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63話・従者の提案
しおりを挟むすっかり忘れていた。
心のどこかに引っ掛かっていた違和感。
「第四階層の大穴の底に剣が落ちてるのを見つけて……何故捨てられているのか不思議に思ったんですけど」
前回ゼルドさんとダンジョンに潜った際に見つけた剣。わずかに刃こぼれしているだけで、破損というほどではなかった。
「あれ、多分タバクさんの剣です」
「どうしてそう言える?」
「王都時代に時々装備の手入れを任されてたんです。見つけたのがダンジョンの奥だったから、その時はタバクさんの剣だって思いも寄らなくて」
過去に騙されかけたことが悲しくて記憶に蓋をしていた。すぐに思い至らなかったのはそのせいだ。
「ライルは結局タバクってヤツを信用してんの?疑ってんの?さっきは庇ったくせに、今は不利になりそーなこと言ってんぞ」
ダールに問われ、唇を噛む。
確かに支離滅裂だ。彼が怖いし、できるだけ近付きたくないと思う。二年前に騙されそうになったけれど、人殺しまでするような極悪人ではないと信じたい。ハイエナ殺しに至っては完全に動機がないのだから。
「まだその剣が犯行に使われたか分からないし、剣がタバクさんのものであっても遺体の傷痕と一致しなければ少なくともハイエナ殺しの疑いは晴れます!」
強く言い切ると、全員がぽかんと口をあけた。
「よく言った、ライル」
一番最初に気を取り直したのはメーゲンさんだった。彼は大きな肩を揺らして笑い、自分の膝を力強く叩いた。
「疑わしきは罰せず!タバクはまだ犯人じゃねえ、ただのイチ容疑者だ。その剣を回収しないことには始まらねえ」
「でも、悠長なことは言っていられないわよ。ギルドに視察が来たと、明日には彼も知るでしょう。疑われていると悟れば逃げられてしまうかも」
オクトは小さな町だ。馬車数台引き連れてやってきた貴族の話はとっくに広まっている。後ろ暗いことがあれば雲隠れする可能性もある。
「よし、今から剣を回収しに行くか!」
メーゲンさんが立ち上がるが、それをマージさんが止めた。
「ちょっと、ガーラント卿が来てるのよ!ギルドの責任者が留守にするつもり?」
「一応形式的なやり取りは今日終わったわけだし、もう話すこたァねえよな?ヘルツさんよ」
「は、問題ありません」
フォルクス様の従者ヘルツさんが即座に答える。どのみち精神的なショックから立ち直るまで人前に出てこないだろうから、こちらは問題ない。
「んじゃ行ってくらァ」
「あ、僕、場所を案内します!」
慌てて立ち上がりかけた僕を、メーゲンさんが手で制した。
「ライルは明日の午後イチでタバクと約束してるだろうが。それまでに帰ってこれる保証はねえから大人しく留守番してろ」
そうだった。タバクさんが所持する『対となる剣』を譲ってもらうために約束をしたのだから、僕が抜けるわけにはいかない。
「代わりにアルマを連れてく」
「はぁ~!?」
メーゲンさんは隣に座るアルマさんの肩をガッと掴んだ。突然話を振られたアルマさんが心底嫌そうな顔をする。
「あたし、もう寝たいんだけど~」
「昼間サボって寝てるだろうが。たまには身体を動かさねえと太るぞ!」
「ひっど!それが頼み事する態度かよ~」
「おまえなら迷わず先に進めるだろ?来てくれたら百人力なんだが」
「むむ。……もう、仕方ないな~」
渋々ながら、アルマさんはのそりと立ち上がった。なんだかんだで頼られて嬉しかったみたい。
夜だというのに、メーゲンさんとアルマさんはダンジョンに向けて出発していった。僕とゼルドさんの場合、第四階層までは約半日、往復で丸一日。メーゲンさんたちは宝箱を探す手間がない分もう少し早く戻ってくるだろう。
「あの二人が剣を回収して戻るまで、タバクさんがどこかに行かないようにしなくちゃね」
留守番になったマージさんが場を仕切る。
「明日は僕とゼルドさんでタバクさんと話し合いをする予定なんですけど」
「そんなに長くかからないわよね。その後なんとか足止めしておきたいわ」
まず『対となる剣』を譲る意思があるかを確認して、あとは金額交渉するくらいか。トントン拍子に話が進めば一時間もかからず終わってしまう。その後に何処かへ逃げられたら困る、とマージさんは指摘しているのだ。
「──でしたら、個人的にお話をされたらいかがでしょう」
ヘルツさんが口を開いた。
彼は真っ直ぐ僕を見据えている。その目は穏やかなのに、何故か冷たく感じた。
「ライル様はタバク氏と親しい間柄のようですし、この中では一番気を許されているのではないでしょうか」
「えっ、えっ?」
「証拠の品を待つ間に自白が取れるかもしれません。ライル様にうまく話を持っていっていただいて、彼に罪を吐かせましょう。より確実に捕まえる、またとない機会です」
様付けで呼ばれて戸惑っている間に、とんでもない話になってしまった。先ほどのタバクさんと僕の会話を聞いた上で提案しているらしい。
「それじゃライルが危なくね?オレも一緒に……」
「ダール様はスルトのダンジョン踏破者として顔を知られておりますよね。そんな方が同席している場で後ろ暗い話をするとでも?」
「うっ……まあ、そうだけどさー」
僕の身を案じたダールが食ってかかるが、即座に説き伏せられた。一応顔と名前が売れている自覚はあるらしい。悔しそうに歯噛みをする彼の背中を撫でて宥めながら、少し悩む。
昔馴染みで弱っちい僕相手なら、タバクさんはきっと油断する。もし彼が犯人だった場合、口を滑らせて犯行に繋がる証言が得られるかもしれない。逃亡防止にひと役買えるし、メーゲンさんたちが剣を回収して戻るまでの時間稼ぎにもなる。僕にしかできないことだ。
「……僕、やります」
覚悟を決めると、ヘルツさんが「よくご決断くださいました」と満足げに頷いた。これまで淡々とした無表情だったのに、わずかに口角を上げている。
「それでは、明日は昼食後に先ほどお約束していた交渉をしていただき、その後ライル様にはタバク氏と二人で話をしていただきます」
「あ、でも、ゼルドさんが……」
明日の交渉はゼルドさんが中心で行う。その後どうやってタバクさんと二人きりになればいいのか。ゼルドさんがそんなことを許すはずがない。
「そうですね……交渉の後、ゼルド様だけをギルドにお呼びいたしましょう」
フォルクス様の呼び出しとでも言えば、さすがにゼルドさんも行かざるを得ないだろう。
「わたくしは廊下に待機して室内の話を確認し、十分な証言が取れましたら部屋に踏み込んで捕縛いたします」
ちらりとダールを見れば、僕の聞きたいことが分かったようで小さく頷いた。
「こいつ強いよ。いちおー貴族の側付きだからな。タバクってのがどれくらいの腕前か知らねーけど、まあ取り押さえるくらいなら問題なくね?」
王都からオクトへ来る間の道中戦うような場面があったのか、ダールはヘルツさんの実力を認めているようだった。
「では、明日はそのように。皆さま、おやすみなさいませ」
話がついた途端、ヘルツさんは恭しく頭を下げて退室していった。なんだか彼にうまく誘導された気がする。
後に残された僕たちは顔を見合わせ、大きな溜め息をついた。
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