は残っていると言っていた。あっさり断られ、茫然自失状態になってはいるけれど、明日には復活するだろう。
「あと、大暴走を未然に防ぎたいって志はスゲー立派だし有り難い話だけどさ、貴族の立場を捨ててやることか?カネや権力があるほうができることもあるだろ」
「……家を出た理由はそれだけじゃないって」
「なんも聞いてねーの?」
「う、うん」
過去に何があったのか、僕はまだ何も知らない。
あれほどまでに現当主のフォルクス様が慕っているのだから、実家でのゼルドさんの立場が悪いとは思えない。アンナルーサという女性の件が関わっているのは明らかだ。どんな関係だったのか知りたいけど怖くて聞けない。
「ぶっちゃけ大暴走を防ぐ旅に出るならオレとライルのほうが因縁あるし適任だろ。オッサンの出る幕なくね?」
「え……」
「もしゼルドのオッサンがフォルクスに説得されて王都の実家に戻っちまったら、ライルはどーすんだよ」
ダールの言葉が胸に刺さる。
その可能性は考えた。一度はゼルドさんを実家に戻そうとした。ゼルドさんには必要としている家族がいる。僕のせいで家族を捨てるなんてことになったら悲しい。
「オレはライルに泣いてほしくねーんだ」
「ダール……」
ベッドの上に座り込み、うなだれる僕の肩をダールが抱き寄せる。よしよしと慰めるように頭を撫でられた。荒っぽい手付きだけど、気遣う気持ちと優しさを感じる。
「せっかく生きてるんだ。幸せになんなきゃな」
「うん」
ダールは大好きな友だちであり、頼れる兄のような存在だ。損得抜きで僕の幸せを願ってくれる。
「オッサンに捨てられたら一緒に来いよ!な!」
「う、うん……?」
励ます気あるんだよね?
むしろ捨てられることを期待してない?
ちょっと複雑な気持ちになった。
「……ライル、もう寝た?」
「ううん、まだ起きてる」
隣で横になっているダールが小さな声で話しかけてきた。眠いけど、何となく気持ちが落ち着かなくて眠れなかった。ダールも同じだったようで、僕が返事をすると、もぞもぞと近寄ってきた。
「付き合いたてで一番楽しい時に水を差すよーなこと言って悪かったよ。色々言ったけどさ、オレ、ライルが笑って過ごせるなら相手なんか誰でもいいんだ。ホントだぜ?」
「ふふ、分かってるよ」
僕が笑うとダールも笑う。
彼こそ幸せになるべきだ。
「ダールはこれからどうするの?」
「そうだなー。せっかくだから、しばらくは国中のダンジョンを巡ろうかなと思ってる」
「どこか一箇所に落ち着く気は?」
「ん~……ひとつのダンジョンばっか潜って万が一また踏破しちまったら他のヤツらに恨まれちまうし、やるならダンジョンが幾つかあるとこだな。王都とか」
ダンジョンは踏破されるとモンスターと宝箱が出現しなくなる。稼ぐ場所がなくなってしまうわけだから、冒険者にとっては死活問題だ。ダールは踏破実績があるため、どこへ行っても警戒されるのだろう。
アルマさんの説ではアイテムが尽きない限りダンジョンは踏破されないらしいけど、そもそも最深部に到達できる冒険者が稀なのだ。強者が何度も潜れば踏破の可能性が高くなる。
「あと、助けてくれた村にも顔を出したい」
「五年もいたんだよね、隣の国にある狩人の村」
「そう。すっげぇ世話になったからお礼しに行かねーと。その後スルトに帰ろっかな」
ダールが僕の十年間を知らないように、僕もダールの十年間を知らない。別の人生を歩み、いま偶然交差しただけ。大暴走さえなければ辺境のスルトから出ることもなく、同じ時間を過ごしていたはずなのに。
離ればなれになっても生きていればまた会える。互いの噂を耳にすることもある。たまに連絡を取って会うくらいがちょうどいいのかもしれない。
話しながら、ダールがうとうとし始めた。一晩中語り明かすと意気込んでいたが、あたたかな布団の中で睡魔に抗い続けるのは難しい。
「おやすみ、ダール」
「うん、おやすみライル」
手を伸ばし、彼の手を掴む。ぎゅっと握りしめれば、それより強い力で握り返された。
「オレさ、ホントはライルと……」
最後まで言う前に、ダールは寝落ちてしまった。
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