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60話・お泊まりの誘い
しおりを挟む「ゼルドさん、王都に戻ってください」
僕の言葉を聞いた瞬間、ゼルドさんは身体をこわばらせた。驚きのあまり声も出せないといった様子だ。
「その少年の言う通りです兄上」
一方のフォルクス様は、僕が後押しをするような発言をしたことに気を良くしたのか満面の笑みを浮かべている。
「貴族籍の除籍嘆願書はまだ受理されておりません。兄上は今もマーセナー家の嫡男です。現在は私が代わりに当主を務めておりますが、いつでも座を明け渡す用意があります」
「先ほど跡継ぎが生まれたと言ったばかりだろう。その子はどうするつもりだ」
「あの女への当て付けで作った子です。まだお披露目前ですからどうとでもなりますよ」
たたみかけるように、フォルクス様はゼルドさんに向かって話を続けた。
「冒険者などという野蛮で危険極まりない真似はやめて、私と共に領地を治めましょう。逆らう者がいれば私が全て始末いたします。誰にも文句は言わせません」
先ほどから気付いてはいたけれど、フォルクス様は怖い人だ。目的のためなら手段を選ばない。
「ああ、アンナルーサを愛人にしても構いませんよ。家同士の約束事として正妻に迎えましたが、私はあの女に手を付けてはおりませんので」
そして、それがおかしいとすら思っていない。
「……フォルクス」
「はいっ」
ゼルドさんに名を呼ばれ、フォルクス様から意地の悪さが消え、まるで子どものように無邪気な笑顔になった。大好きな兄上が戻ってきてくれると信じて疑わない表情だ。
「私は絶対に戻らない。マーセナー家当主のおまえがどのような判断をしたとしても、私には一切関わりがないことだ」
「……、……え?」
フォルクス様が笑顔のまま固まった。予想外の展開に理解が追いついていない、といった感じだ。
「私にはライルくんという特別な存在がいる。共に生きると誓った仲だ」
そう言いながら、ゼルドさんは隣に座る僕の肩をグイッと抱き寄せた。この場で交際を公言するとは思ってもおらず、当事者であるはずの僕も「えっ」と声を上げてしまった。
目を見開いたまま動かなくなったフォルクス様の眼前に手をかざし、ダールが「おーい」「大丈夫かー?」と暢気な声を掛けている。反応はない。茫然自失状態だ。
「あーあ、固まっちまった」
ダールはソファーの背もたれに身体を預け、呆れたように肩をすくめた。その体勢のまま「おい、なんとかしてー」と呼びかけると、すぐに従者さんが駆け寄ってきた。あれ、ずっと室内にいたのか。全然気付かなかった。
何の反応も見せなくなったフォルクス様の様子に、従者さんは大きな溜め息をついた。
「客室で侍医に診てもらいます。フォルクス様が落ち着かれましたら再度お話をして差し上げてください」
「話すことなど何もない」
「そう仰らずに……お願い致します」
深々と頭を下げられ、ゼルドさんはそれ以上強く断れなくなってしまった。
従者さんがフォルクス様に肩を貸して客室へと連れて行った後、残されたダールはニッとこちらに笑顔を見せた。
「やるなぁオッサン!あのフォルクスを一発で黙らすなんて、咄嗟に口から出た割にはよく出来た冗談だねー!」
先ほどのゼルドさんの発言を、あくまでその場凌ぎの嘘だと思ったらしい。まあ普通は信じないよね。
「やーっとオレが話す順番がきたな!」
「う、うん」
「なんだよ、ライルは嬉しくないのか?」
「そんなことない、嬉しいよ」
そうだ、僕たちの話はまだだった。フォルクス様が席を外した今、もう気を使う相手はいない。改めて彼に向き直る。
「十年前、どうやって助かったの?」
一番聞きたいのは、やはりこれだ。
十年前のスルトで起きたダンジョンの大暴走。大量のモンスターに襲撃された村は一瞬で壊滅した。巻き込まれて生き延びる可能性は限りなくゼロに近い。
「オレ、モンスターの背にしがみついて侵攻を止めようとしたんだ。でも全然ダメで。気付いたら村の近くにある川に落ちて流された」
「あの川、しばらく進んだら滝がなかった?」
「うん、落ちた。滝壺」
「……よく助かったね」
村の付近は流れもゆるやかなんだけど、下流へ進むと切り立った断崖があり、かなりの落差がある滝に行き当たる。そこから落ちて命が助かったなんて奇跡だ。
「でも、探しても見つからなかったって」
ゼルドさんを見れば、彼も神妙な表情で頷いている。生存者や討ちもらしたモンスターがいないか、近隣の集落は全て騎士団が確認したはずだ。
「それが、流され過ぎて隣の国に行っちゃったんだよ、オレ」
「どれだけ流されたの!?」
「さあ?三、四日くらいかな。発見された時にはもう髪が白かったんだって」
彼は自分の白い髪の毛先を指先でつまんだ。
見つからなかった理由は国を跨いだからか。さすがの騎士団も国境を越えての探索はできない。そんな遠くまで流されているなど誰も予想できなかった。
「隣の国の小さな村で傷が治るまで世話になったんだ。そこ狩人の村でさ、戦い方とか全部教えてもらった」
ダールは腰の左右に佩いた剣を軽く叩いてみせた。やや湾曲した双剣は隣国の狩人が好んで使う武器なのだろう。
「んで、スルトに戻ったのが五年前」
「なんですぐに名乗り出なかったの?僕、スルトの冒険者ギルドにお願いしてたんだよ」
騎士団に救助され、王都の孤児院に保護された後、院長先生を通じてスルトの冒険者ギルドに生き残りがいたら教えてくれるように頼んでいた。冒険者が必ず目にする依頼ボードにずっと掲示してもらっていた。
「すぐ見つけたよ、貼り紙。ライルが生きてるって、それで分かった」
「だったら……!」
つい責めるような口調になる僕に気分を害することなく、ダールは笑顔のままで口を開く。
「オレはあの時なんにもできなかった。誰も救えなかった。あんだけ偉そーにしてたくせに情けなくてさ、ライルに合わせる顔がなかった」
「……そんなこと」
当時の彼はわずか十三才の少年だった。どんなに強くても、たった一人で大暴走に立ち向かえるはずがない。
「──だから、元凶のダンジョンを潰すまで会わないって決めてたんだ」
どれほどの覚悟と信念を持って戦ってきたのか。平穏な日常を壊したダンジョンを、彼は心から憎んでいたのだ。昔のままの明るく快活な性格だと思っていたけれど、この十年間で明らかに変化している。
「ずーっと我慢してたから話したいこといっぱいあるんだ。ライル、今日一緒にギルドに泊まろ?」
ダールの申し出にゼルドさんが思わず立ち上がりかけるが、これまでの経緯を踏まえて考え直し、ゴホンと咳払いをするに留めていた。
「積もる話もあるだろう。彼と過ごすといい」
「ゼルドさん、ありがとうございます」
快くとまではいかないけれど、十年ぶりに再会した僕たちの邪魔はしないつもりらしい。やや表情が険しいのは、一晩とはいえ僕と離れるのが寂しいからかもしれない。
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