60 / 118
60話・お泊まりの誘い
しおりを挟む「ゼルドさん、王都に戻ってください」
僕の言葉を聞いた瞬間、ゼルドさんは身体をこわばらせた。驚きのあまり声も出せないといった様子だ。
「その少年の言う通りです兄上」
一方のフォルクス様は、僕が後押しをするような発言をしたことに気を良くしたのか満面の笑みを浮かべている。
「貴族籍の除籍嘆願書はまだ受理されておりません。兄上は今もマーセナー家の嫡男です。現在は私が代わりに当主を務めておりますが、いつでも座を明け渡す用意があります」
「先ほど跡継ぎが生まれたと言ったばかりだろう。その子はどうするつもりだ」
「あの女への当て付けで作った子です。まだお披露目前ですからどうとでもなりますよ」
たたみかけるように、フォルクス様はゼルドさんに向かって話を続けた。
「冒険者などという野蛮で危険極まりない真似はやめて、私と共に領地を治めましょう。逆らう者がいれば私が全て始末いたします。誰にも文句は言わせません」
先ほどから気付いてはいたけれど、フォルクス様は怖い人だ。目的のためなら手段を選ばない。
「ああ、アンナルーサを愛人にしても構いませんよ。家同士の約束事として正妻に迎えましたが、私はあの女に手を付けてはおりませんので」
そして、それがおかしいとすら思っていない。
「……フォルクス」
「はいっ」
ゼルドさんに名を呼ばれ、フォルクス様から意地の悪さが消え、まるで子どものように無邪気な笑顔になった。大好きな兄上が戻ってきてくれると信じて疑わない表情だ。
「私は絶対に戻らない。マーセナー家当主のおまえがどのような判断をしたとしても、私には一切関わりがないことだ」
「……、……え?」
フォルクス様が笑顔のまま固まった。予想外の展開に理解が追いついていない、といった感じだ。
「私にはライルくんという特別な存在がいる。共に生きると誓った仲だ」
そう言いながら、ゼルドさんは隣に座る僕の肩をグイッと抱き寄せた。この場で交際を公言するとは思ってもおらず、当事者であるはずの僕も「えっ」と声を上げてしまった。
目を見開いたまま動かなくなったフォルクス様の眼前に手をかざし、ダールが「おーい」「大丈夫かー?」と暢気な声を掛けている。反応はない。茫然自失状態だ。
「あーあ、固まっちまった」
ダールはソファーの背もたれに身体を預け、呆れたように肩をすくめた。その体勢のまま「おい、なんとかしてー」と呼びかけると、すぐに従者さんが駆け寄ってきた。あれ、ずっと室内にいたのか。全然気付かなかった。
何の反応も見せなくなったフォルクス様の様子に、従者さんは大きな溜め息をついた。
「客室で侍医に診てもらいます。フォルクス様が落ち着かれましたら再度お話をして差し上げてください」
「話すことなど何もない」
「そう仰らずに……お願い致します」
深々と頭を下げられ、ゼルドさんはそれ以上強く断れなくなってしまった。
従者さんがフォルクス様に肩を貸して客室へと連れて行った後、残されたダールはニッとこちらに笑顔を見せた。
「やるなぁオッサン!あのフォルクスを一発で黙らすなんて、咄嗟に口から出た割にはよく出来た冗談だねー!」
先ほどのゼルドさんの発言を、あくまでその場凌ぎの嘘だと思ったらしい。まあ普通は信じないよね。
「やーっとオレが話す順番がきたな!」
「う、うん」
「なんだよ、ライルは嬉しくないのか?」
「そんなことない、嬉しいよ」
そうだ、僕たちの話はまだだった。フォルクス様が席を外した今、もう気を使う相手はいない。改めて彼に向き直る。
「十年前、どうやって助かったの?」
一番聞きたいのは、やはりこれだ。
十年前のスルトで起きたダンジョンの大暴走。大量のモンスターに襲撃された村は一瞬で壊滅した。巻き込まれて生き延びる可能性は限りなくゼロに近い。
「オレ、モンスターの背にしがみついて侵攻を止めようとしたんだ。でも全然ダメで。気付いたら村の近くにある川に落ちて流された」
「あの川、しばらく進んだら滝がなかった?」
「うん、落ちた。滝壺」
「……よく助かったね」
村の付近は流れもゆるやかなんだけど、下流へ進むと切り立った断崖があり、かなりの落差がある滝に行き当たる。そこから落ちて命が助かったなんて奇跡だ。
「でも、探しても見つからなかったって」
ゼルドさんを見れば、彼も神妙な表情で頷いている。生存者や討ちもらしたモンスターがいないか、近隣の集落は全て騎士団が確認したはずだ。
「それが、流され過ぎて隣の国に行っちゃったんだよ、オレ」
「どれだけ流されたの!?」
「さあ?三、四日くらいかな。発見された時にはもう髪が白かったんだって」
彼は自分の白い髪の毛先を指先でつまんだ。
見つからなかった理由は国を跨いだからか。さすがの騎士団も国境を越えての探索はできない。そんな遠くまで流されているなど誰も予想できなかった。
「隣の国の小さな村で傷が治るまで世話になったんだ。そこ狩人の村でさ、戦い方とか全部教えてもらった」
ダールは腰の左右に佩いた剣を軽く叩いてみせた。やや湾曲した双剣は隣国の狩人が好んで使う武器なのだろう。
「んで、スルトに戻ったのが五年前」
「なんですぐに名乗り出なかったの?僕、スルトの冒険者ギルドにお願いしてたんだよ」
騎士団に救助され、王都の孤児院に保護された後、院長先生を通じてスルトの冒険者ギルドに生き残りがいたら教えてくれるように頼んでいた。冒険者が必ず目にする依頼ボードにずっと掲示してもらっていた。
「すぐ見つけたよ、貼り紙。ライルが生きてるって、それで分かった」
「だったら……!」
つい責めるような口調になる僕に気分を害することなく、ダールは笑顔のままで口を開く。
「オレはあの時なんにもできなかった。誰も救えなかった。あんだけ偉そーにしてたくせに情けなくてさ、ライルに合わせる顔がなかった」
「……そんなこと」
当時の彼はわずか十三才の少年だった。どんなに強くても、たった一人で大暴走に立ち向かえるはずがない。
「──だから、元凶のダンジョンを潰すまで会わないって決めてたんだ」
どれほどの覚悟と信念を持って戦ってきたのか。平穏な日常を壊したダンジョンを、彼は心から憎んでいたのだ。昔のままの明るく快活な性格だと思っていたけれど、この十年間で明らかに変化している。
「ずーっと我慢してたから話したいこといっぱいあるんだ。ライル、今日一緒にギルドに泊まろ?」
ダールの申し出にゼルドさんが思わず立ち上がりかけるが、これまでの経緯を踏まえて考え直し、ゴホンと咳払いをするに留めていた。
「積もる話もあるだろう。彼と過ごすといい」
「ゼルドさん、ありがとうございます」
快くとまではいかないけれど、十年ぶりに再会した僕たちの邪魔はしないつもりらしい。やや表情が険しいのは、一晩とはいえ僕と離れるのが寂しいからかもしれない。
32
お気に入りに追加
1,041
あなたにおすすめの小説
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
触れるな危険
紀村 紀壱
BL
傭兵を引退しギルドの受付をするギィドには最近、頭を悩ます来訪者がいた。
毛皮屋という通り名の、腕の立つ若い傭兵シャルトー、彼はその通り名の通り、毛皮好きで。そして何をとち狂ったのか。
「ねえ、頭(髪)触らせてヨ」「断る。帰れ」「や~、あんたの髪、なんでこんなに短いのにチクチクしないで柔らかいの」「だから触るなってんだろうが……!」
俺様青年攻め×厳つ目なおっさん受けで、罵り愛でどつき愛なお話。
バイオレンスはありません。ゆるゆるまったり設定です。
15話にて本編(なれそめ)が完結。
その後の話やら番外編やらをたまにのんびり公開中。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
メランコリック・ハートビート
おしゃべりマドレーヌ
BL
【幼い頃から一途に受けを好きな騎士団団長】×【頭が良すぎて周りに嫌われてる第二王子】
------------------------------------------------------
『王様、それでは、褒章として、我が伴侶にエレノア様をください!』
あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。
-------------------------------------------------------
第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。
幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる