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46話・穏やかな時間

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 両想いだと判明した途端、ゼルドさんのまとう空気が甘くなった。今までも充分すぎるほど優しかったけど、そんなの比べ物にならないくらい。

 あと、ちょっとだけ我が儘になった。

「一緒に寝てくれないのか」
「だだだダメです!一人で寝ます!!」
「前は自分から布団の中に入ってきてくれたのに」
「あっあれは、だって」

 以前、僕が夜中にうなされた時、ゼルドさんが自分のベッドに誘ってくれた。一人で眠ったらまた悪夢を見てしまいそうで怖かったし、ゼルドさんなら夢の中まで助けに来てくれそうだったから。実際、その夜は悪夢を見ずに済んだ。

 でも今、あんなキスをした相手と同じベッドで寝られるはずがない。恥ずかしいし、多分緊張して寝るどころじゃない。

 ていうか、今更だけど同室なのも困る。
 ベッド二つと小さな机と椅子しかない部屋には当然仕切りなんてものはない。着替えもここでするというのに。

「やっぱり別の部屋を用意してもらおうかな」

 新しい宿屋が出来てから幾つか部屋が空いたと女将さんが言っていた。このまま意識し過ぎて眠れなくなったらダンジョン探索に支障が出てしまうし、必要ならば部屋を分ける選択も視野に入れなくては。

 しかし、僕の言葉を聞いたゼルドさんが真っ向から反論してきた。

「二人部屋ひとつより、一人部屋をふたつ借りるほうが部屋代が高くなるぞ」
「うっ」
「君は事あるごとに経費の削減に努めてきたが、部屋代だけ除外するというのはいかがなものかと思う」
「クッ……!」

 普段お金に頓着していないくせに、ここぞとばかりに責めてくる。孤児院育ちの僕は自他共に認める貧乏性だ。ゼルドさんのおかげで今はそんなに困ってないけど、無駄な出費はできるだけ抑えたい。

「それに、一人部屋になったらタバクという青年と同じ階で生活することになる。彼は人との距離感が近過ぎる。部屋に遊びに来るようになったらどうする」
「うう……」

 確かに、宿屋の一人部屋は三階にしかない。押し掛けられたら自力で追い出せないし、タバクさんとの遭遇率が高くなるのは絶対に避けたい。

 ていうか、距離感が近いのはゼルドさんでは?

「わかりました。部屋は今まで通りにします」
「そうか」
「でも、同じベッドでは寝ませんから」
「……」

 きっぱり断ると、やや不服そうな顔をされた。
 一見いつもの無表情だけど明らかに気落ちしている。あちらも僕には伝わると分かっていて敢えてそういう反応を見せているのだ。

「ライルくんは意外と頑固だ」
「ゼルドさんは意外と我が儘です」

 そう言いながら、顔を見合わせてフフッと笑う。

 色々理由を付けて断ってしまったけれど、ゼルドさんと寝ることが嫌なわけではない。心の準備が必要なだけだ。ゼルドさんもそれは理解している。今のやり取りは本気ではなく、場を和ませるためのもの。

「明日は休みだ。何をしようか」
「そうですね、何しましょうか」

 ランプの明かりを消し、他愛のない話をしながらそれぞれのベッドに入る。昨日までと変わらないようで違う時間。

 こんな穏やかな日々がずっと続きますように。






 翌朝、いつもは一人で洗濯をするところだけど、ゼルドさんが中庭まで同行してくれた。同じ宿屋に泊まっているタバクさんを警戒してのことだ。

「そんなに警戒しなくても、タバクさんもダンジョンから戻ったばかりですよ。すごく疲れてたし、たぶんまだ寝てると思います」
「何故知っている」
「昨日廊下で話した時に聞いたんです」

 僕たちも昨日ダンジョン探索から帰還したばかりだ。ゼルドさんもゆっくり寝ていたいだろうに、僕のために起きてくれている。

 井戸から水を汲む作業を手伝ってもらう。
 騎士団時代に遠征や訓練などで水汲みや簡単な炊事洗濯の経験もあるらしく、なんと洗濯板の使い方も知っていた。

「できることはできるんだが、私が洗うと服がすぐにボロボロになってしまうからよく怒られたものだ」
「ゼルドさん、力が強いですもんね」

 一着ずつ服を洗う僕を眺めながら言葉を交わす。
 こうして思い出話ができるのは過去を明らかにしたからだ。今までもたくさん話をしたけれど、それはゼルドさんのごく一部に過ぎなかった。

「僕は孤児院でお手伝いしてました。子どもがたくさんいるから洗濯物の量がすごくて、先生たちだけじゃ手が足りないので」
「君は昔から人を助けてきたのだな」
「いえ、そんな」

 王都の孤児院には常時五十人ほどの子どもがいた。職員は数人しかおらず、年長の子が小さな子の面倒をみることで何とか成り立っていた。僕だけが頑張ってきたわけじゃない。

「院長先生、元気かなあ」

 十歳で保護されてから、本来の卒院時期である十五歳を過ぎ十八歳までお世話になった。家族も友だちも無くした僕にとって、孤児院の先生たち、特に院長先生は親みたいな大切な存在だ。思い出したら会いたくなってきた。

 洗い終えた洗濯物はゼルドさんが絞って干してくれた。中庭の木の枝に張られた縄に干された服や手拭いの数々。今日は天気も良いからすぐ乾きそう。

「ゼルドさんのおかげで早く済みました」
「次も手伝おう」
「ありがとうございます、助かります」

 青空を眺めるために上げた視線の先に宿屋の三階の窓が見える。もしかしたらタバクさんがいるんじゃないかと思ったけど、やっぱり今朝はいなかった。

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