上 下
58 / 118

58話・十年ぶりの再会

しおりを挟む


 四頭引きの大きな馬車が数台、ゆっくりとオクトの通りを進んでいく。町の住人や冒険者はみな道の端に寄ってポカンとした顔で眺めている。

 小さな田舎町に不釣り合いなほどに立派な拵えの馬車が冒険者ギルドの建物の前に止まった。すぐさま後方の馬車から従者らしき男性が降り、前方の馬車の扉を開き、足元に置かれた踏み台の位置を整える。

「ご苦労」

 涼やかな男性の声が通りに響いた。
 扉から顔を出したのは質の良さそうな旅装姿の男性。彼は風に舞う赤い長髪を片手で搔きあげ、下で控えていた従者さんの手を借りて地面に降り立った。

 その光景を、僕たちは宿屋の二階の窓から眺めていた。下に聞こえないよう小さな声で囁き合う。

「あの方が弟さんですか」
「ああ。姿を見たのは三年ぶりだ」

 つまり、ゼルドさんが実家を出て冒険者となったのは三年前ということか。

 貴族様の後に馬車から降りてきたのは若い冒険者だった。真っ白な長い髪を後頭部でひとつにくくっている。彼は地面に降りて伸びをしてから、物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回し始めた。貴族様のそばにいるというのに気負いは感じられない。

 その視線が上を向き、僕たちを捉えた。

「あ」

 彼は目を見開き、すぐに貴族様の袖を引いた。こちらを指差し、何か必死に捲し立てている。他の人から何事だと視線が集まり始めたので、僕たちは窓を閉めて部屋の中に引っ込んだ。

「もしや彼は君の友人では?」
「え、でも髪の色が違う……」

 友だちは僕と同じ黒髪だった。あんなに真っ白な髪色ではなかったはずだ。

 しばらく思い悩んでいたら部屋の扉がノックされた。宿屋の女将さんだ。ゼルドさんにお客さんが訪ねてきたという。顔を見合わせてから、僕たちは階下に降りた。

 宿屋の出入り口に立っていたのは先ほど馬車で補助をしていた従者さんだった。彼はゼルドさんの姿を見つけ、恭しく頭を下げる。

「フォルクス様がお呼びです」
「…………わかった」
「そちらの青年もご一緒に」
「え、僕もですか?」

 手短に用件だけを伝えると、従者さんは宿屋から出て行ってしまった。冒険者ギルドまで来いということなのだろう。

 まさか、あちらから呼び出されるとは思ってもいなかった。簡単に身支度を整えてからギルドに向かう。

 大きな馬車は往来の邪魔になるため、ギルドの裏手に移動されていた。先ほどまでの緊迫した空気はなく、通りは普段通りの賑わいを見せている。

「ゼルドさん、ライルくん、いらっしゃい」
「こんにちはマージさん」

 受付カウンターで出迎えてくれたマージさんは何故か複雑そうな顔をしていた。スルトの踏破者の友人である僕はともかく、ゼルドさんまで呼ばれた理由が分からないからだろう。
 いつもならフロアに何人かの冒険者がいるが、今日は誰もいなかった。貴族様が訪ねてきているのだ。流石に近寄り難いらしい。

「ギルド長の部屋に案内するわね」

 部屋の場所は当然知っているけど、今は来客中だ。取り次ぎをしてくれるという意味だと理解して案内を頼む。

 階段を登った所に先ほどの従者さんが控えていた。彼はピシッとした所作で扉の前から数歩横にずれて道を譲った。ゼルドさんをちらりと見て、気まずそうに視線をそらしている。なんだか妙な態度だ。

 マージさんがノックをすると、扉越しにメーゲンさんの「入れ」という返事が聞こえた。中に入ると、いつもは雑然としている室内が綺麗に整理整頓されていた。四隅に花が飾られ、絨毯も新しいものに変えられている。昨日大慌てで準備していたおかげで、ギリギリ高貴な客人を迎えられる状態になっていた。

 メーゲンさんに促され、僕たちは二人掛けのソファーに並んで腰を下ろした。向かいには先ほどの貴族様と白髪はくはつの冒険者が座っている。一介の冒険者との同席を許すなんて、よほど寛大なのか。特にこだわりがないだけか。

「ギルド側の話は済んだ。場所は貸すから好きに使うといい」
「えっ」

 メーゲンさんは貴族様に一礼してから、マージさんと共に執務室から出て行ってしまった。

 どういうことだろう。
 僕はここにいていいんだろうか。

 戸惑う僕の手を、隣に座るゼルドさんがそっと握った。あたたかな感触に安堵し、肩の力を抜く。
 そして、改めて正面に座る二人を見た。

 貴族様はすらりとした三十代手前くらいの男性。顔立ちはあまり似ていないけれど、燃えるような鮮やかな赤い髪の色はゼルドさんと同じだ。膝の上に置かれた手指は細くしなやかで、一度も剣を握ったことがなさそう。表情はやや険しく、ムスッとしている。

 その隣に座る白髪の冒険者は革製の装備で身を固めていた。左右の腰に剣を佩いているところを見ると、恐らく双剣使いなのだろう。ダンジョンを踏破したほどだから物凄く強いはず。白髪のポニーテールがよく似合う青年は、何故か目を輝かせてこちらを見ている。

 さっき宿屋の二階の窓から見た時には分からなかったけれど、彼の顔立ちや瞳の色は記憶の中の友だちによく似ていた。

「私が何故こんなところまで来たのかお分かりで──」
「おまえ、ライルだよな!!」

 重い沈黙の後、貴族様が口を開いて話し始めた瞬間、白髪の冒険者が身を乗り出した。目の前のテーブルに手を付き、真っ直ぐな瞳で僕に笑顔を向けている。

 僕の名前を知っているということは。

「ダール……?ほんとにダールなの?」
「そう、オレだよ!ひさしぶりだなライル!」

 恐る恐る名前を呼べば、彼は目を細めて無邪気な笑みを浮かべた。

 その笑い方が記憶と一致した。間違いなく彼が本人であると理解した途端、胸がいっぱいになった。目頭が熱くなり、涙で視界がにじむ。言いたいことは色々あるというのに、開いた口からは何も言葉が出てこない。もどかしさで服の胸元をぎゅっと掴む。抑えきれなかった感情が溢れ、ああ、と小さな声がもれた。

 十年前のあの時、離れ離れになったことをずっと後悔していた。一緒に木の上に避難していれば助かったのに、僕だけが生き残ってしまった。無理やりにでも引き留めていればと思わぬ日はなかった。

 もうほとんど諦めかけていたのに、まさか本当に生きていてくれたなんて。

 話したいことは幾らでもある。
 とにかく今は彼との再会を祝いたい。

 しかし。

「バッ、馬鹿者ぉ!これから三年ぶりに兄上と話すところだったのだぞ!邪魔をするな!」
「たった三年で威張るんじゃねーよ!こちとら十年ぶりだっつーの!」

 話を邪魔された貴族様がダールを押し退けて文句を言い、ダールは好戦的な顔で貴族様に向かって舌を出している。

 子どものケンカのような二人の言い合いを眺めていたら、感動の涙が引っ込んでしまった。

しおりを挟む
感想 220

あなたにおすすめの小説

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

孤独な王弟は初めての愛を救済の聖者に注がれる

葉月めいこ
BL
ラーズヘルム王国の王弟リューウェイクは親兄弟から放任され、自らの力で第三騎士団の副団長まで上り詰めた。 王家や城の中枢から軽んじられながらも、騎士や国の民と信頼を築きながら日々を過ごしている。 国王は在位11年目を迎える前に、自身の治世が加護者である女神に護られていると安心を得るため、古くから伝承のある聖女を求め、異世界からの召喚を決行した。 異世界人の召喚をずっと反対していたリューウェイクは遠征に出たあと伝令が届き、慌てて帰還するが時すでに遅く召喚が終わっていた。 召喚陣の上に現れたのは男女――兄妹2人だった。 皆、女性を聖女と崇め男性を蔑ろに扱うが、リューウェイクは女神が二人を選んだことに意味があると、聖者である雪兎を手厚く歓迎する。 威風堂々とした雪兎は為政者の風格があるものの、根っこの部分は好奇心旺盛で世話焼きでもあり、不遇なリューウェイクを気にかけいたわってくれる。 なぜ今回の召喚されし者が二人だったのか、その理由を知ったリューウェイクは苦悩の選択に迫られる。 召喚されたスパダリ×生真面目な不憫男前 全38話 こちらは個人サイトにも掲載されています。

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

触れるな危険

紀村 紀壱
BL
傭兵を引退しギルドの受付をするギィドには最近、頭を悩ます来訪者がいた。 毛皮屋という通り名の、腕の立つ若い傭兵シャルトー、彼はその通り名の通り、毛皮好きで。そして何をとち狂ったのか。 「ねえ、頭(髪)触らせてヨ」「断る。帰れ」「や~、あんたの髪、なんでこんなに短いのにチクチクしないで柔らかいの」「だから触るなってんだろうが……!」 俺様青年攻め×厳つ目なおっさん受けで、罵り愛でどつき愛なお話。 バイオレンスはありません。ゆるゆるまったり設定です。 15話にて本編(なれそめ)が完結。 その後の話やら番外編やらをたまにのんびり公開中。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

処理中です...