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47話・ふたりの目的

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「町の外、ですか」

 今日明日は休息日だ。
 ただ宿屋でゴロゴロしていても体がなまってしまうけど、物資の買い出しは明日行くと決めているので今日は特に予定がない。

 さて何をしようという話になった時、ゼルドさんから提案されたのが『町の外の見回り』だ。今までも、僕と別行動している時に少しずつ見回りをしてきたらしい。初めて知った。

「ひとつの町に出現するダンジョンはひとつとは限らないからな」
「王都には四方にありますもんね」

 この国の王都には周辺にダンジョンが四ヶ所も存在している。他にも大きな都市には複数ある場合が多い。
 アルマさんの説では、古代の遺跡が何らかの理由で地表に現れたものがダンジョンだという。栄えている地域にはそれだけ遺跡があり、従ってダンジョンの数も増える。

「オクトの立地や規模を考えればふたつ目のダンジョンは考えにくいが、まあ念のためだ」

 ゼルドさんの目的は『ダンジョンの大暴走スタンピードを未然に防ぐこと』。未発見のダンジョンは狩られることなくモンスターが増え続け、限界を迎えてダンジョンからあふれ出してしまう。いち早く見つけ、冒険者を送り込んでモンスターを減らさなくてはならない。

 これまでの傾向から、ダンジョンの出現場所は集落の付近だと予測されている。町や村の住人がよく通る街道以外の場所は見落とされやすい。

「街道のある北と南、それとダンジョンがある東側は以前確認した」
「じゃあ今日は西側ですね」
「ああ、一緒に行こう」

 オクトは森に囲まれていて見通しはあまり良くない。異常がないか茂みに分け入って確認していく。

「これ、冒険者ギルドに依頼として出したらダメなんでしょうか」
「難しいだろうな。一度別の町のギルドに相談を持ちかけたことはあるんだが……」

 ゼルドさんは言葉を濁した。
 地味な依頼は人気がない。冒険者によっては報酬だけ受け取って探した振りをする可能性もある。何かを得られるわけではないし、内容が漠然とし過ぎている。第一、冒険者にとってはダンジョンの大暴走は地域限定の災害のようなもの。他所の町に拠点を移してしまえば関係ない。要は当事者意識が薄いのだ。

「地元の人が見回りをするのが一番良いのかな」
「だが、危険を伴う」
「ですよねぇ」 

 町の住人なら自分の町の安全のために動く。ただ、戦う術を持たない人が森の奥でウロウロするのは危ない。モンスターは基本ダンジョン内にしか現れないけれど、田舎は熊や鹿、猪などの野生動物が出る。冒険者や猟師さん以外は危なくて歩けない場所も多い。それに、地元民でも道が整備されていない場所には行きたくないだろう。

「冒険者を護衛につけるとか?」
「報酬が出るなら請け負う者もいるだろうな」

 森の中の見回り自体は町の住人が行い、冒険者はその護衛につく。それなら手を抜いて見落としをすることもない。護衛任務の報酬が支払われるなら冒険者も文句はないはずだ。

 ダンジョンの大暴走は非常に珍しい災害だ。起きるかどうか分からないような災害を未然に防ぐためにお金や時間を割く余裕が町や村にあるとも限らない。
 でも、こういうやり方もあるんだと知って貰えば、実行してくれる人がいるかもしれない。

「あれ、なんだろ」

 歩いていたら、大きな木の上のほうに何やら布が引っかかっているのを見つけた。手を伸ばしたくらいじゃ全然届かない高さだ。

「洗濯物かな?ちょっと取ってきますね」

 目線の高さに生えている手頃な木の枝を掴み、ぐるりと体を反転させて更に上の枝に飛びつく。それを何度か繰り返して登った。

「本当に君は身軽だな」
「えへへ、田舎育ちですから」

 枝に引っかかっている布を取って広げてみると、小さな女の子用のワンピースだった。全然傷んでないところを見ると、風に飛ばされてきたばかりのようだ。持ち主の女の子も親も今頃探しているだろう。

 ワンピースを手に一番太い横枝に腰掛け、何の気なしに町のあるほうを眺める。
 木々の隙間から覗く建物が見えた途端、ドクンと心臓が嫌な音を立てた。

「……っ」

 ダンジョンの中でモンスターと対峙しても何とも思わなかったのに、眼下に広がる景色があの日見た光景を彷彿とさせた。

 木の上で震えながらやり過ごしている中、遠くから聞こえてくるモンスターの咆哮と村の人たちの悲鳴。風に乗って運ばれてくる獣と血の匂い。前触れなく平穏な日常を奪われた幼い日の記憶。

「ライルくん」

 声を掛けられ、意識が引き戻される。
 何度か目を瞬かせて下を見れば、ゼルドさんが両手を広げて待っていた。

「降りておいで」

 優しい声が耳に届いた瞬間、僕は枝を蹴ってゼルドさんの腕の中に飛び降りた。

 かなりの衝撃があったはずなのに、ゼルドさんは微動だにせず僕の身体をしっかりと受け止めてくれた。体幹がすごい。

 腕の中におさまったまま顔を上げれば、軽くついばむように口付けられる。額や鼻先、頬にもキスされるうちに、泣きそうだった僕の顔は自然と笑みを浮かべていた。

「……ありがとうございます」

 思わず口をついて出た感謝の意味が、ゼルドさんには伝わっているだろうか。弱さを全部ひっくるめて受け止めてくれる存在が隣にいてくれることが、どれほど僕の救いになっているかを。

「僕もダンジョンの大暴走スタンピードを未然に防げるように頑張ります」
「ああ、頼りにしている」

 ゼルドさんの目的は僕の目的。今まで理解した気になっていた漠然としたものを、僕はようやく理解した。







「うちの子の服だわ!ありがとうライルくん!」

 ワンピースは雑貨屋の奥さんの子の服だった。
 朝、洗おうと取り出したら風にさらわれた。森のほうに飛んでいってしまったため探すことを諦めていたらしい。持ち主である女の子はお気に入りのワンピースが戻ってきたと知って涙を止め、笑顔になった。

 見つけたお礼にと、奥さんが手作りの焼き菓子をくれた。店の外まで出て見送ってくれた親子に手を振りながら、宿屋へと戻る。

「まだ食事には早い時間ですね。何しましょうか。いただいた焼き菓子食べますか?」
「……そうだな」

 部屋に入り、笑顔で振り向く。すると、ゼルドさんの手が僕の顎をすくいあげた。間近で視線が交わった瞬間、頬がカッと熱くなる。

「食べるならこちらが良い」
「え、あっ」

 そう言いながら、ゼルドさんが僕の唇に自分の唇を重ねてくる。ついばむような軽い口付けは繰り返されるうちにだんだんと深くなり、僕が自分の足で立っていられなくなるまで続いた。

 毎日これじゃ心臓がもたない。
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