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61話・視察の目的

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 ゼルドさんは渋々一人で宿屋に帰っていった。

 フォルクス様とダールにそれぞれ用意された部屋はギルドの一階にある客室。広さはないが、各部屋に浴室とトイレがあり、最低限の家具が備えられている。二階にギルド職員用の部屋もあるけれど、こちらは冒険者向きの宿屋とほぼ同じ簡素な作りのため、高貴な客人を泊まらせるには向かない。

 泊まっていいかと相談すると、マージさんは「十年ぶりの再会だものね」と快諾してくれた。追加でベッドを置くか聞かれたけど、ダールが「一緒に寝るからいらねー!」と断った。子どもの頃は互いの家に泊まったこともある。当時と同じ感覚なのだろう。

「フォルクスの奴、まだ立ち直れてねーってさ」

 あてがわれた客室に入るなり、ダールはベッドに大の字になった。馬車での長旅を終えたばかりで疲れているようだ。ベルトから外され、投げ出されていた双剣を受け取り、部屋の隅のテーブルに置く。そのままベッドの端に腰を下ろして彼のほうに顔を向けた。

「ダールったら、貴族様を呼び捨てにしていいの?怒られない?」
「なんかギャーギャー言われるけど、別に処罰もなんもされてねーよ」
「そ、そうなんだ……」

 王都からオクトまで馬車で約半月。その間ダールがずっとこの調子だったのなら不敬な態度に慣れてしまったのかもしれない。身分は違うし性格も真逆だけど、意外と仲が良さそうに見えた。

「十年経つのに変わらないね」
「ライルも全然変わってねー」

 手を伸ばし、ダールの髪に触れる。やわらかそうな見た目に反して少し硬くてクセが強い。きれいな黒髪は真っ白に変わってしまったけれど、触り心地は昔のままだ。

「……髪の色が抜け落ちてしまうほど大変な目に遭ったんだよね」
「川に流されただけだぞ」

 隣の国に流れ着くまでにモンスターの群れに突っ込んだり滝壺に落ちたり、命を落としても不思議じゃないほどの経験を何度もしている。
 僕が木の上で震えて救助を待っていた間、彼はずっと生死の境にいたのだ。

「本当に、無事で良かった」

 さっき引っ込んだ涙が再び溢れ出す。
 再会できるなんて思ってもみなかった。僕以外の『スルトの生き残り』を探していたのは、それしか縋るものがなかったからだ。家族を亡くし、故郷を失い、慣れない地で暮らすためには希望が必要だった。何年も経つうちに期待は薄れていったけれど、ずっと諦めきれなかった。

「ライル」

 ダールが身体を起こして僕の隣に座り直し、肩に手を回して抱き寄せてきた。昔もこうして肩を組んで語り合ったっけ、と懐かしく思う。

「ライルはこの十年間何してた?最初は王都の孤児院にいたんだよな?」
「う、うん。十八まで孤児院にお世話になって、そこからは各地を転々と……。今はオクトで支援役サポーターとして働いてるんだ」
「支援役!へー、すげーな!」
「すごくなんかないよ。ダンジョンに潜る冒険者のお手伝いをするだけだから」

 各地を転々とするようになった経緯は話さないでおく。余計な心配はかけたくない。ダールに比べれば全然大したことのない話だ。

 どう考えてもダンジョン踏破者のほうがすごいに決まっている。しかも、ダールは単独ソロだ。

「どうして一人でダンジョンに潜ってたの。危なくない?」

 支援役だからこそ気になる。彼は一体どうやって一人でダンジョンの最奥まで辿り着いたのか。

「誰かと組むなんてめんどくさい。どいつもこいつもトロいしウザいし弱いもん」

 ダールも最初から単独探索をしていたわけではないようだ。何度か組んでみた結果、一番効率良い方法がそれだったというだけ。

「でも、一人じゃ荷物あんまり持てないよね」
「荷物は武器と携帯食だけ。水は現地調達」
「スルトのダンジョン、水場があったの?」
「いや、水たまりしかない」
「飲んじゃダメなやつじゃん!」

 ダンジョンによって内部の様相は異なる。もしや綺麗な湧き水でもあったのかと思いきや、飲んだらおなかを壊す不衛生な水たまり。信じられない。

「その辺に生えてる薬草食ってたら平気。腹壊したことなんか一度もねーよ」
「無茶苦茶な……!」

 確かに、ダールは昔から薬草に詳しかった。僕の薬草知識のほとんどはダールが教えてくれたものだ。

「毛布とかは?」
「探索中は基本寝ないし、寒かったら倒したモンスターを布団代わりにして暖を取ってた」
「うわあ」

 単独探索では自分以外に頼れる者はいない。見張りも立てられないから休憩中も気が休まらない。眠るなど論外か。
 僕の友だちは予想以上の野生児になっていた。元々そんな感じだったけど、保護された隣国の狩人の村で更に強化されたようだ。

「スルトに戻ってびっくりしたよ。村は全部整備されて昔の面影なんか一つもなくてさ。ただ、ライルとよく遊んだ森と川だけは変わってなかった」

 僕はこの十年間一度もスルトに戻ってない。遠いからではなく、知っている人が誰もいない故郷を見たくなかったから。いつかダールが帰ってくると分かっていたら、どんなに辛くてもスルトに留まっただろう。希望を捨てきれないくせに、一人で待つ勇気がなかった。

「ダール、もっと話を聞かせてくれる?」
「ああ。一晩中話そうぜ」

 夕食は近くの定食屋から運んでもらい、メーゲンさんたちと一緒に執務室で食べた。フォルクス様と従者さんは客室で食事をするということで別々だ。アルマさんがダンジョン踏破の話を聞きたがり、ダールは機嫌良く質問に答えていった。

「ガーラント卿が視察に来た理由なんだが」

 食事を終えてひと息ついてから、メーゲンさんが話を切り出した。

 ガーラント卿とはフォルクス様のことだ。王都の南端ガーラント地方を治める貴族をそう呼ぶらしい。改めて考えるとすごい立場の人なんだよな。

「各地で起きている冒険者の不審死事件について調べているそうだ」

 意外な内容に、その場にいたマージさんとアルマさんも驚いていた。

「冒険者ギルドは国が管理している組織でな、出資している貴族も多い」
「知りませんでした」
「故に監査的な役割を持つ貴族がいる。本来は別の貴族がその役を担っているんだが、今回ガーラント卿が代わりに視察に行くと申し出たらしい」

 ゼルドさんに会うためだけに視察役を変わったのだと想像がつく。

「スルトでも冒険者の不審死があったよ。オレが踏破する少し前くらいかな?王都に踏破報告しに行った時にフォルクスから不審死事件について聞かれてさ、ちょうど目的地が同じだったから護衛役として同行したんだ」

 ダールがフォルクス様と一緒にオクトにやってきたのはそういう経緯があったから。

「でも、どうしてオクトに?確かに不審死は起きたけど、ダールたちが王都を出発してからの話だよね?」

 僕が問うと、ダールはニッと口角を上げた。

「だからだよ。犯人を追ってきたんだ」

 思わぬ言葉に、僕たちは唖然としてしまった。
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