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64話・一緒に暮らそう

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 作戦会議を終えた頃にはすっかり遅い時間になっていたため、解散してそれぞれの部屋に引っ込んだ。

 僕はダールに用意された客室に泊まることになっている。ギルドで働いていた頃に掃除しに入ったことはあるから何がどこにあるかは把握しているけど、もちろん泊まったことはない。

 備え付けの浴室を確認すると、小さな浴槽に目一杯の湯が満たされていた。

「先にお風呂入りなよ、ダール」
「ライルも一緒に入ろーぜ」
「やだよ、狭いもん」
「ちえー残念」

 ギルドの客室の浴槽は宿屋のものに比べるとひと回り小さい。洗い場も狭いので、二人で入るなんて到底無理だ。

 渋々一人でお風呂に向かうダールを見送り、ソファーに座って息をつく。

 昔は素っ裸になって川で泳いだりしたなあ、なんて懐かしく思う。ダールは今もその感覚なのだろう。十年ぶりに僕と再会して浮かれているように見えた。

「出たぞー!」
「早過ぎるよ」

 わずか数分で浴室から飛び出してきたダールは、腰に手拭いを巻いただけの姿だった。髪や身体はまだ濡れていて、ぼたぼたと床に水滴が落ちている。

「もう、しっかり拭かないと風邪ひくよ」
「オレ風邪ひいたことねーもん」
「いくら丈夫でも駄目」

 隣に座らせ、新しい手拭いを手渡して身体を拭かせる。後頭部で結っていた髪は下ろされ、背中のほとんどを覆い隠していた。
 後ろ髪をまとめてすくい上げて拭こうとして、息を飲む。

「ダール、これ」
「ん?ああ、古傷」

 筋肉質な背中の真ん中に目立つ傷痕があった。大きな爪に引き裂かれたような裂傷が皮膚を醜く引きつらせている。よく見れば、腕や脚にも大小様々な傷があった。

「……痛い?」
「んーん、天気悪い時以外は平気」

 あっけらかんとしているけれど、ヘタをすれば命を落としていたかもしれないほどの傷だ。
 モンスターに対峙して川に流され、滝壺から落ちて遥か彼方まで流されたのだ。無傷でいられるはずがない。ダールが受けた痛みがどれほどのものか、僕には想像もつかなかった。

 恐る恐る背中に触れ、指先で傷痕をなぞる。くすぐったそうに肩をすくめるダールの身体にすがりつき、腕を回して抱きしめた。

 あたたかな体温と感触。
 肌を通して伝わる心臓の音。

「生きててくれて良かった……!」
「もう、何べん言うんだよ」
「何度でも言うよ。嬉しいんだから」

 照れ臭そうに笑いながらも、ダールは僕の手を振り解かず、されるがままになっていた。

「……ぐすっ」
「あ!鼻水つけんなよライル!」
「ごめん、もう手遅れ」
「洗ったばっかなんだぞ!」

 しんみりした空気は一瞬で霧散し、涙目で笑い合う。せっかく再会したんだから泣いてばかりじゃもったいない。

「ライルも風呂入ってこいよ」
「うん、じゃあ入ってくるね」

 着替えは持参していないけれど、客室には下着や着替えが多めに準備してあったので、ありがたく使わせてもらうことにした。

 湯に浸かりながら今日の出来事を振り返る。

 ダールとの再会。
 フォルクス様の話。
 冒険者不審死の謎。
 タバクさんへの疑惑。

 何故か自分が話の渦中にいる気がして怖くなった。明日は『対となる剣』の交渉がある。その後はタバクさんから事件絡みの話を聞き出さなくてはならない。

 うまくいけば明日で全てのカタがつく。
 やっとゼルドさんの鎧が外せる。

「……ゼルドさん、今ごろ何してるかな」

 最近はずっと一緒だったから、そばにいないと落ち着かない気持ちになる。二人きりの時は抱きしめ合ったりキスをしたり、身体を触り合ったりした。たった数時間離れただけで寂しく感じてしまう。

「いつまで入ってんだライル!」
「うわあ!ビックリしたー!!」

 湯舟に浸かりながら物思いにふけっていたら、ダールが浴室内に乱入してきた。そんなに長湯をしたつもりはないけれど、カラスの行水なダールには長過ぎて待ちきれなかったらしい。

「のぼせてんじゃね?顔真っ赤だぞ」
「え?あ、そうかも」
「早く上がってこいよ、退屈だから」

 言うだけ言って、ダールは出て行った。顔が赤いのは、きっとゼルドさんを思い出していたからだ。

 お風呂から上がり、濡れた髪を拭きながら部屋に戻ると、ダールはベッドでゴロゴロ寝転がっていた。僕が戻ってきたと気付いて身体を起こし、手招きしている。

「おまえ風呂長いなー」
「お湯を堪能してきた」
「オレ風呂嫌い。熱い」

 野生児というか野生動物みたいだな。

「ほら、早く!」
「はいはい」

 ベッドの片側を空けて催促するダールに苦笑いを向け、僕もベッドに入る。向き合うように横になり、毛布を肩までかぶった。

「なつかしい。昔もこうして一緒に寝たよね」
「オレんちに泊まったり、ライルんちに泊まったり。楽しかったな」

 親兄弟は死に、住んでいた家は取り壊された。今のスルトには僕たちが帰る場所がない。

「村の外れに慰霊碑が建てられてんだ。大暴走スタンピードの犠牲者の墓はぜんぶそこにまとめられてる」
「……そうなんだ」

 僕は騎士団と共に王都に移ったから、慰霊碑を見たことはない。院長先生から聞いただけ。

「そのうち墓参りに行こうぜ」
「うん、そうだね。いつか」

 一人ではスルトに帰る勇気が持てなかった。でも、ダールと再会した今なら受け入れられる気がした。

「オレがダンジョン踏破したから、この先スルトは寂れちまうんだよなー」
「冒険者ギルド、なくなるんだっけ」
「最低限の機能は残しておくんだとさ。冒険者が来なくなるから店も宿屋もほとんど他の町に移転して、かなり空き家が出たんだよ」
「そっか。そりゃそうなるよね」

 店の移転先はこの町オクトだ。働いていた人たちも一緒に移ってしまうわけだから、当然スルトには空き家が増える。

「それでさ、一緒に住まねえ?」
「え?」
「良さげな一軒家を押さえてあるんだ。中古だけど、築十年くらいだから割と綺麗だよ」
「ちょ、ちょっと待って」

 突然の同居話に驚き、上半身を起こす。

「ライルんちがあった場所とほぼ同じとこに建ってるんだよ。流石に間取りは違うけど、住めばすぐ慣れると思う」
「そうじゃなくて」
「え、なに?新築のほうが良かった?」
「違う、物件の話じゃない」
「じゃあ何だよ」

 話を遮られ、ダールは寝転がったまま不服そうに唇を尖らせた。僕がなぜ頷かないのか理解していない顔だ。

「いつかはスルトに帰りたいけど、それはまだ先の話というか」
「んん~?まあ、スルトくっそ田舎だもんな。他の町で遊びたい気持ちも分からんでもない」
「分かってないよダール……」

 違う、そうじゃない。
 僕にも都合があるのだと理解してくれ。

「僕は今ゼルドさんと組んでるんだ。勝手なことはできないよ」
「あのオッサン?パーティー解消しちまえば良くね?」

 年齢的にオッサンという表現も間違いではないかもしれないけど、恋人をオッサン呼ばわりされるの抵抗あるなあ。

「ずっと一緒に活動するって彼と約束したんだ。僕もそれを望んでる」

 きっぱり言い切ると、ダールは目を丸くしてから笑いだした。部屋中に響き渡る大きな笑い声に怯み、ベッドの上で距離を取る。

「ははは!……もしかして、昼間のアレって冗談じゃなかったんだ?」

 じろりと睨まれ、僕の喉がヒュッと鳴った。
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