上 下
46 / 118

46話・穏やかな時間

しおりを挟む


 両想いだと判明した途端、ゼルドさんのまとう空気が甘くなった。今までも充分すぎるほど優しかったけど、そんなの比べ物にならないくらい。

 あと、ちょっとだけ我が儘になった。

「一緒に寝てくれないのか」
「だだだダメです!一人で寝ます!!」
「前は自分から布団の中に入ってきてくれたのに」
「あっあれは、だって」

 以前、僕が夜中にうなされた時、ゼルドさんが自分のベッドに誘ってくれた。一人で眠ったらまた悪夢を見てしまいそうで怖かったし、ゼルドさんなら夢の中まで助けに来てくれそうだったから。実際、その夜は悪夢を見ずに済んだ。

 でも今、あんなキスをした相手と同じベッドで寝られるはずがない。恥ずかしいし、多分緊張して寝るどころじゃない。

 ていうか、今更だけど同室なのも困る。
 ベッド二つと小さな机と椅子しかない部屋には当然仕切りなんてものはない。着替えもここでするというのに。

「やっぱり別の部屋を用意してもらおうかな」

 新しい宿屋が出来てから幾つか部屋が空いたと女将さんが言っていた。このまま意識し過ぎて眠れなくなったらダンジョン探索に支障が出てしまうし、必要ならば部屋を分ける選択も視野に入れなくては。

 しかし、僕の言葉を聞いたゼルドさんが真っ向から反論してきた。

「二人部屋ひとつより、一人部屋をふたつ借りるほうが部屋代が高くなるぞ」
「うっ」
「君は事あるごとに経費の削減に努めてきたが、部屋代だけ除外するというのはいかがなものかと思う」
「クッ……!」

 普段お金に頓着していないくせに、ここぞとばかりに責めてくる。孤児院育ちの僕は自他共に認める貧乏性だ。ゼルドさんのおかげで今はそんなに困ってないけど、無駄な出費はできるだけ抑えたい。

「それに、一人部屋になったらタバクという青年と同じ階で生活することになる。彼は人との距離感が近過ぎる。部屋に遊びに来るようになったらどうする」
「うう……」

 確かに、宿屋の一人部屋は三階にしかない。押し掛けられたら自力で追い出せないし、タバクさんとの遭遇率が高くなるのは絶対に避けたい。

 ていうか、距離感が近いのはゼルドさんでは?

「わかりました。部屋は今まで通りにします」
「そうか」
「でも、同じベッドでは寝ませんから」
「……」

 きっぱり断ると、やや不服そうな顔をされた。
 一見いつもの無表情だけど明らかに気落ちしている。あちらも僕には伝わると分かっていて敢えてそういう反応を見せているのだ。

「ライルくんは意外と頑固だ」
「ゼルドさんは意外と我が儘です」

 そう言いながら、顔を見合わせてフフッと笑う。

 色々理由を付けて断ってしまったけれど、ゼルドさんと寝ることが嫌なわけではない。心の準備が必要なだけだ。ゼルドさんもそれは理解している。今のやり取りは本気ではなく、場を和ませるためのもの。

「明日は休みだ。何をしようか」
「そうですね、何しましょうか」

 ランプの明かりを消し、他愛のない話をしながらそれぞれのベッドに入る。昨日までと変わらないようで違う時間。

 こんな穏やかな日々がずっと続きますように。






 翌朝、いつもは一人で洗濯をするところだけど、ゼルドさんが中庭まで同行してくれた。同じ宿屋に泊まっているタバクさんを警戒してのことだ。

「そんなに警戒しなくても、タバクさんもダンジョンから戻ったばかりですよ。すごく疲れてたし、たぶんまだ寝てると思います」
「何故知っている」
「昨日廊下で話した時に聞いたんです」

 僕たちも昨日ダンジョン探索から帰還したばかりだ。ゼルドさんもゆっくり寝ていたいだろうに、僕のために起きてくれている。

 井戸から水を汲む作業を手伝ってもらう。
 騎士団時代に遠征や訓練などで水汲みや簡単な炊事洗濯の経験もあるらしく、なんと洗濯板の使い方も知っていた。

「できることはできるんだが、私が洗うと服がすぐにボロボロになってしまうからよく怒られたものだ」
「ゼルドさん、力が強いですもんね」

 一着ずつ服を洗う僕を眺めながら言葉を交わす。
 こうして思い出話ができるのは過去を明らかにしたからだ。今までもたくさん話をしたけれど、それはゼルドさんのごく一部に過ぎなかった。

「僕は孤児院でお手伝いしてました。子どもがたくさんいるから洗濯物の量がすごくて、先生たちだけじゃ手が足りないので」
「君は昔から人を助けてきたのだな」
「いえ、そんな」

 王都の孤児院には常時五十人ほどの子どもがいた。職員は数人しかおらず、年長の子が小さな子の面倒をみることで何とか成り立っていた。僕だけが頑張ってきたわけじゃない。

「院長先生、元気かなあ」

 十歳で保護されてから、本来の卒院時期である十五歳を過ぎ十八歳までお世話になった。家族も友だちも無くした僕にとって、孤児院の先生たち、特に院長先生は親みたいな大切な存在だ。思い出したら会いたくなってきた。

 洗い終えた洗濯物はゼルドさんが絞って干してくれた。中庭の木の枝に張られた縄に干された服や手拭いの数々。今日は天気も良いからすぐ乾きそう。

「ゼルドさんのおかげで早く済みました」
「次も手伝おう」
「ありがとうございます、助かります」

 青空を眺めるために上げた視線の先に宿屋の三階の窓が見える。もしかしたらタバクさんがいるんじゃないかと思ったけど、やっぱり今朝はいなかった。

しおりを挟む
感想 220

あなたにおすすめの小説

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

触れるな危険

紀村 紀壱
BL
傭兵を引退しギルドの受付をするギィドには最近、頭を悩ます来訪者がいた。 毛皮屋という通り名の、腕の立つ若い傭兵シャルトー、彼はその通り名の通り、毛皮好きで。そして何をとち狂ったのか。 「ねえ、頭(髪)触らせてヨ」「断る。帰れ」「や~、あんたの髪、なんでこんなに短いのにチクチクしないで柔らかいの」「だから触るなってんだろうが……!」 俺様青年攻め×厳つ目なおっさん受けで、罵り愛でどつき愛なお話。 バイオレンスはありません。ゆるゆるまったり設定です。 15話にて本編(なれそめ)が完結。 その後の話やら番外編やらをたまにのんびり公開中。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

メランコリック・ハートビート

おしゃべりマドレーヌ
BL
【幼い頃から一途に受けを好きな騎士団団長】×【頭が良すぎて周りに嫌われてる第二王子】 ------------------------------------------------------ 『王様、それでは、褒章として、我が伴侶にエレノア様をください!』 あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。 ------------------------------------------------------- 第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。 幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

処理中です...